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あなたと夕陽と心⑨
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タクシーで千明さんの部屋に帰ってきたけれど、嫌な汗がじっとりしている。
「ちょっと休もうか。光輝、甘いものは飲める?」
「……それよりシャワーを浴びたいです」
「じゃあお風呂入れてくるからゆっくり温まって」
玄関から動かずにぼーっとしたまま千明さんの動きを見つめる。
「光輝? どうした?」
動かないままの俺を千明さんが迎えに来てくれる。手を引いてリビングダイニングまで連れて行ってくれた。
「あの…」
「なに?」
離れたくないな…。その思いをそのまま伝えたら、どんな顔をするだろう。
「お風呂、一緒に入りたいです」
千明さんは一瞬目を瞠って、すぐに優しい表情に戻る。きゅっと軽く抱き締められて、また千明さんのにおいを感じる。
「いいよ。一緒に入ろう」
こくん、と俺も頷いて、浴室に向かった。
不思議だけど、恥ずかしいとは思わなかった。それより千明さんと離れるのが嫌だった。千明さんが丁寧に優しく俺の髪と身体を洗ってくれる。俺もお返しに千明さんの髪と身体を洗ったけど、千明さんがやってくれたみたいにうまくできたかわからない。千明さんに背中から抱き締められる格好でお湯に浸かる。
「もう大丈夫だよ」
何度もそう言ってくれて、ようやく力が抜ける。
お風呂から上がって、リビングダイニングに戻ったらきつく抱き締められた。
「……よかった、光輝…」
絞り出すような声。もしかしたら、すごく心配をかけてしまったのかもしれない。
ぎゅっと抱き締められて、心音さえ伝わってしまいそうだった。どきどきというより、安心する。
―――千明さんの腕の中は、安心する。
たぶん、他人の中に安堵を覚えたのは初めてだと思う。こんなのは、知らない。でもその安心感の中で素直に深呼吸をする。
「光輝、食事はどうする?」
「うーん…空腹感がないです。それより少し横になりたい、かな」
「具合悪い?」
抱き締める腕を緩めて俺の頬に触れる千明さんが、すごく心配そうに瞳を揺らしているので、俺は首を横に振る。
「ただ、千明さんの腕の中にいたいんです…」
おずおずと、頬に触れる手を取る。
「……だめ、ですか?」
言ってから、ちょっとずるい言い方だったかなと思った。でも千明さんは咎めずに、ただ抱き締めてくれた。
「だめなわけない。嬉しいよ」
寝室に移動し、ふたりでベッドに横になる。やっぱり、千明さんに抱き締められると心の奥底から安心する。そっと瞼を下ろしたら、瞼の裏に散歩をしたときに見た夕陽が映った。
一週間経っていなくても、この部屋からではなく、この腕の中から出て行きたくないと言ったら、千明さんはどんな反応をするだろう。
ちら、と千明さんを見ると、目が合った。吸い込まれてしまいそうなまでにまっすぐ見つめてくれる瞳を手で覆ったら、悪戯をしていると思われたのか、千明さんがちょっと笑う。そのままそっと唇を重ねると、重ねた唇の持ち主は固まってしまった。
これが俺の、素直な心。
END
「ちょっと休もうか。光輝、甘いものは飲める?」
「……それよりシャワーを浴びたいです」
「じゃあお風呂入れてくるからゆっくり温まって」
玄関から動かずにぼーっとしたまま千明さんの動きを見つめる。
「光輝? どうした?」
動かないままの俺を千明さんが迎えに来てくれる。手を引いてリビングダイニングまで連れて行ってくれた。
「あの…」
「なに?」
離れたくないな…。その思いをそのまま伝えたら、どんな顔をするだろう。
「お風呂、一緒に入りたいです」
千明さんは一瞬目を瞠って、すぐに優しい表情に戻る。きゅっと軽く抱き締められて、また千明さんのにおいを感じる。
「いいよ。一緒に入ろう」
こくん、と俺も頷いて、浴室に向かった。
不思議だけど、恥ずかしいとは思わなかった。それより千明さんと離れるのが嫌だった。千明さんが丁寧に優しく俺の髪と身体を洗ってくれる。俺もお返しに千明さんの髪と身体を洗ったけど、千明さんがやってくれたみたいにうまくできたかわからない。千明さんに背中から抱き締められる格好でお湯に浸かる。
「もう大丈夫だよ」
何度もそう言ってくれて、ようやく力が抜ける。
お風呂から上がって、リビングダイニングに戻ったらきつく抱き締められた。
「……よかった、光輝…」
絞り出すような声。もしかしたら、すごく心配をかけてしまったのかもしれない。
ぎゅっと抱き締められて、心音さえ伝わってしまいそうだった。どきどきというより、安心する。
―――千明さんの腕の中は、安心する。
たぶん、他人の中に安堵を覚えたのは初めてだと思う。こんなのは、知らない。でもその安心感の中で素直に深呼吸をする。
「光輝、食事はどうする?」
「うーん…空腹感がないです。それより少し横になりたい、かな」
「具合悪い?」
抱き締める腕を緩めて俺の頬に触れる千明さんが、すごく心配そうに瞳を揺らしているので、俺は首を横に振る。
「ただ、千明さんの腕の中にいたいんです…」
おずおずと、頬に触れる手を取る。
「……だめ、ですか?」
言ってから、ちょっとずるい言い方だったかなと思った。でも千明さんは咎めずに、ただ抱き締めてくれた。
「だめなわけない。嬉しいよ」
寝室に移動し、ふたりでベッドに横になる。やっぱり、千明さんに抱き締められると心の奥底から安心する。そっと瞼を下ろしたら、瞼の裏に散歩をしたときに見た夕陽が映った。
一週間経っていなくても、この部屋からではなく、この腕の中から出て行きたくないと言ったら、千明さんはどんな反応をするだろう。
ちら、と千明さんを見ると、目が合った。吸い込まれてしまいそうなまでにまっすぐ見つめてくれる瞳を手で覆ったら、悪戯をしていると思われたのか、千明さんがちょっと笑う。そのままそっと唇を重ねると、重ねた唇の持ち主は固まってしまった。
これが俺の、素直な心。
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