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遊郭阿片事件編
遊郭阿片事件三
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揚屋町(あげやまち)。
吉原には遊女以外にもさまざまな人たちが働いていて、その人口は八千人以上と言われる。
それだけの人の衣食住を吉原の内部だけでまかなうために江戸の町屋の一角をそのまま持ってきたようなエリアが揚屋町である。
ここには米屋もあれば煙草屋、ろうそく屋、傘屋、床屋に豆腐屋や湯屋〔銭湯〕もあった。
「おしの、揚屋町でお線香を買うてきておくんなし。おつりは駄賃でありんす。とっておきなされ」
遊郭ではお勘定を「お線香代」とも呼ぶ。
お客の遊んだ時間を焚いたお線香の数で数えていたからである。
そこではふんだんに沈香(じんこう)を原材料として使ったお線香が焚かれていた。
「あい」
おしのが元気よくお使いに出て行くが、朝霧は少し憂鬱であった。
今夜の客はおゆかり様〔馴染みの客〕とは言え、出来れば会いたくない相手であったからだ。
これで金払いが悪ければ会わずに「振る」事も出来るのだが、金払いがいいだけに断れない。
「好かぬぬし〔嫌なお客〕のあしらい方は十分に経験積んでいるつもりであんなんすけど、それでも嫌なものは嫌でありんすな」
朝霧はため息をついた。
⭐︎⭐︎⭐︎
桜が玉屋に潜入して五日が経過していた。
ここまでこれといった手掛かりもなく、芸者としての仕事に追われるのは本意ではなかったが、五日もいるとその状況にも慣れてしまうのは桜も不思議な感覚ではあった。
とは言え自分の本業は御庭番である。
阿片密売の証拠を掴むためにここに潜入したのだから、手掛かりの一つも掴めないと上様に申し立てが出来ないと焦る気持ちを抑えながら芸者の仕事をこなしていた。
そんな折、玉屋に医者らしき人物が訪問する。
「おしのちゃん、あの人は?医者のように見えるけど」
「あれは見世のお抱え医師で平田長安先生でありんす。遊女の回診やわっちらが病気にかかった時にお世話になりんすよ」
「お抱えって事は定期的に巡回に来てくれるって事だよね」
「あい。長安先生は月に五、六回巡回に来なんす」
「そうなの。。」
桜は小石川養生所の彩雲に聞いた話しを思い出した。
「ケシの花は甲斐〔山梨〕で栽培されているが、使用用途は医療用としてだ。
だが吉原では遊女の足抜け防止のために阿片中毒にするという事が裏で行われていると聞いた事がある。
出回るのは少量だが、持ち運びが出来るとすれば医者しかいない。
おそらく吉原を巡回して遊女を回診する医者ならば持ち込み可能だろう。
玉屋ほどの大見世ならお抱えの巡回医師はいるだろうからな」
〔彩雲先生の言っていたお抱えの巡回医師。あの長安という医者、見張っていた方がいいわ〕
「桜花姐さん、長安先生は朝霧姐さんのおゆかり様〔馴染みの客〕でもあんなんすから粗相のないように気をつけるでありんすよ」
「そうなの?おしのちゃん、わざわざ教えてくれてありがとう」
桜にお礼を言われておしのは「あい」と愛想のいい笑顔を見せる。
「あの先生、やたら羽振りがいいんでありんすよ。わっちにもご祝儀を下さりますし。でも態度が横柄で朝霧姐さんも好かないぬしさん〔好ましくない客〕だっていつも漏らしてござりんす」
〔町医者でそんなに派手に遊ぶほどお金があるとは。。それに上様の倹約令も出ているはずなのに。詳しく調べる必要がありそうね〕
⭐︎⭐︎⭐︎
「失礼致します。桜花でございます」
桜が客間に入ると座ってはいるが、背が低くてずんぐり体型とわかる男が座っていた。
〔これが平田長安。。年齢は四十歳を少し越えたところくらいだろうか〕
「おお、来たか。さ、こっちへ来い。新入りか?愛い奴じゃのう」
「恐れ入ります」
長安はいきなり桜を自分の隣に座らせた。
通常であればいきなり芸者にその行為は御法度である。
桜は内心おぞましさで鳥肌が立つ思いであったが、この男は今回の一件に関連している可能性が高い。
手を握ってきたり、足を触られるたびにプチンと切れそうになる堪忍袋を仕事だと自分に言い聞かせて辛うじて耐えていた。
桜も御庭番としての仕事がある以上、仕事中は嫌な事にも耐えなければならないし、それくらいの耐性は身につけている。
顔で笑いながら心の中で〔このスケベ親父!後で絶対手足の骨の二、三本へし折ってやる〕と思っていたところに朝霧が現れた。
「何をしておりんすか?」
その声に長安が顔をあげると朝霧の姿があった。
「長安先生、わっちに声をかけておきながらそのような新入り芸者に手を出すとは随分でござんすなあ」
「い、いや。朝霧、これはだな。。」
慌てて取り繕う長安。
朝霧に長安はこれまでも莫大な金を注ぎ込んでいる。
それほど惚れ込んでいるだけに朝霧には弱いのだ。
「わっちはいりんせんか?ならばとっととお帰り頂きとうござんす」
「いや、すまなかった。朝霧、この通りだ」
頭を下げて謝る長安を見て朝霧は桜に目配せする。
〔今のうちに退散するでありんす〕
〔朝霧姐さん、ありがとうございます〕
桜はそう返礼の会釈をして部屋から退出する。
部屋を出た桜はいったん見世の外に出ると源心に呼びかける。
「源心、平田長安を調べてくれない」
源心はひとつ間をおいて答えた。
「。。桜、目が怖いぞ」
それだけ言うと触らぬ神に祟りなしとばかりにその場から逃げるように去っていった。
「あのスケベ親父!仕事じゃなかったら八つ裂きにしてるところよ」
「朝霧、すまなかったな」
「長安先生、芸者に手を出すのは御法度と知っているはずでござりんす。次は見世から出て行ってもらう事になりんすよ」
「わかった、わかった。さ、酒を注いでくれ」
お猪口を差し出す長安に朝霧は仕方なく徳利を持ち、酒を注ぐとそこへ喜助と呼ばれる従業員が部屋に入ってくる。
喜助とは客のトラブル処理専門の従業員で通常は男の仕事であった。
「朝霧大夫、上州屋の大旦那がお見えでございます」
「おや、大旦那はんが?今宵来るとは聞かなんしたが、何か用でもありんしたか」
朝霧は長安を振る形で部屋を出る事となった。
「長安先生、そういう事でありんす。またのお越しをお待ちしておりんす」
そうひと言言い残して部屋から出て行く朝霧を長安は呆然と見送るしかなかった。
振るのは大夫の特権であり、客は文句が言えないのが掟である。
「おい、朝霧が行ってしまったではないか?」
「さようでございますね」
「俺はどうなるんだ?」
「他の遊女を選んで頂くかお金をお支払い頂きお帰り頂くかのどちらかでございます」
長安は悔しがったが、これが遊郭の掟である以上どうにもならず、この日は他の遊女が対応した。
⭐︎⭐︎⭐︎
引手茶屋は見世との仲介役を行う場所で、客の予算に応じて見世や遊女を取り決めして繋いでくれる。
玉屋のような大見世は引手茶屋の仲介なしでは入る事が出来なかった。
さらに大夫を射止めるには引手茶屋で切り餅を手渡さなければならない。
切り餅とはチップのようなもので、一分銀百枚を紙に包んで方形にして封印したもので、一包み二十五両であった。
朝霧は立ち上がると禿と新造の二人に声をかける。
「おしの、白菊。参りんしょう」
大夫道中は茶屋へ客を迎えに行くための壮大なイベントである。
仲の町を禿や新造を従えて歩き大きくて重いげたを履き、「八文字」と呼ばれる歩き方で歩いていく。
この八文字は難しく、一説によると習得するのに三年はかかると言われた。
行列を先導するのは、妓楼の紋である丸に玉の文字の入った提灯を持つ見世番と呼ばれる男衆。
朝霧の禿であるおしのが前を歩き、本命である朝霧の登場である。
その後ろには新造の白菊が続き、遣手婆の姿もある。
白菊はおしのより四歳年上の十四歳。
つい先日、禿から新造に格上げしたばかりである。
優雅に八文字で歩く朝霧に通りのあちこちから声が飛ぶ。
「よ!日本一!」
「朝霧!こっち向いてくれ!」
目的地である茶屋に着くとそこには朝霧の身請けを約束してくれている材木問屋、上州屋の大旦那が待っていた。
「おお、朝霧。待っておったぞ」
「大旦那はん、お待たせして申しわけありんせん。では参りんしょう」
帰りは客である大旦那も大夫道中に参列しながら登楼する。
見世番にうやうやしく傘をさしかけられて先頭を歩く、いわゆる「お大尽」である。
吉原通いの客の中でもこれが出来るのは上客中の上客のみ。
仲の町で人々の羨望の眼差しを浴びながら見栄の極みを味わうひと時であった。
「急に来なんすから驚いたでござりんすよ」
「すまん、すまん。近くで商談があってな。帰りがけお前の顔を見たくなってつい立ち寄ってしまったんだよ」
「わっちは会いに来て下さるなら一向に構わないでありんす」
「朝霧、今の仕事が一段落ついたら迎えに行くからな。もう少しだけ辛抱しておくれ」
「大旦那はん、その言葉信じてようざんすな」
「もちろんだとも。家内や娘にも了承は得ている。何の遠慮も必要ないから安心するがいい」
「嬉しいでありんす」
そう言い終えると大旦那は名残惜しそうな表情で朝霧に別れを告げて大門を出て行った。
この大旦那はいつも床には入らずに酒宴のみで朝霧と酒を飲んで会話を楽しむと四つ半〔午後十一時〕には帰路に着く。
それでいて金払いはよく、見世の全員にご祝儀を渡して一晩に百両は落としてくれる見世にとっても上客であった。
吉原には遊女以外にもさまざまな人たちが働いていて、その人口は八千人以上と言われる。
それだけの人の衣食住を吉原の内部だけでまかなうために江戸の町屋の一角をそのまま持ってきたようなエリアが揚屋町である。
ここには米屋もあれば煙草屋、ろうそく屋、傘屋、床屋に豆腐屋や湯屋〔銭湯〕もあった。
「おしの、揚屋町でお線香を買うてきておくんなし。おつりは駄賃でありんす。とっておきなされ」
遊郭ではお勘定を「お線香代」とも呼ぶ。
お客の遊んだ時間を焚いたお線香の数で数えていたからである。
そこではふんだんに沈香(じんこう)を原材料として使ったお線香が焚かれていた。
「あい」
おしのが元気よくお使いに出て行くが、朝霧は少し憂鬱であった。
今夜の客はおゆかり様〔馴染みの客〕とは言え、出来れば会いたくない相手であったからだ。
これで金払いが悪ければ会わずに「振る」事も出来るのだが、金払いがいいだけに断れない。
「好かぬぬし〔嫌なお客〕のあしらい方は十分に経験積んでいるつもりであんなんすけど、それでも嫌なものは嫌でありんすな」
朝霧はため息をついた。
⭐︎⭐︎⭐︎
桜が玉屋に潜入して五日が経過していた。
ここまでこれといった手掛かりもなく、芸者としての仕事に追われるのは本意ではなかったが、五日もいるとその状況にも慣れてしまうのは桜も不思議な感覚ではあった。
とは言え自分の本業は御庭番である。
阿片密売の証拠を掴むためにここに潜入したのだから、手掛かりの一つも掴めないと上様に申し立てが出来ないと焦る気持ちを抑えながら芸者の仕事をこなしていた。
そんな折、玉屋に医者らしき人物が訪問する。
「おしのちゃん、あの人は?医者のように見えるけど」
「あれは見世のお抱え医師で平田長安先生でありんす。遊女の回診やわっちらが病気にかかった時にお世話になりんすよ」
「お抱えって事は定期的に巡回に来てくれるって事だよね」
「あい。長安先生は月に五、六回巡回に来なんす」
「そうなの。。」
桜は小石川養生所の彩雲に聞いた話しを思い出した。
「ケシの花は甲斐〔山梨〕で栽培されているが、使用用途は医療用としてだ。
だが吉原では遊女の足抜け防止のために阿片中毒にするという事が裏で行われていると聞いた事がある。
出回るのは少量だが、持ち運びが出来るとすれば医者しかいない。
おそらく吉原を巡回して遊女を回診する医者ならば持ち込み可能だろう。
玉屋ほどの大見世ならお抱えの巡回医師はいるだろうからな」
〔彩雲先生の言っていたお抱えの巡回医師。あの長安という医者、見張っていた方がいいわ〕
「桜花姐さん、長安先生は朝霧姐さんのおゆかり様〔馴染みの客〕でもあんなんすから粗相のないように気をつけるでありんすよ」
「そうなの?おしのちゃん、わざわざ教えてくれてありがとう」
桜にお礼を言われておしのは「あい」と愛想のいい笑顔を見せる。
「あの先生、やたら羽振りがいいんでありんすよ。わっちにもご祝儀を下さりますし。でも態度が横柄で朝霧姐さんも好かないぬしさん〔好ましくない客〕だっていつも漏らしてござりんす」
〔町医者でそんなに派手に遊ぶほどお金があるとは。。それに上様の倹約令も出ているはずなのに。詳しく調べる必要がありそうね〕
⭐︎⭐︎⭐︎
「失礼致します。桜花でございます」
桜が客間に入ると座ってはいるが、背が低くてずんぐり体型とわかる男が座っていた。
〔これが平田長安。。年齢は四十歳を少し越えたところくらいだろうか〕
「おお、来たか。さ、こっちへ来い。新入りか?愛い奴じゃのう」
「恐れ入ります」
長安はいきなり桜を自分の隣に座らせた。
通常であればいきなり芸者にその行為は御法度である。
桜は内心おぞましさで鳥肌が立つ思いであったが、この男は今回の一件に関連している可能性が高い。
手を握ってきたり、足を触られるたびにプチンと切れそうになる堪忍袋を仕事だと自分に言い聞かせて辛うじて耐えていた。
桜も御庭番としての仕事がある以上、仕事中は嫌な事にも耐えなければならないし、それくらいの耐性は身につけている。
顔で笑いながら心の中で〔このスケベ親父!後で絶対手足の骨の二、三本へし折ってやる〕と思っていたところに朝霧が現れた。
「何をしておりんすか?」
その声に長安が顔をあげると朝霧の姿があった。
「長安先生、わっちに声をかけておきながらそのような新入り芸者に手を出すとは随分でござんすなあ」
「い、いや。朝霧、これはだな。。」
慌てて取り繕う長安。
朝霧に長安はこれまでも莫大な金を注ぎ込んでいる。
それほど惚れ込んでいるだけに朝霧には弱いのだ。
「わっちはいりんせんか?ならばとっととお帰り頂きとうござんす」
「いや、すまなかった。朝霧、この通りだ」
頭を下げて謝る長安を見て朝霧は桜に目配せする。
〔今のうちに退散するでありんす〕
〔朝霧姐さん、ありがとうございます〕
桜はそう返礼の会釈をして部屋から退出する。
部屋を出た桜はいったん見世の外に出ると源心に呼びかける。
「源心、平田長安を調べてくれない」
源心はひとつ間をおいて答えた。
「。。桜、目が怖いぞ」
それだけ言うと触らぬ神に祟りなしとばかりにその場から逃げるように去っていった。
「あのスケベ親父!仕事じゃなかったら八つ裂きにしてるところよ」
「朝霧、すまなかったな」
「長安先生、芸者に手を出すのは御法度と知っているはずでござりんす。次は見世から出て行ってもらう事になりんすよ」
「わかった、わかった。さ、酒を注いでくれ」
お猪口を差し出す長安に朝霧は仕方なく徳利を持ち、酒を注ぐとそこへ喜助と呼ばれる従業員が部屋に入ってくる。
喜助とは客のトラブル処理専門の従業員で通常は男の仕事であった。
「朝霧大夫、上州屋の大旦那がお見えでございます」
「おや、大旦那はんが?今宵来るとは聞かなんしたが、何か用でもありんしたか」
朝霧は長安を振る形で部屋を出る事となった。
「長安先生、そういう事でありんす。またのお越しをお待ちしておりんす」
そうひと言言い残して部屋から出て行く朝霧を長安は呆然と見送るしかなかった。
振るのは大夫の特権であり、客は文句が言えないのが掟である。
「おい、朝霧が行ってしまったではないか?」
「さようでございますね」
「俺はどうなるんだ?」
「他の遊女を選んで頂くかお金をお支払い頂きお帰り頂くかのどちらかでございます」
長安は悔しがったが、これが遊郭の掟である以上どうにもならず、この日は他の遊女が対応した。
⭐︎⭐︎⭐︎
引手茶屋は見世との仲介役を行う場所で、客の予算に応じて見世や遊女を取り決めして繋いでくれる。
玉屋のような大見世は引手茶屋の仲介なしでは入る事が出来なかった。
さらに大夫を射止めるには引手茶屋で切り餅を手渡さなければならない。
切り餅とはチップのようなもので、一分銀百枚を紙に包んで方形にして封印したもので、一包み二十五両であった。
朝霧は立ち上がると禿と新造の二人に声をかける。
「おしの、白菊。参りんしょう」
大夫道中は茶屋へ客を迎えに行くための壮大なイベントである。
仲の町を禿や新造を従えて歩き大きくて重いげたを履き、「八文字」と呼ばれる歩き方で歩いていく。
この八文字は難しく、一説によると習得するのに三年はかかると言われた。
行列を先導するのは、妓楼の紋である丸に玉の文字の入った提灯を持つ見世番と呼ばれる男衆。
朝霧の禿であるおしのが前を歩き、本命である朝霧の登場である。
その後ろには新造の白菊が続き、遣手婆の姿もある。
白菊はおしのより四歳年上の十四歳。
つい先日、禿から新造に格上げしたばかりである。
優雅に八文字で歩く朝霧に通りのあちこちから声が飛ぶ。
「よ!日本一!」
「朝霧!こっち向いてくれ!」
目的地である茶屋に着くとそこには朝霧の身請けを約束してくれている材木問屋、上州屋の大旦那が待っていた。
「おお、朝霧。待っておったぞ」
「大旦那はん、お待たせして申しわけありんせん。では参りんしょう」
帰りは客である大旦那も大夫道中に参列しながら登楼する。
見世番にうやうやしく傘をさしかけられて先頭を歩く、いわゆる「お大尽」である。
吉原通いの客の中でもこれが出来るのは上客中の上客のみ。
仲の町で人々の羨望の眼差しを浴びながら見栄の極みを味わうひと時であった。
「急に来なんすから驚いたでござりんすよ」
「すまん、すまん。近くで商談があってな。帰りがけお前の顔を見たくなってつい立ち寄ってしまったんだよ」
「わっちは会いに来て下さるなら一向に構わないでありんす」
「朝霧、今の仕事が一段落ついたら迎えに行くからな。もう少しだけ辛抱しておくれ」
「大旦那はん、その言葉信じてようざんすな」
「もちろんだとも。家内や娘にも了承は得ている。何の遠慮も必要ないから安心するがいい」
「嬉しいでありんす」
そう言い終えると大旦那は名残惜しそうな表情で朝霧に別れを告げて大門を出て行った。
この大旦那はいつも床には入らずに酒宴のみで朝霧と酒を飲んで会話を楽しむと四つ半〔午後十一時〕には帰路に着く。
それでいて金払いはよく、見世の全員にご祝儀を渡して一晩に百両は落としてくれる見世にとっても上客であった。
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