きみの唇

すずかけあおい

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きみの唇③

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「なんでキスができないんだろう」
 自分を責めるような声だった。頭をかかえる剛志のそっと頬を撫でて、上を向かせてあげる。このままだと剛志は苦しいままだ。なにかいい方法はないだろうか。
「直接唇が触れ合わなければいいのかな」
「え?」
「こうやって」
 郁実が人差し指の腹で自分の唇に触れ、同じ部分で剛志の唇に触れる。間接だけれど、これもキスだ。
「これなら嫌じゃない?」
「う、うん。でも、やっぱりちゃんと――」
「これだってちゃんとキスだよ」
 もう一度自分の唇に触れて、剛志の唇に指を押しあてる。見た目よりもずっと柔らかい。
「僕たちには僕たちの形があっていいじゃん」
「郁実……」
「だから『捨てていい』なんて言わないで」
 縋るような口調になってしまったかもしれない。それでも剛志にわかってほしかった。キスより大切なものがあること。キスができなくてもそばにいたいこと。
「でも……これから先、郁実につらい思いさせるし」
「先のことはそのとき考えようよ。なにがあっても、僕は絶対剛志といることを選ぶけどね」
 はっきりと言いきると、ぽかんと間の抜けた顔をした剛志が笑い出した。腹を抱え、目に涙を溜めて笑う姿に郁実もおかしくなってきた。
「郁実、恰好いいな」
「皆に人気の剛志に言われると複雑。剛志はどこからどう見ても恰好いいし」
 目尻の涙を指で拭った剛志が首を横に振る。
「見た目じゃないよ。考え方とか心がまえが恰好いい」
「そうかな」
 そんなふうに言われたのははじめてだから、くすぐったい。
「それなのに『捨てていい』なんて言う俺はめちゃくちゃ恰好悪いな」
 照れくさそうに苦笑する剛志は、なにかがふっきれたような顔をしている。つられて郁実も穏やかな気持ちになった。
「恰好悪くていいよ。剛志は剛志のままでいて。キスなんてできなくたって大好き」
 剛志に勢いよく抱きつくと、体重をかけすぎてそのまま剛志にのしかかってしまった。止まろうと思っても勢いをつけすぎて止まれない。
「わっ」
「うわっ」
 フローリングに背をつけた剛志を押し潰すように、勢いのまま覆いかぶさる恰好になり、唇に柔らかいものが触れた。
「え?」
 慌てて離れるけれど、唇に柔らかな感覚が残っている。思わず口を手で覆うと、同じように剛志も自身の唇を手で覆った。
「嘘……」
「嘘……」
 ふたりで同じ言葉を口にして、声が重なった。剛志が真っ赤になったが、きっと郁実も同じだ。頬がとても熱い。
「ご、ごめん!」
 急いで剛志の上からどこうとしたが、背中に腕がまわって動けない。
「もう一度できるかな」
 剛志が恐る恐るという様子で顔を寄せてくるがだめだった。残念そうに眉をさげているけれど、先ほどまでのせつないような瞳はしていない。
「今後郁実は俺を押し倒す係な」
「えっ」
 そんなとんでもない係に任命されても困る。今したことをまたやれと言われたら、顔から火が出そうになるほど恥ずかしい。先ほどは意図せずそうなったが、意識して押し倒してキスをする、というのはかなり難易度が高い。
「郁実」
「なに?」
「好きだよ」
 きつく抱きしめられ、その背に腕をまわして首もとに顔をうずめる。心音まで伝え合うような抱擁は心地よい体温を教えてくれた。
「僕はもっと好き」
「負けない」
 ふたりで笑い合う。キスができなくたってかまわない。ふたりの形を作っていきたい。

おわり
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