天使の居場所

すずかけあおい

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天使の居場所㉒

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 瞼をあげると、知らない部屋にいた。重い身体を起こして室内を見まわす。
 夢を見ていた気がするけれど、まだ夢の続きだろうか。どこにいるのかわからない。夢と現実の境目が曖昧だ。
 ぼんやりともう一度室内を見まわすと、壁際に置かれているハンガーラックに見覚えのあるシャツがかかっていて、どきりと心臓が跳ねる。もう遠い昔のように感じる日に、前のアパートの近くにあったファッションショップで桐都と買ったシャツだ。
「伊央!」
 隣の部屋から顔をのぞかせた人影が、伊央を見て声をあげた。慌てた様子でベッドに駆け寄ってきて、伊央の手を握る。
「よかった。突然倒れたんだけど、覚えてるか?」
 信じられない気持ちでいっぱいになりながら、ぼうっとする頭を左右に振る。伊央がずっと切望した人は、泣き出しそうな微笑みを浮かべて伊央の頬を撫でた。
「伊央……」
 あの日々から変わらず綺麗な人は、情けなく眉をさげて伊央の頬に自身のそれを重ねる。懐かしい温もりが心を溶かし、滲んだ視界がゆらりと揺れた。
「桐都さん……本当に?」
 夢でもなんでもいい。
「俺、桐都さんがほしいです」
 あの日言えなかった言葉は、するりと唇から出た。自分で思ったよりも震えた声だったけれどきちんと伝えられて、それだけでほっとする。
「伊央の恋人は?」
 桐都は眉を寄せて、伊央の頬を手のひらでなぞる。輪郭をたしかめるような手を捕まえて頬ずりをすると、たしかにそこに桐都がいると実感できた。
「恋人なんていません」
「でも、あの日告白されてた」
「断りました。俺は桐都さんが好きだか――」
 言いきる前に強い力で抱き寄せられ、広い胸に飛び込む。優しいにおいも変わらなくて、しがみつくように桐都の背に腕をまわした。
「好きです。桐都さんが好きなんです」
「伊央……」
「桐都さんといないと、俺は幸せになれない」
 語尾が消えるほどに声が震える。この想いを受け止めてもらえなくても、伝えられたことがなにより嬉しい。ひとりでかかえて生きるのだと諦めきったものが、また息を吹き返す。春の芽吹きのような温かさと希望が胸を占めた。
「伊央も、俺を求めてくれるのか?」
「はい。俺がほしいのは桐都さんだけです」
 抱き留めてくれる腕の力が強くなり、桐都の胸に顔をうずめる。
 ずっとほしかった。この人がいてくれるなら、他になにもいらない。


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