天使の居場所

すずかけあおい

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天使の居場所④

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「おいしい」
「よかったです。天真てんしんさんのお口にあったようで」
「伊央も気軽に呼んで。俺はたいした人間じゃないから」
「はあ」
 あのあとどうしたらいいかわからなかったが、寝ている天使を外に放り出すこともできず、床に寝たままの彼にブランケットをかけてから伊央もベッドに入った。あきらかに性的に触られたことに疑問をいだきながら、キッチンの床で眠る天使の様子を何度か見にいった。
 明け方ごろに身体にのしかかる重みで伊央が目を開けると、天使がまた覆いかぶさってきていた。慌てて逃げる伊央の首筋に愛撫のようなキスをした天使が、伊央の寝間着を脱がせようとする。
「こういうことは好きな人としかしたくない!」
 伊央が拒絶の声をあげると、天使は止まってくれた。あぶない天使を拾ったことを後悔しながら、朝になったら帰ってもらおうと考えた。天上にどうやって帰るのかは知らないが、身の危険を感じるので置いておけない。ベッドの下に座った天使は、伊央の顔をじいっと覗き込んでいた。
 結局そのまま眠れず伊央がベッドを出ると、ベッドにもたれて座っていた天使も立ちあがった。そこで衝撃の事実を知る。
 天使は人間だった。
 天使は「天真桐都きりと」と名乗り、伊央に再度お礼を言ったのだ。
 眩暈がした。天使ではなかったことも、知らない人間を部屋に連れ込んだことも、今さら血の気が引いた。お引き取り願おうと思ったら天使――天真桐都のお腹が鳴り、結局ふたりで朝食を食べて今に至る。
「そりゃそうだ」
「なに?」
「なんでもないです」
 不思議そうに伊央の様子を窺う桐都を見て、ため息をつく。天使が道端に倒れているなんて、漫画や映画ではないのだから、あるはずがない。大学二年生にもなってそんなことにさえ思い至らなかったなんて、あのときの伊央は疲れていたのかもしれない。
 ちらりと桐都を見る。見た目は綺麗だ――天使と間違えるほどに。でも、二度も押し倒された。
 食事を終えて歯を磨いていたら、桐都も洗面室に来て伊央をまたじいっと見た。こんなに地味な男を見たところで、楽しくもなんともないだろう。黒い髪と黒い瞳は伊央の童顔をさらに幼く見せ、二十歳になった現在でも高校生に間違われることがある。背も桐都のように高くないし、悲しいくらいに平凡だ。そんな自分だから綺麗なものに引かれるのかもしれない、と最近気がついた。
 無言で見つめられて緊張する。歯を磨いているところを、こんなふうに見られたことがない。居心地悪く歯磨きを終えると、桐都が口を開いた。
「迷惑かけてごめん」
「いえ、俺が拾ったんですから。でも、どうしてあんなところで倒れてたんですか?」
 深夜の道で倒れているなんて、普通に生活していたらそうそう起こらない。
「……」
「あ、言いたくないことなら言わなくていいんですけど」
 渋面を見せた桐都に慌てて手を左右に振ると、桐都は「いや」と首を横に振った。
「同棲相手にお金を全部持っていかれて。食事をしたくてもできなかったんだ」
「はあ」
「俺のお金で他の男に貢いでいたらしくてね。まあ、こんな俺だから、それくらいでも役に立てたならいいかなと思ったんだけど、お腹だけは空いて。空腹をごまかすために散歩してたら、動けなくなったんだ」
「すごい彼女ですね」
 浮気ということだろうか。驚く伊央に、桐都は苦笑する。
「今回は彼氏」
「かれし」
「ああ。性別にこだわらないから」
 やはり天使ではないのだなと確信する。人間だということを疑っていたわけではないけれど、桐都があまりに綺麗だから、どうしても人からはかけ離れた存在のように感じられた。でも話を聞いているうちに、人間くささを感じてきた。性別にこだわらないなんて奔放さを理解できるかと言われたらできないけれど、それでも欲にまみれているのだということはわかる。
 同棲相手にそんな裏切られ方をしたわりには桐都は平然としていて、お腹が空いていたことだけがこたえたように見える。


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