しあわせをあなたと

すずかけあおい

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土曜日、好き

土曜日、好き①

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「おお……。そんな不気味な顔で電車のって、よく不審者扱いされなかったな」
「……」

 朝田の驚いた表情から、自分がどれほどひどい顔をしているのか、なんとなく想像できた。
 昨夜は眠れなかった。眠りに落ちそうになると怜司の冷たい視線が頭の中に蘇り、零れそうになる涙を何度もこらえた。
 自分の席に座る莉久の前の椅子を借りた朝田は、頬杖をついて莉久の顔を覗き込んだ。

「どうした?」
「……」
「話せないか?」
「……思い出したくない」

 もう忘れたい――すべてすべて、怜司の優しさだけではなく、出会ったことすら忘れたい。惹かれた気持ちも募った想いも、すべて投げ捨てたい。
 黙り込む莉久の顔をしばし覗き込んでいた朝田は、莉久が話す気になれないことを理解して少し距離を取った。それが怜司と重なり、また涙が滲んだ。

「泣くなよ。本当になにがあったんだ?」
「泣いてない……泣かない。泣きたくない」
「よくわかんないけど、話したくなったら話せ」

 莉久から顔を逸らした朝田は、小さく鼻歌をうたった。その音程がめちゃくちゃで、つい笑ってしまった。

「笑えるなら大丈夫だな」
「だって、今のは絶対可笑しいって」
「俺が音痴なの知ってるだろ」

 心配してくれる友の優しさに、心がわずかばかりほぐれた。ひとつ息をついた莉久を静かに見つめてくれる瞳の色は、ヘイゼルではない。いつも莉久を包んで、見守ってくれた人は、冷たく莉久を拒絶した。

「……失恋、したのかな」
「他人ごとみたいに聞こえるけど、他人ごとなの? それとも自分ごと?」
「自分ごと……なんだけど、わからないんだ。あんなこと言う人だと思わなかったし、信じられない気持ちでいっぱいで苦しい」

 呟くように話す莉久の言葉を聞き漏らさないようにと、真剣に向かい合ってくれる朝田の優しさは本物だった。
 怜司の優しさは偽物だったのだろうか。長くそばにいたわけではないけれど、作ったものには感じられなかった。それだけ怜司の本質がわかっていなかっただけかもしれない。

「なんだよ。結局好きなんだ?」
「え……?」
「信じられなくて苦しいって、信じたいってことだろ? 失恋しても好きだから悩んでるってことだ」
「……うん」

 そのとおりだ。怜司が好きだから悩んでいる。

「あ、なんか」
「なに?」

 急にぱっと光が目に入ったように感じて、そんな莉久を朝田は訝る。

「わかった。俺、好きなんだ」

 怜司がどんなにひどい人でも好きだし、勘違いではない。勘違いなんかで終わらせない。自分の中にある気持ちは、たしかに怜司への恋心だ。

「開き直ったか?」
「うん。ありがとう」

 安心したように莉久の肩を叩いた朝田は椅子を立ち、鼻歌をうたいながら自分の席に戻っていった。また音程がめちゃくちゃだった。
 迷っている暇はない。もう残った時間は少ないのだから、きちんと気持ちを伝えて砕けたい。


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