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幸せのかたち③
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「小響さん」
「藍斗に手なんて出さないよ」
手のひらを肩の高さにあげ、ひらひらと振る春海を見て、詠心に視線を向ける。詠心はほっとした顔で安堵の息をついている。そんな確認をしなくたって、春海が藍斗に手を出すなんて絶対にありえないのに。詠心はいつもこれを一番に確認するのだ。変な友達だ。
「藍斗、小響さんじゃなくて俺に頼ってくれよ」
「どうして?」
「それは……」
いつもこう言われるけれど、理由がわからない。藍斗が首を傾けると、詠心は大きなため息をついた。春海は苦笑している。
「春海くんは優しいよ?」
「それはわかってるけど」
もごもごとなにかを言っているので、藍斗はまた首をかしげる。春海が声をあげて笑いはじめた。なにかおかしいことがあっただろうか。
詠心は藍斗が春海の影響を受けないか心配しているらしい。いつかそんなことを言っていた。春海は悪い影響を与えるような人ではないのに。変な心配をしなくてもいいと言っても、詠心の心配性はおさまらない。
「とにかく」
こほん、と咳払いをした詠心が、藍斗の両肩に手を置く。なんだかずっしりと感じる。
「これからは俺を頼ってくれよ」
「でも、悪いよ」
「悪くない」
本人はそう言っても、なにかあるたびに詠心のところに行っていたら、親御さんの迷惑になりそうだ。春海の家は父親が夜まで仕事でいないし、昔からの仲という気軽さがある。だからつい春海に甘えてしまうのだが、詠心はそれが嫌なのだそうだ。
春海は父親とふたり暮らしだ。彼の母親をある頃から見かけないなと思っていたら、彼氏とどこかに行った、と春海が言っていた。それが原因なのか、春海の遊び相手はいつも男子だ。みんないろいろな事情や傷をかかえているのだと常々思う。
「悪くないから、小響さんじゃなくて俺を頼ってくれ。何度も言ってるだろ」
「う、うん……わかった」
強い言葉に、おずおずと頷く。この場は頷いておいたほうがよさそうだ。詠心はこうと決めたら曲げないところがあるから、藍斗が頷くまで引かないのがわかる。
詠心の誤解も春海に申しわけない。でも春海はそれさえ笑ってくれるのだ。本当にどこまでも優しい人だ。
「じゃ、そろそろ今日の子が来るから、藍斗たちは他に移動して」
様子を見ていた春海が、詠心と藍斗の肩に手を置いて微笑む。あれ、と顔を見あげると、詠心がむっとしたのがわかった。
「今日は約束ないんじゃなかったの?」
先ほどそんなことを言っていた。
「まあ、そうなんだけどね」
詠心と藍斗の背をぐいぐいと押した春海は、笑顔で手を振る。
「ふたりきりがいいでしょ」
「え?」
意味を聞く前にドアがぱたんと閉じられた。よくわからないが、なんにしても追い出されたようだ。
「うち、来いよ」
「いいの?」
「言っただろ、俺に頼ってくれって」
歩き出した詠心のあとを追いかける。申しわけない気持ちをいだきながら、自宅の前を通りすぎた。
両親が好きな分だけ、望まれていなかった自分に落胆するのは、藍斗が弱いからだろうか。もっと切り替えができれば、もっとポジティブに考えられれば――ないものばかりを望むと、親との共通点を見つけるのだ。それはとても複雑な気持ちになるものだ。
駅前にあるマンションの三階に、詠心の自宅はある。荻家は家族仲がよくて、長い休みには家族旅行に行ったり遊びに出かけたりしている。もちろん詠心の性別を否定したりしない。
「藍斗に手なんて出さないよ」
手のひらを肩の高さにあげ、ひらひらと振る春海を見て、詠心に視線を向ける。詠心はほっとした顔で安堵の息をついている。そんな確認をしなくたって、春海が藍斗に手を出すなんて絶対にありえないのに。詠心はいつもこれを一番に確認するのだ。変な友達だ。
「藍斗、小響さんじゃなくて俺に頼ってくれよ」
「どうして?」
「それは……」
いつもこう言われるけれど、理由がわからない。藍斗が首を傾けると、詠心は大きなため息をついた。春海は苦笑している。
「春海くんは優しいよ?」
「それはわかってるけど」
もごもごとなにかを言っているので、藍斗はまた首をかしげる。春海が声をあげて笑いはじめた。なにかおかしいことがあっただろうか。
詠心は藍斗が春海の影響を受けないか心配しているらしい。いつかそんなことを言っていた。春海は悪い影響を与えるような人ではないのに。変な心配をしなくてもいいと言っても、詠心の心配性はおさまらない。
「とにかく」
こほん、と咳払いをした詠心が、藍斗の両肩に手を置く。なんだかずっしりと感じる。
「これからは俺を頼ってくれよ」
「でも、悪いよ」
「悪くない」
本人はそう言っても、なにかあるたびに詠心のところに行っていたら、親御さんの迷惑になりそうだ。春海の家は父親が夜まで仕事でいないし、昔からの仲という気軽さがある。だからつい春海に甘えてしまうのだが、詠心はそれが嫌なのだそうだ。
春海は父親とふたり暮らしだ。彼の母親をある頃から見かけないなと思っていたら、彼氏とどこかに行った、と春海が言っていた。それが原因なのか、春海の遊び相手はいつも男子だ。みんないろいろな事情や傷をかかえているのだと常々思う。
「悪くないから、小響さんじゃなくて俺を頼ってくれ。何度も言ってるだろ」
「う、うん……わかった」
強い言葉に、おずおずと頷く。この場は頷いておいたほうがよさそうだ。詠心はこうと決めたら曲げないところがあるから、藍斗が頷くまで引かないのがわかる。
詠心の誤解も春海に申しわけない。でも春海はそれさえ笑ってくれるのだ。本当にどこまでも優しい人だ。
「じゃ、そろそろ今日の子が来るから、藍斗たちは他に移動して」
様子を見ていた春海が、詠心と藍斗の肩に手を置いて微笑む。あれ、と顔を見あげると、詠心がむっとしたのがわかった。
「今日は約束ないんじゃなかったの?」
先ほどそんなことを言っていた。
「まあ、そうなんだけどね」
詠心と藍斗の背をぐいぐいと押した春海は、笑顔で手を振る。
「ふたりきりがいいでしょ」
「え?」
意味を聞く前にドアがぱたんと閉じられた。よくわからないが、なんにしても追い出されたようだ。
「うち、来いよ」
「いいの?」
「言っただろ、俺に頼ってくれって」
歩き出した詠心のあとを追いかける。申しわけない気持ちをいだきながら、自宅の前を通りすぎた。
両親が好きな分だけ、望まれていなかった自分に落胆するのは、藍斗が弱いからだろうか。もっと切り替えができれば、もっとポジティブに考えられれば――ないものばかりを望むと、親との共通点を見つけるのだ。それはとても複雑な気持ちになるものだ。
駅前にあるマンションの三階に、詠心の自宅はある。荻家は家族仲がよくて、長い休みには家族旅行に行ったり遊びに出かけたりしている。もちろん詠心の性別を否定したりしない。
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