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笑顔のあなたへ③
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運ばれてきたコーヒーをひと口飲んで窓の外を見る。思い返してみると、自分は本当に小さかった。梨央はとても大きくて大人で、対して慎太郎はどう頑張ってもちっぽけな存在でしかない。その差に愕然としながらも、見ないふりをしていた。
あの日、笑い合いながら通った道。周囲の景観は変わってしまったけれど、たしかにふたりで手をつないで歩いた道。
「――」
道は交わっていたはずなのに、自分たちは道路が分かれていくように離れてしまった。梨央はいつでも静かに慎太郎を見つめて包み込んでくれていたけれど、それに甘えすぎていた。本当は慎太郎が梨央を包み込んで、温もりで満たしてあげなければいけなかったのだ。別れてから気がついても遅い。
――ごめん、慎太郎。
ある日突然訪れた別れに、心のどこかで当然だよな、と思ってしまった自分を殴り飛ばしたい。
慎太郎にとって梨央は人間ではない神聖な、触れてはいけない存在だった。でも梨央は人間で、ただ慎太郎を求めてくれていた。それに気がつけなかった愚かさを責めることなく、梨央は最後まで謝っていた。謝るべきは慎太郎なのに。
「――え」
喫茶店の前を通る人々の向こう、遠くに見えるシルエットにどきりとする。黒髪が風に揺れている。
「……梨央、先輩」
間違いなく、慎太郎が想い続けながら傷つけた人だ。
心臓がばくばくと激しく鳴りはじめる。こちらに向かってゆっくりと歩いてくる梨央の隣には、悠雅がいる。どこに向かっているのかはわからない。ただふたりで並んで歩いている姿を見つめる。窓ガラス越しに見つめる慎太郎に気がつくはずもなく、ふたりは笑い合っている。
「あ……」
梨央が手に息を吐いて温めていると、悠雅が梨央の手を取った。そのまま自然に手をつないで、同じ歩調で進む。梨央は慎太郎といたときのように包み込む笑顔ではなく、思わず守ってあげたくなるような可愛らしい笑顔を浮かべている。
安堵が胸を和らげた。梨央は悠雅にすべてを包み込んでもらっているのだと思えたから。たぶん、こんなにほっとしたのははじめてだ。
梨央を人間ではないなにかのように特別視して触れることにためらっていた慎太郎と違い、自然に手をつないで同じ歩調で歩ける存在がそばにあるのだと思ったら、目に涙が滲んできた。少し悔しいのもある。だって梨央は慎太郎といたときよりも、ずっとずっと可愛くて綺麗で輝いているから。
小さく頭を振って苦笑する。自分は花を咲かせることができなかった。情けなくて悔しくてせつなくて、でもこれでよかったのだと、そう思えた。梨央は触れてはいけない存在ではない。愛する人に触れられたい、愛を持って触れられるのを待っているひとりの人間なのだ。慎太郎がそれに気がついたのは本当に遅かった。でも、幼い頃からずっとそばにいる悠雅は、なんの憂慮もためらいもなく、梨央を抱きしめられるのだろう。
「悔しいな」
それなのに嬉しい。笑い出しそうになるのを必死でこらえた。だってこんなに嬉しくて悲しいことはない。
悠雅と梨央の姿が見えなくなるまで見つめ続け、その背が見えなくなってからコーヒーを飲み干した。
椅子を立ち、もう一度小さく頭を振った。
僕は、少しは変われただろうか。
梨央先輩、誕生日おめでとうございます。
(終)
あの日、笑い合いながら通った道。周囲の景観は変わってしまったけれど、たしかにふたりで手をつないで歩いた道。
「――」
道は交わっていたはずなのに、自分たちは道路が分かれていくように離れてしまった。梨央はいつでも静かに慎太郎を見つめて包み込んでくれていたけれど、それに甘えすぎていた。本当は慎太郎が梨央を包み込んで、温もりで満たしてあげなければいけなかったのだ。別れてから気がついても遅い。
――ごめん、慎太郎。
ある日突然訪れた別れに、心のどこかで当然だよな、と思ってしまった自分を殴り飛ばしたい。
慎太郎にとって梨央は人間ではない神聖な、触れてはいけない存在だった。でも梨央は人間で、ただ慎太郎を求めてくれていた。それに気がつけなかった愚かさを責めることなく、梨央は最後まで謝っていた。謝るべきは慎太郎なのに。
「――え」
喫茶店の前を通る人々の向こう、遠くに見えるシルエットにどきりとする。黒髪が風に揺れている。
「……梨央、先輩」
間違いなく、慎太郎が想い続けながら傷つけた人だ。
心臓がばくばくと激しく鳴りはじめる。こちらに向かってゆっくりと歩いてくる梨央の隣には、悠雅がいる。どこに向かっているのかはわからない。ただふたりで並んで歩いている姿を見つめる。窓ガラス越しに見つめる慎太郎に気がつくはずもなく、ふたりは笑い合っている。
「あ……」
梨央が手に息を吐いて温めていると、悠雅が梨央の手を取った。そのまま自然に手をつないで、同じ歩調で進む。梨央は慎太郎といたときのように包み込む笑顔ではなく、思わず守ってあげたくなるような可愛らしい笑顔を浮かべている。
安堵が胸を和らげた。梨央は悠雅にすべてを包み込んでもらっているのだと思えたから。たぶん、こんなにほっとしたのははじめてだ。
梨央を人間ではないなにかのように特別視して触れることにためらっていた慎太郎と違い、自然に手をつないで同じ歩調で歩ける存在がそばにあるのだと思ったら、目に涙が滲んできた。少し悔しいのもある。だって梨央は慎太郎といたときよりも、ずっとずっと可愛くて綺麗で輝いているから。
小さく頭を振って苦笑する。自分は花を咲かせることができなかった。情けなくて悔しくてせつなくて、でもこれでよかったのだと、そう思えた。梨央は触れてはいけない存在ではない。愛する人に触れられたい、愛を持って触れられるのを待っているひとりの人間なのだ。慎太郎がそれに気がついたのは本当に遅かった。でも、幼い頃からずっとそばにいる悠雅は、なんの憂慮もためらいもなく、梨央を抱きしめられるのだろう。
「悔しいな」
それなのに嬉しい。笑い出しそうになるのを必死でこらえた。だってこんなに嬉しくて悲しいことはない。
悠雅と梨央の姿が見えなくなるまで見つめ続け、その背が見えなくなってからコーヒーを飲み干した。
椅子を立ち、もう一度小さく頭を振った。
僕は、少しは変われただろうか。
梨央先輩、誕生日おめでとうございます。
(終)
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