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幸せのかたち②
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いつもどおりの授業が終わり帰宅すると、母がキッチンでお菓子を作っていた。バニラの甘い香りがして、なんとなくまた自宅を出る。こういうとき、居心地の悪さを感じる。
藍斗は料理が得意ではないし、お菓子作りなんてしたことがない。母は娘とこういうことがしたかった、あんなこともしてみたかった、といろいろな願いがあるのだ。甘い香りはそれを伝えてくるようで、複雑な気持ちになる。
千種家の門扉を閉じてから、スマートフォンを操作してメッセージを送る。すぐに既読になり、ほどなく隣家の玄関ドアが開く。
「藍斗」
顔を出した幼馴染が声をかけてくれて、隣の小響家に向かう。
「いつもごめんね、春海くん」
首を横に一往復振った春海は、こころよく藍斗を迎え入れてくれる。隣家の幼馴染の部屋が藍斗の逃げ場所だ。昔は近所の公園で膝をかかえていた。そこを春海が見つけてくれて、「うちに来なよ」と言ってくれたのだ。
「今日は男の子来てないの?」
「たまにはね」
ふたつ上の幼馴染の春海は、特定の人を作らない。いつも違う男子と一緒にいる。春海は大学一年で、いくらでも相手がいるのがわかるくらいに見目が整っている。大学でも人気があるだろうし、幼馴染の贔屓目抜きでも恰好いいと思う。優しくて頭もいい、いろいろと揃っているすごい人だ。
「僕も春海くんみたいに恰好よくなれないかなあ」
藍斗が地味で目立たない見た目だから、母は余計に諦めがつかないのかもしれない。もっと秀でるなにかがあれば、藍斗を見てくれた可能性もある。
藍斗は黒髪にこげ茶色の瞳の、ごくごく普通の見た目だ。春海の色素の薄い髪や明るいブラウンの瞳が羨ましくて、幼稚園の頃に「交換して」と駄々をこねたことがある。そんなに幼い頃でも、春海は優しく藍斗をあやしてくれたのだ。
「藍斗はそのままでいいんじゃない? それより」
木製のローテーブルに向かい合って座り、春海は首を小さく傾ける。藍斗も合わせて同じ方向に首をかしげる。
「それより?」
「俺のところに来ると、お友達が怒るんじゃないの?」
「……」
わずかに俯いた藍斗の頭に、春海は慰めるようにぽんと手を置いた。
そのとおりなのだ。でもどうしても家から逃げたくなる。春海はいつでも優しく迎え入れてくれるから、つい甘えてしまう。どんなときでも優しく受け入れてくれる幼馴染に頼るのも、本当は申しわけないと思ってはいる。
反省しながら、一度甘えを知ったことでそれに縋ることに慣れてしまった自分の情けなさを痛感する。それに、どうしても他に逃げ場所を見つけられない。春海は藍斗の事情も知っているし、愚痴も聞いてくれる。居心地のよさに甘える藍斗に、春海は怒ることもしない。その優しさが申しわけなくて、助けでもある。
ポケットの中のスマートフォンが振動したので取り出す。噂をすれば、藍斗の『お友達』からのメッセージだった。
『遊びに行っていい?』
どう返そうか悩んで、嘘をつきたくないので正直に春海の部屋にいることを返信する。春海はそんな様子さえ優しく見守ってくれる。迷惑をかけているだけなのにこんなに優しいのだから、もてて当然だ。すぐに返信が来て、唇を引き結ぶ。
「お友達、なんだって?」
「『今すぐ行く』って」
「だよね」
苦笑した春海が、うーんと両手をあげて伸びをする。ベッドに腰かけた春海は、再度苦笑いをした。
「また藍斗のお友達に怒られちゃうな」
「ごめん、僕帰るね」
春海に迷惑をかけたくないから帰ろう。藍斗が立ちあがるのと同時にインターホンが鳴った。春海も腰をあげたので、階下におりていく幼馴染のあとを追った。
「こんにちは」
ドアを開けたところに立っているのは、春海に負けず劣らず背が高くて見た目のいい男子高校生――藍斗の友人である荻詠心だ。息を切らせているので、走ってきたようだ。天気予報のとおり初夏に似た陽気だから友は汗を滲ませていて、濃茶色の髪が少し乱れている。
「はい、こんにちは。藍斗、お友達」
「う、うん……。こんにちは、詠心」
「……」
髪と同じ濃茶色の瞳でじいっと見られて、引き攣った笑いを浮かべてみる。ごまかしてもどうにもならないのはわかっている。他にどう反応しようかと考えながら、手を振ってみた。やはりじいっと見られている、というより睨まれている状態に、藍斗は縮こまる。逃げ出したいくらいに緊張する。
藍斗は料理が得意ではないし、お菓子作りなんてしたことがない。母は娘とこういうことがしたかった、あんなこともしてみたかった、といろいろな願いがあるのだ。甘い香りはそれを伝えてくるようで、複雑な気持ちになる。
千種家の門扉を閉じてから、スマートフォンを操作してメッセージを送る。すぐに既読になり、ほどなく隣家の玄関ドアが開く。
「藍斗」
顔を出した幼馴染が声をかけてくれて、隣の小響家に向かう。
「いつもごめんね、春海くん」
首を横に一往復振った春海は、こころよく藍斗を迎え入れてくれる。隣家の幼馴染の部屋が藍斗の逃げ場所だ。昔は近所の公園で膝をかかえていた。そこを春海が見つけてくれて、「うちに来なよ」と言ってくれたのだ。
「今日は男の子来てないの?」
「たまにはね」
ふたつ上の幼馴染の春海は、特定の人を作らない。いつも違う男子と一緒にいる。春海は大学一年で、いくらでも相手がいるのがわかるくらいに見目が整っている。大学でも人気があるだろうし、幼馴染の贔屓目抜きでも恰好いいと思う。優しくて頭もいい、いろいろと揃っているすごい人だ。
「僕も春海くんみたいに恰好よくなれないかなあ」
藍斗が地味で目立たない見た目だから、母は余計に諦めがつかないのかもしれない。もっと秀でるなにかがあれば、藍斗を見てくれた可能性もある。
藍斗は黒髪にこげ茶色の瞳の、ごくごく普通の見た目だ。春海の色素の薄い髪や明るいブラウンの瞳が羨ましくて、幼稚園の頃に「交換して」と駄々をこねたことがある。そんなに幼い頃でも、春海は優しく藍斗をあやしてくれたのだ。
「藍斗はそのままでいいんじゃない? それより」
木製のローテーブルに向かい合って座り、春海は首を小さく傾ける。藍斗も合わせて同じ方向に首をかしげる。
「それより?」
「俺のところに来ると、お友達が怒るんじゃないの?」
「……」
わずかに俯いた藍斗の頭に、春海は慰めるようにぽんと手を置いた。
そのとおりなのだ。でもどうしても家から逃げたくなる。春海はいつでも優しく迎え入れてくれるから、つい甘えてしまう。どんなときでも優しく受け入れてくれる幼馴染に頼るのも、本当は申しわけないと思ってはいる。
反省しながら、一度甘えを知ったことでそれに縋ることに慣れてしまった自分の情けなさを痛感する。それに、どうしても他に逃げ場所を見つけられない。春海は藍斗の事情も知っているし、愚痴も聞いてくれる。居心地のよさに甘える藍斗に、春海は怒ることもしない。その優しさが申しわけなくて、助けでもある。
ポケットの中のスマートフォンが振動したので取り出す。噂をすれば、藍斗の『お友達』からのメッセージだった。
『遊びに行っていい?』
どう返そうか悩んで、嘘をつきたくないので正直に春海の部屋にいることを返信する。春海はそんな様子さえ優しく見守ってくれる。迷惑をかけているだけなのにこんなに優しいのだから、もてて当然だ。すぐに返信が来て、唇を引き結ぶ。
「お友達、なんだって?」
「『今すぐ行く』って」
「だよね」
苦笑した春海が、うーんと両手をあげて伸びをする。ベッドに腰かけた春海は、再度苦笑いをした。
「また藍斗のお友達に怒られちゃうな」
「ごめん、僕帰るね」
春海に迷惑をかけたくないから帰ろう。藍斗が立ちあがるのと同時にインターホンが鳴った。春海も腰をあげたので、階下におりていく幼馴染のあとを追った。
「こんにちは」
ドアを開けたところに立っているのは、春海に負けず劣らず背が高くて見た目のいい男子高校生――藍斗の友人である荻詠心だ。息を切らせているので、走ってきたようだ。天気予報のとおり初夏に似た陽気だから友は汗を滲ませていて、濃茶色の髪が少し乱れている。
「はい、こんにちは。藍斗、お友達」
「う、うん……。こんにちは、詠心」
「……」
髪と同じ濃茶色の瞳でじいっと見られて、引き攣った笑いを浮かべてみる。ごまかしてもどうにもならないのはわかっている。他にどう反応しようかと考えながら、手を振ってみた。やはりじいっと見られている、というより睨まれている状態に、藍斗は縮こまる。逃げ出したいくらいに緊張する。
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