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天使の居場所⑤
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「そろそろ行くよ」
「どこに?」
「行くあてはないけど。もう真冬じゃないし、公園にでも行こうかな。帰っても、お金がない俺じゃ必要としてくれないだろうから」
「お金がないとだめなんですか?」
引っかかったので、つい聞いてしまう。
「今の相手にとって、俺はお金がないと価値がないと思うんだ」
「――」
「じゃあ、行くよ。本当にありがとう」
そう言われて「はいそうですか。さようなら」と追い出せるほど、伊央も非情ではない。むしろお人好しだと自覚する性格が災いした――災いというのが正しいかはわからない。
「じゃあ、うちにいていいですよ。たいしたことはできませんが」
「そういうわけには」
「このまま出ていかれて、また倒れられたりなにかあったりしたら、寝覚めが悪いですし」
あのとき引き留めておけばよかった、と思うのは嫌だ。
「そのかわり、絶対に手を出さないでください」
三度目の正直とも、二度あることは三度あるとも言う。どちらにしても伊央はそんなことを求めていない。強い拒絶の姿勢を見せると、桐都は不思議そうな顔で小さく首をひねった。
「それなのに、いていいのか?」
「言ったでしょう。出ていかれて、なにかあるほうが嫌なんです」
我ながら本当にお人好しだ。桐都が困ったように眉を寄せて伊央に手を伸ばしたので、すっと後ずさってよける。
「なんでよけるんだ?」
「どういう意図を持って接触しようとしてますか?」
「お礼になにかしてあげようかなと」
「いりません」
伊央の反応に、桐都は不可解なものを見る瞳を向けてくる。伊央からしたら桐都のほうが不可解だ。会ったばかりで、つきあっているわけでもない相手とそんなことをしようとすることも、できることも信じられない。
「じゃあ、俺はどうしたらいい?」
「なにもしないで座っていてください。コーヒー飲みますか?」
「お返しに――」
「だからいりません!」
なおも触れてこようとする桐都を睨みつけると、桐都は心底困ったという表情で眉をさげた。心もとない瞳に絆されそうになるが、それで後悔するのは伊央自身だ。強い意志を持つんだ、と自分に言い聞かせた。
はっきり言って、こんな形で困らせてくる相手を放っておけない自分も信じられない。もしかしたら、公園でもどこでも行ってもらったほうがいいのかもしれない。でも突き放せないのだ。性分だから仕方がない。
「コーヒー淹れるあいだ、座っていてください。なにかしてきたらお湯がかかるかもしれませんから、絶対しないでください」
「――」
キッチンに戻る伊央に大人しくついてきた桐都は、なにか言いたそうにしながらも口を噤んでいる。その瞳には疑念が浮かんでいて、そういう目をしたいのはこっちだ、と文句が出そうになった。
ドリップコーヒーを淹れたふたつのマグカップをテーブルに置く。片方に伊央が粉末ミルクのスティックをふた袋入れると、桐都はそのままカップを手に取った。
「ミルク使いますか?」
「いや。大丈夫。ありがとう」
「安いコーヒーですが」
コーヒーをひと口飲んだ桐都は小さく息をつき、そんな自身に驚いているようだ。気が張っていたのだろうか、と思いながら、向かいあってコーヒーを飲む。穏やかな土曜日だ。大学もアルバイトも休みだと、心身ともにのんびりできる。
「どこに?」
「行くあてはないけど。もう真冬じゃないし、公園にでも行こうかな。帰っても、お金がない俺じゃ必要としてくれないだろうから」
「お金がないとだめなんですか?」
引っかかったので、つい聞いてしまう。
「今の相手にとって、俺はお金がないと価値がないと思うんだ」
「――」
「じゃあ、行くよ。本当にありがとう」
そう言われて「はいそうですか。さようなら」と追い出せるほど、伊央も非情ではない。むしろお人好しだと自覚する性格が災いした――災いというのが正しいかはわからない。
「じゃあ、うちにいていいですよ。たいしたことはできませんが」
「そういうわけには」
「このまま出ていかれて、また倒れられたりなにかあったりしたら、寝覚めが悪いですし」
あのとき引き留めておけばよかった、と思うのは嫌だ。
「そのかわり、絶対に手を出さないでください」
三度目の正直とも、二度あることは三度あるとも言う。どちらにしても伊央はそんなことを求めていない。強い拒絶の姿勢を見せると、桐都は不思議そうな顔で小さく首をひねった。
「それなのに、いていいのか?」
「言ったでしょう。出ていかれて、なにかあるほうが嫌なんです」
我ながら本当にお人好しだ。桐都が困ったように眉を寄せて伊央に手を伸ばしたので、すっと後ずさってよける。
「なんでよけるんだ?」
「どういう意図を持って接触しようとしてますか?」
「お礼になにかしてあげようかなと」
「いりません」
伊央の反応に、桐都は不可解なものを見る瞳を向けてくる。伊央からしたら桐都のほうが不可解だ。会ったばかりで、つきあっているわけでもない相手とそんなことをしようとすることも、できることも信じられない。
「じゃあ、俺はどうしたらいい?」
「なにもしないで座っていてください。コーヒー飲みますか?」
「お返しに――」
「だからいりません!」
なおも触れてこようとする桐都を睨みつけると、桐都は心底困ったという表情で眉をさげた。心もとない瞳に絆されそうになるが、それで後悔するのは伊央自身だ。強い意志を持つんだ、と自分に言い聞かせた。
はっきり言って、こんな形で困らせてくる相手を放っておけない自分も信じられない。もしかしたら、公園でもどこでも行ってもらったほうがいいのかもしれない。でも突き放せないのだ。性分だから仕方がない。
「コーヒー淹れるあいだ、座っていてください。なにかしてきたらお湯がかかるかもしれませんから、絶対しないでください」
「――」
キッチンに戻る伊央に大人しくついてきた桐都は、なにか言いたそうにしながらも口を噤んでいる。その瞳には疑念が浮かんでいて、そういう目をしたいのはこっちだ、と文句が出そうになった。
ドリップコーヒーを淹れたふたつのマグカップをテーブルに置く。片方に伊央が粉末ミルクのスティックをふた袋入れると、桐都はそのままカップを手に取った。
「ミルク使いますか?」
「いや。大丈夫。ありがとう」
「安いコーヒーですが」
コーヒーをひと口飲んだ桐都は小さく息をつき、そんな自身に驚いているようだ。気が張っていたのだろうか、と思いながら、向かいあってコーヒーを飲む。穏やかな土曜日だ。大学もアルバイトも休みだと、心身ともにのんびりできる。
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