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Epic⑤
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「ごめん、もうそういうのやめる事にしたから」
三人目。楓を誘う男を全て断って下校する。家に帰る時、少しだけ期待した。ほんのちょっとでも心配してくれているんじゃないだろうか、と。でも現実はそうそう変わらない。楓が帰宅した物音を聞いても母親は反応しなかった。無視した、と言ったほうが正しいと思う。また寂しさが湧き起こり、自室でバッグに服などの必要なものを詰め込んですぐに家を出た。
◇
アパートの部屋の前に座り込み、綾斗さんの帰宅を待っていると程なく綾斗さんが帰ってきた。
「おかえりなさい」
「!」
楓に気づいた綾斗さんが一瞬固まったように見えた。
「今日も泊めてもらってもいいですか…?」
「…懐いた?」
「はい」
他人に好意を持つのなんていつぶりだろう。
「……もう一回言ってみて」
「?」
「さっきの」
「『おかえりなさい』?」
よくわからないけどもう一度言うと、綾斗さんはふにゃっと笑った。柔らかくて優しい笑顔。でもその後に少し複雑そうな顔をした。なんだろう。
「………ありがと」
楓の髪をぐしゃぐしゃと撫でてから綾斗さんは部屋の鍵を開けた。
◇
「今日は“楓ちゃん”の日じゃないの?」
冷蔵庫から麦茶を出してふたつのグラスに注ぐ姿をじっと見ていると、綾斗さんが聞いてきた。
「なんですか、それ」
「じゃあ“男に抱かれる日”?」
自分のしてきた事に後悔なんてしていないはずなのに、綾斗さんに言われるとなぜか堪える。
「……そういうの、もうやめる事にしたから」
ぽつりと言って渡された麦茶を一口飲む。
「へー。そもそもなんのために男に抱かれるの? 気持ちいいから?」
「それもあるけど…、一番は寂しくなくなるから」
寂しさを埋める方法をそれしか知らなかった。自分は一生このままなんだろうと思っていたのに、綾斗さんが突然現れて、闇の中に光が射して全てを照らすように視界が明るくなった。
「もう寂しくなくなった?」
「はい」
「よかったね」
「…はい」
綾斗さんがいるから。そう言いたかったけれど楓は言葉を呑み込んだ。恥ずかしかったからというのもあるけれど、綾斗さんに嫌がられたら立ち直れなさそうだから。
「それで…あの、…」
「何?」
「ご迷惑じゃなかったら、しばらくいさせて欲しいな…なんて」
拒絶されたらおとなしく家に帰ろう。
「いいけど?」
「っありがとうございます!」
綾斗さんがサラッと了承してくれたので嬉しくて声が大きくなってしまった。
「でも合鍵は渡さないよ」
「合鍵?」
「男連れ込まれたら嫌だし」
楓のやってきた事を考えれば当たり前の事だ。
「連れ込みません。そういうのやめるって言ったじゃないですか」
「言ってたけどさ、念のため」
「それに合鍵なんていりません。部屋の前で待つの、結構楽しかったから」
いつ帰ってくるんだろう、早く会いたい。そんなわくわくした気持ちになった。連絡先も知らない相手。待っているなんてメッセージを送る事はできないから本当に帰宅時間はわからなかったけれど、何時間でも待っていられる気がした。
「…楓って」
「?」
「変なコ」
褒められているような気はしないけれど、綾斗さんが楽しそうだからそれでいい。
「とりあえず買い物行くから楓もおいで」
「あれ、バイトは?」
「今日はシフト入ってないから。ほら、行くよ」
綾斗さんと一緒に部屋を出る。誰かと買い物なんて、最後に行ったのはいつだっただろう。綾斗さんはわくわくをたくさん楓にくれる。寂しさなんて思い出す暇もないくらいに。
三人目。楓を誘う男を全て断って下校する。家に帰る時、少しだけ期待した。ほんのちょっとでも心配してくれているんじゃないだろうか、と。でも現実はそうそう変わらない。楓が帰宅した物音を聞いても母親は反応しなかった。無視した、と言ったほうが正しいと思う。また寂しさが湧き起こり、自室でバッグに服などの必要なものを詰め込んですぐに家を出た。
◇
アパートの部屋の前に座り込み、綾斗さんの帰宅を待っていると程なく綾斗さんが帰ってきた。
「おかえりなさい」
「!」
楓に気づいた綾斗さんが一瞬固まったように見えた。
「今日も泊めてもらってもいいですか…?」
「…懐いた?」
「はい」
他人に好意を持つのなんていつぶりだろう。
「……もう一回言ってみて」
「?」
「さっきの」
「『おかえりなさい』?」
よくわからないけどもう一度言うと、綾斗さんはふにゃっと笑った。柔らかくて優しい笑顔。でもその後に少し複雑そうな顔をした。なんだろう。
「………ありがと」
楓の髪をぐしゃぐしゃと撫でてから綾斗さんは部屋の鍵を開けた。
◇
「今日は“楓ちゃん”の日じゃないの?」
冷蔵庫から麦茶を出してふたつのグラスに注ぐ姿をじっと見ていると、綾斗さんが聞いてきた。
「なんですか、それ」
「じゃあ“男に抱かれる日”?」
自分のしてきた事に後悔なんてしていないはずなのに、綾斗さんに言われるとなぜか堪える。
「……そういうの、もうやめる事にしたから」
ぽつりと言って渡された麦茶を一口飲む。
「へー。そもそもなんのために男に抱かれるの? 気持ちいいから?」
「それもあるけど…、一番は寂しくなくなるから」
寂しさを埋める方法をそれしか知らなかった。自分は一生このままなんだろうと思っていたのに、綾斗さんが突然現れて、闇の中に光が射して全てを照らすように視界が明るくなった。
「もう寂しくなくなった?」
「はい」
「よかったね」
「…はい」
綾斗さんがいるから。そう言いたかったけれど楓は言葉を呑み込んだ。恥ずかしかったからというのもあるけれど、綾斗さんに嫌がられたら立ち直れなさそうだから。
「それで…あの、…」
「何?」
「ご迷惑じゃなかったら、しばらくいさせて欲しいな…なんて」
拒絶されたらおとなしく家に帰ろう。
「いいけど?」
「っありがとうございます!」
綾斗さんがサラッと了承してくれたので嬉しくて声が大きくなってしまった。
「でも合鍵は渡さないよ」
「合鍵?」
「男連れ込まれたら嫌だし」
楓のやってきた事を考えれば当たり前の事だ。
「連れ込みません。そういうのやめるって言ったじゃないですか」
「言ってたけどさ、念のため」
「それに合鍵なんていりません。部屋の前で待つの、結構楽しかったから」
いつ帰ってくるんだろう、早く会いたい。そんなわくわくした気持ちになった。連絡先も知らない相手。待っているなんてメッセージを送る事はできないから本当に帰宅時間はわからなかったけれど、何時間でも待っていられる気がした。
「…楓って」
「?」
「変なコ」
褒められているような気はしないけれど、綾斗さんが楽しそうだからそれでいい。
「とりあえず買い物行くから楓もおいで」
「あれ、バイトは?」
「今日はシフト入ってないから。ほら、行くよ」
綾斗さんと一緒に部屋を出る。誰かと買い物なんて、最後に行ったのはいつだっただろう。綾斗さんはわくわくをたくさん楓にくれる。寂しさなんて思い出す暇もないくらいに。
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