しあわせをあなたと

すずかけあおい

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火曜日、胸の違和感

火曜日、胸の違和感①

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「なにぼけっとしてんだ」
「ぼけっとなんてしてないよ。わ、髪ぐちゃぐちゃにしないで」

 怜司が大きな手で莉久の髪をかきまわす。これから学校なのに、こんなにぐちゃぐちゃにされたら直すのが大変だ。

「もう。怜司さんが責任取って直してよ」
「わかった」
「その顔は、もっとひどくする気だ!」

 相変わらず意地悪ばかりの怜司だけれど、やはり本当は優しい人なのだと思う。髪を直す穏やかな手つきに唇を尖らせていると、頬をつままれた。

「むくれるな」
「つねらないでよ」

 意地悪で優しい。それでいて寂しさも秘めている怜司のそばにいると、胸の違和感を覚える。

「あ。梓眞さん、助けて!」
「なに? また怜司にいじめられた?」

 出勤の支度をしている梓眞の背中に隠れると、怜司はそれ以上手を出さなかった。ふたりになりたいかもしれない、と気を使って莉久が逃げるように部屋に飛び込むことも増えた。
 ふたりきりでなにを話すのだろう。怜司は恋人にどんな瞳を向けるのだろう。考えはじめるともやもやして、気持ちがすっきりしなかった。



「おまえ、なにか勘違いしてるだろ」
「え?」
「梓眞さんと俺をふたりきりにさせてるの、ばればれだ」

 帰宅後、夕食を終えて順番にお風呂に入った怜司とふたりでリビングでテレビを見ていたら、突然そんなことを言われた。

「だって、怜司さんと梓眞さんってつき合ってるんでしょ?」
「なんでだよ」
「ふたりでいると雰囲気いいし」

 ため息をついた怜司は、莉久に伸ばした手をぎゅっと握り込んでおろした。どこか戸惑うような表情に、莉久は首をかしげる。

「俺と梓眞さんって。バリタチ同士じゃどうにもならねえよ」
「ばりたち?」

 もう一度首をかしげると、怜司は簡潔に男役と女役の説明をしてくれた。本当にゲイなんだな、とあらためて確認したというか、不思議な気持ちだった。今までも疑ったわけではないが、そういう話題が出たことがほとんどないので、事実が頭の片すみに追いやられていた。

「じゃあ、俺はどっち?」
「は?」

 男役のタチと女役のネコ――莉久はどちらだろう。男だからタチのわけではないというか、どちらも男ならば、どういうふうに振り分けられるのか。

「おまえはノンケだろ」
「ノンケはどっち? タチのほう?」

 ノンケは異性が好きな人だから男役になるのか、とひとつ利口になった頭を小突かれた。

「なにするの?」
「おまえ、馬鹿だな」

 そこで、ノンケはゲイとは違う、と思い至り、ひとつ利口になった頭を振った。つまり、莉久は怜司に近づけない。
 なぜかショックを受けていると、伸びてきた指が莉久の唇をなぞった。綺麗な指先はするりと唇の形をなぞり、軽くつまんで押す。そのなまめかしい動きに、背筋がぞわりと甘く騒いだ。

「唇柔らかいな」
「怜司さん……?」
「――どっちか試してみるか?」

 梓眞はまだ仕事から帰っていなくて不在で、ここには怜司と莉久のふたりきりだ。
 手を引かれ、怜司の部屋に連れていかれる。気がついたときには背がベッドについていた。


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