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天使の居場所⑯
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「伊央が羨ましいな」
顔を洗ってぼんやりと鏡を見ていると、桐都が声をかけてきた。今朝も整った顔の彼は、眉を寄せて表情を曇らせる。
「俺も伊央みたいに、黒い髪で黒い瞳がよかった」
なにか深い意味がありそうな言葉に、答えを見つけられなかった。
それでも伊央は桐都の外見を美しいと思う。綺麗なものが好きな伊央だって、そうではない人だって、絶対に目が引き寄せられる。
「俺は、そのままの桐都さんが綺麗で恰好いいと思います」
嘘偽りのない、心からの言葉だ。お世辞でもなく、伊央は本当にそう思っている。
「伊央がそう言ってくれるなら、俺の見た目も悪いものじゃないのかな」
「そうです。すごくすごく素敵なんです」
力説すると、桐都はふっと噴き出して伊央の頭を撫でた。
寂しい目をしないでほしい。ずっとそばにいられなくても、今はそばにいる。だからたくさん心を和らげてほしい。そうすることが自然になるように。
「いただきます」
「いただきます」
ふたりで食べる朝食に慣れ、自然に一緒に手をあわせる。昨日買ったあじの開きと白いご飯にインスタント味噌汁という簡単なメニューを、桐都はまるでごちそうのように食べてくれる。
「おいしい」
「俺は焼いただけですが」
苦笑する伊央を、桐都が穏やかな瞳で見つめる。おもむろに自身の胸に手を当て、「偉い」とひと言口にした桐都に、微笑ましい気持ちになった。
「楽しいな。伊央といるのは」
伊央の話をするときに桐都の琥珀色の瞳に翳りがないことが、伊央は嬉しい。少しでも桐都の安らぎになれていたら、そんなに嬉しいことはない。
食後は桐都が片づけをしてくれて、伊央はコーヒーを淹れる。手を拭いた桐都は、伊央に目を留めてゆっくりと手を伸ばした。
「ん……」
「唇、乾いてる」
指の腹で唇を撫でられて心臓が跳ねあがり、それだけで乾いたところが潤いそうだった。まっすぐに伊央を見つめた桐都が真剣な顔になり、距離を詰めてきた。整った顔が近づき、キスをされるのかと身がまえる伊央の前髪を手でよけて、額に柔らかなキスが触れた。
「き、桐都さん……?」
またいやらしく触られたらどうしよう、と思うのに、心のどこかに期待している自分がいる。宝石のような瞳を見つめ返すと、視線がすっと逸らされた。
「コーヒー、ありがとう」
あんなに強引に触ろうとしてきたのに――伊央は性的な接触をされたくなかったのだから喜ばしいことのはずが、なぜか寂しい。
「伊央?」
「えっ」
「どうした?」
「――いえ」
なんでもない。なんでもないふりをしないといけない。
桐都に触られたいなんて、言えるわけがない。
アルバイト先にまた迎えにきてくれた桐都と帰宅する。食事を作ってくれて、そのあいだに伊央はシャワーを浴びた。
触らないでと言ったのは伊央だ。好きな人としかこういうことはしたくない、と。
シャワーの温かさとは違う熱で身体が火照る。今朝桐都になぞられた唇と、キスをされた額が異常なまでに熱く感じる。桐都との接触を喜び、願うような自分に戸惑いながら、彼の手の感覚を思い出す。
「っ……」
燻る熱が解放を求めて張り詰め、伊央は声を殺して昂ぶりを扱いた。桐都の手、桐都の唇、琥珀色の瞳――すべてが伊央の情欲を沸き立たせた。
こんなに誰かに触られたいと願ったことはない。
手のひらを汚した白濁に、なんとも表現しがたい飢えのようなものを感じた。
顔を洗ってぼんやりと鏡を見ていると、桐都が声をかけてきた。今朝も整った顔の彼は、眉を寄せて表情を曇らせる。
「俺も伊央みたいに、黒い髪で黒い瞳がよかった」
なにか深い意味がありそうな言葉に、答えを見つけられなかった。
それでも伊央は桐都の外見を美しいと思う。綺麗なものが好きな伊央だって、そうではない人だって、絶対に目が引き寄せられる。
「俺は、そのままの桐都さんが綺麗で恰好いいと思います」
嘘偽りのない、心からの言葉だ。お世辞でもなく、伊央は本当にそう思っている。
「伊央がそう言ってくれるなら、俺の見た目も悪いものじゃないのかな」
「そうです。すごくすごく素敵なんです」
力説すると、桐都はふっと噴き出して伊央の頭を撫でた。
寂しい目をしないでほしい。ずっとそばにいられなくても、今はそばにいる。だからたくさん心を和らげてほしい。そうすることが自然になるように。
「いただきます」
「いただきます」
ふたりで食べる朝食に慣れ、自然に一緒に手をあわせる。昨日買ったあじの開きと白いご飯にインスタント味噌汁という簡単なメニューを、桐都はまるでごちそうのように食べてくれる。
「おいしい」
「俺は焼いただけですが」
苦笑する伊央を、桐都が穏やかな瞳で見つめる。おもむろに自身の胸に手を当て、「偉い」とひと言口にした桐都に、微笑ましい気持ちになった。
「楽しいな。伊央といるのは」
伊央の話をするときに桐都の琥珀色の瞳に翳りがないことが、伊央は嬉しい。少しでも桐都の安らぎになれていたら、そんなに嬉しいことはない。
食後は桐都が片づけをしてくれて、伊央はコーヒーを淹れる。手を拭いた桐都は、伊央に目を留めてゆっくりと手を伸ばした。
「ん……」
「唇、乾いてる」
指の腹で唇を撫でられて心臓が跳ねあがり、それだけで乾いたところが潤いそうだった。まっすぐに伊央を見つめた桐都が真剣な顔になり、距離を詰めてきた。整った顔が近づき、キスをされるのかと身がまえる伊央の前髪を手でよけて、額に柔らかなキスが触れた。
「き、桐都さん……?」
またいやらしく触られたらどうしよう、と思うのに、心のどこかに期待している自分がいる。宝石のような瞳を見つめ返すと、視線がすっと逸らされた。
「コーヒー、ありがとう」
あんなに強引に触ろうとしてきたのに――伊央は性的な接触をされたくなかったのだから喜ばしいことのはずが、なぜか寂しい。
「伊央?」
「えっ」
「どうした?」
「――いえ」
なんでもない。なんでもないふりをしないといけない。
桐都に触られたいなんて、言えるわけがない。
アルバイト先にまた迎えにきてくれた桐都と帰宅する。食事を作ってくれて、そのあいだに伊央はシャワーを浴びた。
触らないでと言ったのは伊央だ。好きな人としかこういうことはしたくない、と。
シャワーの温かさとは違う熱で身体が火照る。今朝桐都になぞられた唇と、キスをされた額が異常なまでに熱く感じる。桐都との接触を喜び、願うような自分に戸惑いながら、彼の手の感覚を思い出す。
「っ……」
燻る熱が解放を求めて張り詰め、伊央は声を殺して昂ぶりを扱いた。桐都の手、桐都の唇、琥珀色の瞳――すべてが伊央の情欲を沸き立たせた。
こんなに誰かに触られたいと願ったことはない。
手のひらを汚した白濁に、なんとも表現しがたい飢えのようなものを感じた。
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