【J庭58無配】組曲 恋 Love Suite

すずかけあおい

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第六曲 すき

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 午前中に体育があったので、お弁当がおいしい。向かいに座る弾生だいきのこげ茶色のくせ毛にハチマキの跡がまだ少し残っていて、節奏せつかも自分の黒髪を指でつまんだ。たぶん大丈夫だと思うけれど、あとで鏡を見ておこう。
 そんないつもどおりの昼休み。節奏の席で机を挟んで向かい合い、のんびりとお弁当を食べていたら、弾生が突然箸を止めた。
「ねえ、好きなんだけど」
 唐揚げを食べている節奏を、じいっと見ている。
「あ、唐揚げ好きなんだ。一個あげる」
 お弁当箱を弾生のほうに寄せると、弾生は口もとを緩めてから箸を伸ばした。
「唐揚げはもらう。でも俺が言ったのは節奏のこと」
「え?」
 節奏のお弁当箱から唐揚げを箸でつまみ取った弾生は、それを口に運んで咀嚼する。その様を見ながら、「好き?」と頭の中で繰り返してみる。なにを言われているのか、いまいちよくわからない。
「どういう意味?」
「だから好きってこと」
 首を傾けると、弾生は唐揚げを食べ終えてから口を開いた。ただ「好き」と言われても、好きにもいろいろあるから、こういう意味、と節奏は決めつけられない。発言主と受け取り手で解釈が違う場合もある。
 弾生はわずかに神妙な顔をして、斜め上に視線を向けた。
「クリスマス近いじゃん?」
「うん」
 斜め上から節奏に視線が戻り、目が合った。
「なんか、最近告白ラッシュじゃん?」
「……うん」
 弾生だけね。
 思ったことは言葉にしなかった。言ったところで理解してもらえないだろうから。絶対に「俺だけって?」と聞き返されるのがわかる。
 見目のいい弾生は、当然のようにもてる。言われてみれば、たしかに最近は告白の呼び出しが頻繁だった気がする。クリスマス前だからか、とひとつは納得した。みんな、恋人とイベントをすごしたいらしい。節奏もなんとなく憧れはある。ああしたい、こうしたい、と具体的な願望ではなく、「恋人とすごせたらいいなあ」くらいのぼんやりとした感じだけれど。
「で、なんで僕が好きになるの?」
 そこの関係性がわからない。
「うん、そこね。先に唐揚げもう一個ちょうだい」
「だめ」
 お弁当箱を自分のほうへ引いて睨んで見せると、弾生は「けち」とたいして残念そうでもなく自身のお弁当に入っているハンバーグを食べた。取られる前に、と節奏も唐揚げを口に運ぶ。衣がしっとりとして、冷めていてもおいしい。
「でさ」
「うん」
「みんながっついてて怖いんだけど、もっと怖いことがあるってわかったんだよね」
 また神妙な顔をした弾生が、内緒話をするように顔を寄せてくる。なんとなく節奏も息をひそめて「うん」と静かに答える。なにかすごいことなのかもしれない。
「もっと怖いことってなに?」
 ホラー漫画も笑って読んでいる弾生に、怖いものなんてあるのか。弱点などないと思っていたが、弾生も人間だったようだ。
 ひそひそと話す弾生と節奏は、周囲からどう見えているのだろう。不審げに見られている視線を感じる。でも、今は周囲より弾生の話が優先だ。
「節奏に恋人ができること」
「僕に?」
 不思議なことを言う。地味で平凡な節奏に、恋人なんてそうそうできないだろう。いや、弾生と違って競争率が高くない分、逆に望みありだろうか。考え方次第だが、現状そういった気配はまったくない。
「節奏に恋人ができたら立ち直れない」
「おおげさな」
「おおげさじゃないの、本気。俺だけの節奏でいて」
 子犬のような丸い瞳で見つめられると、それだけで胸がきゅうんとなる。基本は恰好いい男だが、ときおりとてつもない可愛さを見せる。たまらない気持ちになるのは、節奏だけではないはずだ。
「どういうこと?」
 うん、と頷いた弾生は箸を置き、節奏をまっすぐに見つめた。思わずごくりと喉を鳴らし、節奏も箸を止めて見つめ返す。視線がぶつかり、ふたりのあいだに一瞬沈黙が流れた。
「好きです。つき合ってください!」
 弾生が頭をさげるのと同時に、ゴンッと鈍い音がする。
「すごい音したよ、ぶつけたの?」
「そこはスルーしろ」
 スルー……。
 でも痛そうな音だった。節奏の心配などよそに、弾生は頭をさげたままでいる。
「とりあえず、頭あげてよ」
 頭をさげられるなんて、どうしたらいいかわからなくなる。肩を揺らすが、弾生はそのままの姿勢で首をふるふると横に振った。
「俺の気持ちはスルーするな」
「そんなつもりはないけど」
 そもそも、告白をスルーできるほどに節奏は恋愛経験値が高くない。今は驚きと、ぶつけたところの心配が先に立っているだけだ。
 ゆっくりと顔をあげた弾生は、額を手でさすりながら、じっと視線を向けてくる。答えを待たれているのだ。それに、音のとおり痛かったのだろう。
「……好き……」
 呟いて、じんわりと心に温もりが灯る。弾生が向けくれているのは、友情での『好き』だと思っていた。でもつき合ってほしいということは、恋愛感情での『好き』なのだ。予想外のことに頭がうまくまわらない。こんなことが起こるなんて、想像してみたこともない。
「へ、返事は……?」
 緊張した面持ちで聞かれるが、どう答えたらいいかわからない。
「うーん……」
 なにをどう伝えればいいのか。
「俺のこと、嫌いか?」
「……うーん……」
「じゃあ好きか?」
「好き? うーん……」
 返事をしないといけないことは、わかっている。でもうまい言葉が見つからない。こんなことなら、現代文の授業をもっと頑張っておけばよかった。それか、もっと本を読むとか。
 心にある気持ちを表現する言葉を頭の中に浮かべるが、どれもしっくりこない。しっくりこないとすっきりとしない。どうするべきかと、いっそう頭を働かせる。
「振られたら泣くけど、はっきり言ってくれていい」
「泣くんだ?」
「おう」
 でも気負わなくていいから、なんて言われても。それに、告白の返事を気負わずにできるほうがすごい。唇を引き結んだ節奏に、弾生はまっすぐな眼差しを向ける。視線を受け、どきどきしながらゆっくりと口を開いた。
「好きっていうか、好きじゃ足りないかな」
 緊張した自分の声に、弾生が相手でこんなに身体が固まることに驚く。それくらいに大事な場面だし、弾生も息を呑んで節奏の言葉をひと言ひと言真剣に聞いている。
「え?」
 間の抜けた顔で目をまばたいた弾生は、小さく首をかしげる。うまく伝わらなかったか、と言い直す。
「弾生が大好き。よろしくお願いします」
 ぺこりと頭をさげると、瞳を潤ませた弾生はぐずぐずと泣き出した。恰好いい男が子どものように泣くなんて、情けないどころか逆に可愛い。口もとを緩めた節奏に、弾生は幸せそうに笑みを向けた。
「どっちにしても泣くんじゃん」
 タオルハンカチを差し出すと、弾生はその手を掴んでぶんぶんと振ってくる。タオルハンカチがどこかに飛んでいきそうな勢いだ。
「節奏ぁ……好きぃ……」
 顔をくしゃくしゃにして節奏の手を握る姿に、こんなに想ってくれているのかと驚くとともに、くすぐったい気持ちになる。節奏が密かに弾生に向けていた気持ちは知られていないと思っていたが、まさかこんな不思議な巡り合わせで告白されるなんて。クリスマス前にプレゼントをもらった気分だ。
「情けないなあ、もう。イケメンが台無し」
 涙を拭いてあげると、まだぐずぐずしながら弾生がお弁当を食べはじめたので、節奏も倣う。のんびりしていて昼休みが終わってしまったら大変だ。先ほどまでより少しペースをあげて食べながら、自然と緩む頬を抑えられない。間違いなくにやにやしている自分が恥ずかしい。
「明日は弾生の分の唐揚げも入れてもらうね」
「……」
「明日も一緒に食べようね」
「……うう……ぅ」
 また泣き出した弾生の涙を、しょうがないなあ、とタオルハンカチで拭ってあげると、その手を握られた。泣いてばかりで本当に仕方のない男だ。こんな姿ははじめて見たけれど、悪い気分にはならない。知らない一面も節奏のことで泣くのも、嬉しすぎるくらいだ。
「大好きだよ、弾生」
 おおげさなほどに涙を零す恋人の頬を、何度も拭ってあげた。

(終)
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