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オトナとコドモ⑯
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「だめだ」
「けち」
「けちでけっこう」
前にもこんなやり取りをした気がする。
願っていた聡樹とのおつき合いがはじまった。でも一週間経ってもなにも変化がなくて、ほっとするような残念なような。もう少し進展があってもいいのではと思うのだが、聡樹とはいつもの交差点の前で会うのが常で変化がない。
勇気を出して「聡樹さんのおうちに遊びに行きたい」とお願いをしてみたら、はっきりと断られた。濁すこともしないのだからひどい。でもそんなところも好きだ。
「どうしてだめなの?」
「都亜はうちに来てなにをするんだ?」
「いちゃいちゃ」
「絶対だめだ」
そんなにはっきり言わなくてもいいのに。もしかして聡樹はいちゃいちゃしたくないのだろうか。都亜はしたい。やっとやっと、ようやく振り向いてくれたのだ。次のステップに進んでもいいだろう。
「聡樹さんは俺といちゃいちゃしたくない?」
目を覗き込んで聞くと、聡樹はあからさまにうろたえた。ちょっと可愛い。
つき合ってから、知らなかった聡樹の表情を見ることがある。時には少し幼い表情もすることをはじめて知った。ただ基本は大人だから、都亜が敵うことはない。以前可愛いと言ったら、ひたすら褒め尽くすという反撃をされた。あまりに恥ずかしくて、それ以来「可愛い」は口には出さないで思うだけにしている。
「俺、聡樹さんといちゃいちゃしたい」
少し強めに言ってみたら目が泳ぎはじめた。困っているのかもしれないが、嫌がられている様子はない。子どもの特権、と自分に言いわけをしてわがままを言ってみる。
「すっごくいちゃいちゃしたい」
「俺はしたくない」
「どうして?」
「……」
恋人なのにいちゃいちゃしないなんて寂しい。都亜はもっとくっつきたい。聡樹がしたくないことを強要したくはないが、理由は知りたい。だって好きだと言ってくれた。好きだけれどいちゃいちゃはしたくないということもあるのだろうか。
クリスマスまであと三日。聡樹の年末年始の休みは聞き出した。でも自宅は教えてくれない。けちだ。
「都亜は俺をどんな男だと思ってる?」
「大人の男の人」
「他には?」
「恰好いい。優しい。めちゃくちゃ好き。それから――」
思いつくことをあげていくと、聡樹は呆れ顔をした。どうしてそんな顔をするのかわからないが、とりあえず言えることは言いきる。左手の指を一本ずつ折りながら、聡樹の好きなところをあげていく。聡樹がどんな男の人かをあげるのも好きなところをあげるのも、同じことだ。だって聡樹の全部が好きなのだから。
「わかった、もういい」
途中でストップをかけられた。まだあと十個はあげられるのに。言い足りないという顔をした都亜に、聡樹は苦笑した。本当にどんな表情も素敵だ。
「そんな大人の男が、高校生の都亜に手を出したらどうする?」
「え、オールオーケー」
「馬鹿」
こぶしで頭のてっぺんを小突かれても痛くない。胸がくすぐったくなって、心に聡樹への「好き」が満ちる。こういう小さなスキンシップがとても幸せだと、聡樹は気がついているだろうか。
「俺を犯罪者にしたいのか」
怖い顔を作った聡樹に、一瞬固まってからぶんぶんと首を左右に激しく振って見せる。激しく振りすぎてくらっとした。
「したくない!」
「じゃあ、わかるな?」
今度は縦にぶんぶんと首を振る。そういうことなら我慢するし、我慢できる。聡樹のためだけではない。聡樹と都亜の幸せのためだ。
「でも、それっていつになったらいいの?」
都亜が大人になったらいいのだろうか。それにはあと何年待てばいちゃいちゃできるのか。想像したら気が遠くなりそうだった。
「なんにしても、都亜が高校を卒業するまではだめだ」
「えっ」
今が高校二年だから、あと一年ある。一年もいちゃいちゃできないなんて。
「……どうやったら明日卒業できる?」
こういうとき、聡樹なら知恵をくれる。助けを求めると、聡樹は大きなため息をついた。
「ひたすら待て」
「……」
ひどい。でもこれは聡樹が悪いのではない。遅く生まれた都亜が悪いのだ。でも今の都亜だから聡樹と出会えたのかもしれない。そんな理由をつけてなんとか納得しようとしても、あと一年いちゃいちゃできないのはつらい。もし一年経たずに聡樹に捨てられたら、いちゃいちゃできないまま終わるのだろうか。
「えっ、嫌」
「嫌でもしょうがないだろ」
「うう……」
ひたすら待った先に本当にいちゃいちゃが待っているのか。一年後に聡樹は都亜の隣にいてくれるのか。考えはじめたら心細くなってきた。
「聡樹さんは、俺とどのくらいつき合ってくれるつもりでいるの?」
もしかしたら一か月とか、長くても半年くらいの関係のつもりかもしれない。もちろん、捨てられたり振られたりしても、簡単に引く気はない。でも聡樹が別れたくなったら、この関係は簡単に終わるのだ。都亜が別れたくなることは絶対ない。
「都亜は本当に子どもだな」
「子どもじゃないもん」
「子どもだ。だから俺の気持ちを知らずにそういうことが言えるんだよ」
怒っているような口調なので、どきりとする。緊張で鼓動が速くなり、上目に聡樹の様子を窺う。表情は穏やかで、怒っているようには見えない。
「……じゃあ、俺が大人になるまでそばにいてよ」
少しずつ成長するから、ずっとそばにいてほしい。一生大人にならないから、一生隣にいてほしい。
たぶんそんな気持ちを読み取ったのだろう。聡樹はひとつ息を吐き出した。呆れているのかもしれないし、さらに怒らせてしまったかもしれない。
「馬鹿だな」
返ってきたのは優しい声だった。
「都亜がおじいちゃんになっても、そばから離れないよ」
聡樹が手を握ってくれて、冷たい肌が触れ合う。触れた手のひらから温もりが生まれる。
冷たい風が吹いているのに、聡樹とつないだ手だけは温かい。おそるおそる隣を見あげると、聡樹は優しさに満ちた笑みを浮かべて都亜を見つめていた。薄茶色の瞳が熱を灯したように揺れていて、どきりとしながら見つめ返す。
「まあ、都亜が俺を捨てるならそれもできないけど」
「絶対捨てない!」
わざとらしく情けない顔を見せる聡樹に、慌てて言いきる。これは断言できる。聡樹を捨てるなんて絶対絶対、億に一も絶対にない。真剣な顔で断言した都亜に、聡樹は噴き出した。
「なんで笑うの?」
「いや、都亜はずっと子どもでいてほしいなと思って」
「それじゃ、ずっといちゃいちゃできないじゃん」
そんなのやだ、と唇を尖らせると、聡樹はますます笑った。ひどい。
「子どもでいてくれよ。めちゃくちゃにしたくなる」
「……? どういう意味?」
「さあな」
なんだか意味深に聞こえたけれど、よくわからない。首を傾ける都亜に、聡樹は笑うばかりだった。
聡樹が歩き出すので、手をつないだままの都亜も続いて足を踏み出す。手を引かれて歩き、聡樹の背中を見る。どきどきしながら呟いてみた。聡樹に絶対聞こえないように、ごくごく小さな声で。
「めちゃくちゃにしてよ」
「けち」
「けちでけっこう」
前にもこんなやり取りをした気がする。
願っていた聡樹とのおつき合いがはじまった。でも一週間経ってもなにも変化がなくて、ほっとするような残念なような。もう少し進展があってもいいのではと思うのだが、聡樹とはいつもの交差点の前で会うのが常で変化がない。
勇気を出して「聡樹さんのおうちに遊びに行きたい」とお願いをしてみたら、はっきりと断られた。濁すこともしないのだからひどい。でもそんなところも好きだ。
「どうしてだめなの?」
「都亜はうちに来てなにをするんだ?」
「いちゃいちゃ」
「絶対だめだ」
そんなにはっきり言わなくてもいいのに。もしかして聡樹はいちゃいちゃしたくないのだろうか。都亜はしたい。やっとやっと、ようやく振り向いてくれたのだ。次のステップに進んでもいいだろう。
「聡樹さんは俺といちゃいちゃしたくない?」
目を覗き込んで聞くと、聡樹はあからさまにうろたえた。ちょっと可愛い。
つき合ってから、知らなかった聡樹の表情を見ることがある。時には少し幼い表情もすることをはじめて知った。ただ基本は大人だから、都亜が敵うことはない。以前可愛いと言ったら、ひたすら褒め尽くすという反撃をされた。あまりに恥ずかしくて、それ以来「可愛い」は口には出さないで思うだけにしている。
「俺、聡樹さんといちゃいちゃしたい」
少し強めに言ってみたら目が泳ぎはじめた。困っているのかもしれないが、嫌がられている様子はない。子どもの特権、と自分に言いわけをしてわがままを言ってみる。
「すっごくいちゃいちゃしたい」
「俺はしたくない」
「どうして?」
「……」
恋人なのにいちゃいちゃしないなんて寂しい。都亜はもっとくっつきたい。聡樹がしたくないことを強要したくはないが、理由は知りたい。だって好きだと言ってくれた。好きだけれどいちゃいちゃはしたくないということもあるのだろうか。
クリスマスまであと三日。聡樹の年末年始の休みは聞き出した。でも自宅は教えてくれない。けちだ。
「都亜は俺をどんな男だと思ってる?」
「大人の男の人」
「他には?」
「恰好いい。優しい。めちゃくちゃ好き。それから――」
思いつくことをあげていくと、聡樹は呆れ顔をした。どうしてそんな顔をするのかわからないが、とりあえず言えることは言いきる。左手の指を一本ずつ折りながら、聡樹の好きなところをあげていく。聡樹がどんな男の人かをあげるのも好きなところをあげるのも、同じことだ。だって聡樹の全部が好きなのだから。
「わかった、もういい」
途中でストップをかけられた。まだあと十個はあげられるのに。言い足りないという顔をした都亜に、聡樹は苦笑した。本当にどんな表情も素敵だ。
「そんな大人の男が、高校生の都亜に手を出したらどうする?」
「え、オールオーケー」
「馬鹿」
こぶしで頭のてっぺんを小突かれても痛くない。胸がくすぐったくなって、心に聡樹への「好き」が満ちる。こういう小さなスキンシップがとても幸せだと、聡樹は気がついているだろうか。
「俺を犯罪者にしたいのか」
怖い顔を作った聡樹に、一瞬固まってからぶんぶんと首を左右に激しく振って見せる。激しく振りすぎてくらっとした。
「したくない!」
「じゃあ、わかるな?」
今度は縦にぶんぶんと首を振る。そういうことなら我慢するし、我慢できる。聡樹のためだけではない。聡樹と都亜の幸せのためだ。
「でも、それっていつになったらいいの?」
都亜が大人になったらいいのだろうか。それにはあと何年待てばいちゃいちゃできるのか。想像したら気が遠くなりそうだった。
「なんにしても、都亜が高校を卒業するまではだめだ」
「えっ」
今が高校二年だから、あと一年ある。一年もいちゃいちゃできないなんて。
「……どうやったら明日卒業できる?」
こういうとき、聡樹なら知恵をくれる。助けを求めると、聡樹は大きなため息をついた。
「ひたすら待て」
「……」
ひどい。でもこれは聡樹が悪いのではない。遅く生まれた都亜が悪いのだ。でも今の都亜だから聡樹と出会えたのかもしれない。そんな理由をつけてなんとか納得しようとしても、あと一年いちゃいちゃできないのはつらい。もし一年経たずに聡樹に捨てられたら、いちゃいちゃできないまま終わるのだろうか。
「えっ、嫌」
「嫌でもしょうがないだろ」
「うう……」
ひたすら待った先に本当にいちゃいちゃが待っているのか。一年後に聡樹は都亜の隣にいてくれるのか。考えはじめたら心細くなってきた。
「聡樹さんは、俺とどのくらいつき合ってくれるつもりでいるの?」
もしかしたら一か月とか、長くても半年くらいの関係のつもりかもしれない。もちろん、捨てられたり振られたりしても、簡単に引く気はない。でも聡樹が別れたくなったら、この関係は簡単に終わるのだ。都亜が別れたくなることは絶対ない。
「都亜は本当に子どもだな」
「子どもじゃないもん」
「子どもだ。だから俺の気持ちを知らずにそういうことが言えるんだよ」
怒っているような口調なので、どきりとする。緊張で鼓動が速くなり、上目に聡樹の様子を窺う。表情は穏やかで、怒っているようには見えない。
「……じゃあ、俺が大人になるまでそばにいてよ」
少しずつ成長するから、ずっとそばにいてほしい。一生大人にならないから、一生隣にいてほしい。
たぶんそんな気持ちを読み取ったのだろう。聡樹はひとつ息を吐き出した。呆れているのかもしれないし、さらに怒らせてしまったかもしれない。
「馬鹿だな」
返ってきたのは優しい声だった。
「都亜がおじいちゃんになっても、そばから離れないよ」
聡樹が手を握ってくれて、冷たい肌が触れ合う。触れた手のひらから温もりが生まれる。
冷たい風が吹いているのに、聡樹とつないだ手だけは温かい。おそるおそる隣を見あげると、聡樹は優しさに満ちた笑みを浮かべて都亜を見つめていた。薄茶色の瞳が熱を灯したように揺れていて、どきりとしながら見つめ返す。
「まあ、都亜が俺を捨てるならそれもできないけど」
「絶対捨てない!」
わざとらしく情けない顔を見せる聡樹に、慌てて言いきる。これは断言できる。聡樹を捨てるなんて絶対絶対、億に一も絶対にない。真剣な顔で断言した都亜に、聡樹は噴き出した。
「なんで笑うの?」
「いや、都亜はずっと子どもでいてほしいなと思って」
「それじゃ、ずっといちゃいちゃできないじゃん」
そんなのやだ、と唇を尖らせると、聡樹はますます笑った。ひどい。
「子どもでいてくれよ。めちゃくちゃにしたくなる」
「……? どういう意味?」
「さあな」
なんだか意味深に聞こえたけれど、よくわからない。首を傾ける都亜に、聡樹は笑うばかりだった。
聡樹が歩き出すので、手をつないだままの都亜も続いて足を踏み出す。手を引かれて歩き、聡樹の背中を見る。どきどきしながら呟いてみた。聡樹に絶対聞こえないように、ごくごく小さな声で。
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