しあわせをあなたと

すずかけあおい

文字の大きさ
3 / 36
月曜日、武倉怜司

月曜日、武倉怜司①

しおりを挟む
 自宅以外から学校にいくのも楽しくて、頬が緩んだままだ。思わず鼻歌をうたってしまう。
 灯里からは『なにかあったら俺じゃなくて梓眞に相談しろ』とメッセージが届いていた。こんなに楽しいのだから、なにかなんてないだろうし、灯里には仕事を頑張ってほしいので心配はかけたくない。突き放した言い方をしても、灯里は莉久が相談したら聞いてくれるのをわかっている。
 父から離れたこの外泊で、一歩成長した自分になれたら、と少し欲張った願望が生まれた。まだよく知らない外の世界で、なにかを身につけたい。

「そうだ」

 梓眞のところにいるうちに料理を教えてもらおう。料理がうまくなれば家に帰ってから莉久が食事を作ることができるし、灯里の負担が減る。料理自体は苦手ではないが、自分からすすんでやろうと思わなかった。だが、今後ひとり暮らしをすることを考えても、できたほうがいい。
 高校の最寄り駅まで二駅。朝もゆっくり寝られた。電車にのると、車内は莉久と同じ白いシャツと、ダークグリーンの生地にグレーと赤のチェックのラインが入ったスラックスを身につける高校生が多く見られた。同じ生地のスカートを履く女子も、学校が近いだけあって多数いる。夏服なので男女ともにエンジのネクタイの着用は自由で、莉久は暑くてつけていない。女子のあいだではつけるのがはやっているらしいと噂で聞いたことがあるけれど、たしかに皆ネクタイを緩くつけている。
 つり革に掴まって、冷房の涼しさに莉久はほっと息をついた。
 今日は梓眞の甥と会えるだろうか。昨日の夜遅くに帰ってきていたようだけれど、莉久は眠くて起きられなかった。梓眞が教えてくれたが、今大学生で、居酒屋でバイトをしているらしい。すれ違いになるのは残念だから、莉久も今夜バイトから帰ったら待ってみよう。

「はよ、原沢」
「おはよう」

 教室前で友人の朝田あさだから声をかけられた。高校に入ってから仲良くなった朝田もネクタイなしで、こげ茶のくせ毛をひと筋引っ張っては髪をかきまぜている。寝ぐせが直らないのかもしれない。機嫌のいい莉久の顔を見て、訝った表情を見せた。

「なんでそんなご機嫌なの?」
「わかる?」
「まさか――」

 肩を掴まれ、真剣に詰め寄られた。

「彼女ができたとかじゃないよな?」

 小声で聞かれ、莉久は苦笑しながら首を横に振る。そうだったらもっとはしゃいでいるだろう。

「違うよ。今、父親の友だちのところにお泊まりしてるんだ」
「父親の友だち?」
「そう」
「それだけ?」

 それだけ、と答えると朝田はがっかりしたように、掴んでいた肩を離した。

「そんなことかよ」

 朝田の家は帰省先があり、ゴールデンウィークのときにおみやげをもらった。普段から泊まりでどこかに出かける人にはたいしたことではないのかもしれないが、莉久には特別なことなのだ。
 親の許可のもとで外泊。しかも二週間も。最高だ。
 そんな力説を聞いた朝田はつまらなそうな顔をする。

「俺なら、彼女の家にお泊まりのほうがいい」
「そりゃあ、そっちのほうがいいに決まってるけど。ていうか朝田、彼女いないじゃん」
「原沢だっていないだろ」

 人のこと言えるのか、と背中を叩かれた。
 寂しい現実だ。梓眞から整った見た目と大人の魅力を分けてもらえたら、一気にもてるかもしれない。

「……あれ」

 そういえば梓眞は独身なのだろうか。そういった話は聞いたことがない。梓眞の部屋には梓眞と甥以外が住んでいるという説明もなかったし、会わなかった。

「どうした?」
「ううん」

 昨日のなにか知っているような雰囲気にしても、よく考えると不思議な人だ。灯里とふたりでいても、いつも静かに微笑んで、まるで見守っているような姿を見せる。
 本当にどういうつながりなのか、気になるが昨日の様子を見ると聞いても教えてくれないだろうな、と思う。教えてくれないことを深く聞くことはしないけれど、やはり気になる。
 小さく唸っていると、朝田に肩を揺らされた。

「起きろ」
「起きてるよ」

 ふたりで教室に入り、机にスクールバッグを置く。ふと窓の外を見ると、青空が美しかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね
BL
受けが攻めと恋人同士だと思って「俺の彼氏は真面目だからなぁ」って言ったら、攻めの様子が急におかしくなった話。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

処理中です...