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天使の居場所㉓
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「今日も顔色いいな」
「はい。もう半年も経ちますから、本当に大丈夫ですよ」
桐都の部屋を訪ねると顔をじいっと確認されるのは、毎回のルーティンだ。頬を両手で包まれて、玄関を入ったばかりだというのにキスが落ちてくる。
「伊央は偉いな。頑張ってる」
「桐都さんも、偉いです」
伊央の頬に鼻先をこすりつける彼の髪を撫で、互いに褒める。自分を褒めてあげる言葉は、いつの間にか彼から与えられるものになった。
伊央のアルバイト帰りの深夜だと言うのに、桐都はネイビーのエプロンをつけている。コンソメのにおいがするけれど、なにを作ってくれたのだろう。
半年前、倒れた伊央が目を覚ましたのは、伊央から離れていったあとに桐都が新しく借りた部屋だった。伊央のアルバイト先からそう遠くない場所にあり、あれから毎日のように通っている。
「お湯を溜めてあるから、先にお風呂に入って」
「ありがとうございます」
いつもはアルバイト帰りに寄っても、次の日に伊央が大学だったり桐都が仕事だったりする平日はなかなかゆっくりできない。でも金曜日の今日は、桐都の部屋に泊まりだ。土曜と日曜は伊央もアルバイトの休みを取り、ずっと一緒にいられる。毎週末そうすることは難しいけれど、ひと月に一度ほどはそういう時間を作っている。でも今日は特別に桐都が張りきっている理由は他にある。
――そろそろ伊央がほしい。
唐突に求められ、頬が熱くなったのを思い出す。伊央が本調子ではなかったこともあり、桐都はずっと我慢をしてくれていた。伊央も恥ずかしくて、自分から「今日は大丈夫です」などとは言えないから、ずるずると月日が経ってしまった。大学の夏休み中も、引っ越しで経済的に苦しかった伊央はアルバイトで忙しく、桐都には申し訳ないことをした。貯金はあったが、やはり引っ越しはお金がかかる。
季節は移り変わり、寒いくらいの日が続いている。今夜は特に冷えるから、温かいお風呂は嬉しい。
お風呂から出たら、桐都が用意してくれたポトフをふたりで食べた。おいしい食事は、今では桐都のほうが作ってくれる。
――伊央がそばにいると、料理どころじゃなくなるから。
幸せを満面に浮かべてキッチンから伊央を追い出す彼は、もう寂しそうな顔をしていない。
「伊央の部屋の家賃、もったいなくないか?」
桐都が真剣な表情で切り出した話題に、伊央は小さく首をかしげる。
「もったいないって?」
「よかったら、ここに引っ越してこないかと思って」
伊央の唇を指で拭った桐都は、柔らかに目を細める。
「嫌なら俺が伊央の部屋に転がり込むのもありかな」
「前みたいに?」
「そう」
笑いあって、伊央はもう一度首を傾ける。
想像してみる。いつでも桐都がそばにいて、出かけるときも帰ってきてからも一緒――以前の、なりゆきでそうなったのとは違い、互いにそうしたいと思ってふたりで暮らす。頭の中でその生活を思い浮かべるだけで頬が緩んだ。
「幸せですね」
「もっと幸せにするよ」
桐都が言うのなら、本当に今以上の幸せがあるのだ。拒む理由など伊央にはない。はっきりと頷いて微笑んで見せると、桐都がほっと息を吐き出した。
「断られると思ったんですか?」
「ちょっと不安だった。でもそのときは、伊央の部屋に転がり込むっていうのは決めてた」
なかなか強引な計画で、伊央はおかしくなった。桐都のこういうところが愛しい。
今の幸せな時間と、これからの日々への期待のおかげで食欲が増し、伊央がポトフをおかわりすると、桐都は嬉しそうに褒めてくれた。心配性の彼には、伊央が倒れたことはかなりのショックだったらしく、伊央がよく食べたりよく寝たりすることをとても喜んでくれる。
片づけは伊央が引き受けて、桐都にもお風呂に入ってもらう。ベッドに腰かけて、この半年と、桐都とはじめて会ったときのことを思い出していると、桐都が寝室に入ってきた。天使と間違えたほど綺麗な彼は、定位置――伊央の右隣に座って伊央を抱き寄せる。
「はい。もう半年も経ちますから、本当に大丈夫ですよ」
桐都の部屋を訪ねると顔をじいっと確認されるのは、毎回のルーティンだ。頬を両手で包まれて、玄関を入ったばかりだというのにキスが落ちてくる。
「伊央は偉いな。頑張ってる」
「桐都さんも、偉いです」
伊央の頬に鼻先をこすりつける彼の髪を撫で、互いに褒める。自分を褒めてあげる言葉は、いつの間にか彼から与えられるものになった。
伊央のアルバイト帰りの深夜だと言うのに、桐都はネイビーのエプロンをつけている。コンソメのにおいがするけれど、なにを作ってくれたのだろう。
半年前、倒れた伊央が目を覚ましたのは、伊央から離れていったあとに桐都が新しく借りた部屋だった。伊央のアルバイト先からそう遠くない場所にあり、あれから毎日のように通っている。
「お湯を溜めてあるから、先にお風呂に入って」
「ありがとうございます」
いつもはアルバイト帰りに寄っても、次の日に伊央が大学だったり桐都が仕事だったりする平日はなかなかゆっくりできない。でも金曜日の今日は、桐都の部屋に泊まりだ。土曜と日曜は伊央もアルバイトの休みを取り、ずっと一緒にいられる。毎週末そうすることは難しいけれど、ひと月に一度ほどはそういう時間を作っている。でも今日は特別に桐都が張りきっている理由は他にある。
――そろそろ伊央がほしい。
唐突に求められ、頬が熱くなったのを思い出す。伊央が本調子ではなかったこともあり、桐都はずっと我慢をしてくれていた。伊央も恥ずかしくて、自分から「今日は大丈夫です」などとは言えないから、ずるずると月日が経ってしまった。大学の夏休み中も、引っ越しで経済的に苦しかった伊央はアルバイトで忙しく、桐都には申し訳ないことをした。貯金はあったが、やはり引っ越しはお金がかかる。
季節は移り変わり、寒いくらいの日が続いている。今夜は特に冷えるから、温かいお風呂は嬉しい。
お風呂から出たら、桐都が用意してくれたポトフをふたりで食べた。おいしい食事は、今では桐都のほうが作ってくれる。
――伊央がそばにいると、料理どころじゃなくなるから。
幸せを満面に浮かべてキッチンから伊央を追い出す彼は、もう寂しそうな顔をしていない。
「伊央の部屋の家賃、もったいなくないか?」
桐都が真剣な表情で切り出した話題に、伊央は小さく首をかしげる。
「もったいないって?」
「よかったら、ここに引っ越してこないかと思って」
伊央の唇を指で拭った桐都は、柔らかに目を細める。
「嫌なら俺が伊央の部屋に転がり込むのもありかな」
「前みたいに?」
「そう」
笑いあって、伊央はもう一度首を傾ける。
想像してみる。いつでも桐都がそばにいて、出かけるときも帰ってきてからも一緒――以前の、なりゆきでそうなったのとは違い、互いにそうしたいと思ってふたりで暮らす。頭の中でその生活を思い浮かべるだけで頬が緩んだ。
「幸せですね」
「もっと幸せにするよ」
桐都が言うのなら、本当に今以上の幸せがあるのだ。拒む理由など伊央にはない。はっきりと頷いて微笑んで見せると、桐都がほっと息を吐き出した。
「断られると思ったんですか?」
「ちょっと不安だった。でもそのときは、伊央の部屋に転がり込むっていうのは決めてた」
なかなか強引な計画で、伊央はおかしくなった。桐都のこういうところが愛しい。
今の幸せな時間と、これからの日々への期待のおかげで食欲が増し、伊央がポトフをおかわりすると、桐都は嬉しそうに褒めてくれた。心配性の彼には、伊央が倒れたことはかなりのショックだったらしく、伊央がよく食べたりよく寝たりすることをとても喜んでくれる。
片づけは伊央が引き受けて、桐都にもお風呂に入ってもらう。ベッドに腰かけて、この半年と、桐都とはじめて会ったときのことを思い出していると、桐都が寝室に入ってきた。天使と間違えたほど綺麗な彼は、定位置――伊央の右隣に座って伊央を抱き寄せる。
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