きみの唇

すずかけあおい

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きみの唇①

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「待て」
 いきなりストップをかけられた。でも怯まない。
「待ったらキスしてくれる?」
「……」
「じゃあ僕からする」
 郁実いくみから迫るが躱される。唇を手で押さえて顔を背ける剛志つよしをじいっと見ると、彼は気まずそうに目を逸らした。
「やっぱりだめだ。粘膜の接触なんて耐えられない」
 しかめ面を見せる剛志に、首を振る。
「調べたけど、粘膜じゃなくて粘膜に近いだけだよ」
 だから大丈夫、と顔を近づけてもよけられた。
「それでも無理だ」
 剛志は潔癖なわけでもないのに、なぜかキスはできないという。
 つき合ってからもう半年。手を繋ぐ以上の進展なし。相手の剛志がこの状態ならば進展するはずがない。
 高校に入って同じクラスになり、いつもひとりでいる郁実に剛志のほうから話しかけてくれた。友だちのいない郁実は明らかにおかしな反応を返したが、それを不思議がらずにどこまでも優しい彼。
 いつでも周りに人がいる人気者の剛志は、見た目がいいだけではなく性格も穏やかで、誰とでも分け隔てなく接する。剛志を知れば知るほど惹かれていった。
 冬に剛志と友だちふたり、郁実の四人で遊びに行った帰り、電車の方向が同じ剛志と郁実がふたりになった。駅のホームで夕陽に照らされる綺麗な横顔を見て、口からするりと「好き」と零れ落ちた。
 もちろん驚かれたし、郁実としては言うつもりのない気持ちだったのだ。焦りでどうしたらいいかわからない。慌てる郁実を剛志は受け入れてくれた。
「俺もずっと郁実のこと、可愛いと思ってた」
 彼の頬が赤かったのは、あたり一面を同じ色に染めている夕陽の魔法か。電車が来るまで手を繋いだ。優しい微笑みは今でも脳裏に焼きついている。
 つき合って三か月が経った頃、とてもいい雰囲気になり郁実は瞼をおろした。顔が近づいてくる気配を感じたが、そのままなにも起こらない。ゆっくり目を開けると、真っ青な顔をした剛志に謝られた。
「キスはできない」
 自分になにか悪いところがあったのかと思ったが違った。
「粘膜の接触って……無理」
 彼の感覚的に受け入れられないようで、何度も謝られて逆に申し訳なくなった。粘膜と言われるとたしかに生々しいが、ちゅっと唇が触れ合うだけじゃ、と郁実は思う。それでも剛志の様子を見たらそんなことは軽々しく言えず、素直で聞き分けのいい恋人として頷いた。皆には隠しているけれど意外と頑固なところがある剛志は、無理と思ったら絶対無理だろうから、無理強いはしたくない。
 キスができなくても、そばにいられるならそれでいい。
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