しあわせをあなたと

すずかけあおい

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それから

それから①

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「お邪魔します」
「まだちょっと散らかってるけど」

 三週間後、いろいろと忙しかった怜司とようやく会えた。大学の夏休みのあいだに引っ越す、と物件を探して、まだ越したばかりのアパートの部屋は言葉とは裏腹にすでに綺麗に片づいている。梓眞のマンションで怜司が使っていた部屋のような雰囲気があり、ほっとできる空間だった。あの部屋と同じベージュのカーテンが余計にそう思わせるのかもしれない。
 久々に会う怜司は本当にすっきりした顔で、憑きものでも落ちたようだ。ビデオ通話をするたびに心配だった頬と口もとの痣や傷も綺麗に治っている。顔に痣と傷があるあいだのバイトはキッチンのヘルプにまわっていたらしく、それも大変だったようだ。

「ようやくほっとできた」

 莉久の肩を抱き寄せた怜司は、ひとつ息をつく。髪に頬ずりをされてくすぐったい。

「お疲れさま」
「ほんとだよ。早く莉久に会いたかった」

 こんなことを言ってくれる人だったのかと驚くが、どうやらこういう人のようだ。恋人には甘いらしい。ときどき意地悪をされるけれど。

「俺も。早く怜司さんに会いたかった」

 怜司に寄り添うように身体を預けると、満足そうな笑みが綺麗な顔に浮かんだ。可愛くて甘やかしたくなるくらい、莉久も怜司に弱い。
 怜司を知れば知るほど楽しくて、我が道をいくところがあるかと思えばきちんとまわりを気遣ったり、意外と白黒はっきりしているところがあったりすることを知れて幸せに満たされる。夜になるとほぼ毎日メッセージが届くかビデオ通話がかかってくるか、と寂しがりやの一面もある。本人は「こんなの莉久にしかしない」と嬉しいことを言ってくれて、莉久をますます幸せにしてくれるのだ。諦めしか見えなかった瞳には希望が灯り、彼が話す未来の展望の中には必ず莉久がいる。

「莉久がいるだけで癒やされる」

 莉久も同じ気持ちだ。怜司とこうやっていられるのがなにより癒やされる。

「なあ、莉久」
「なに?」

 急にぴりっと真剣な表情に変わり、緊張する。そんな真面目な表情も、さすがと言うくらい恰好いい。

「俺、もっと頑張るな」
「充分頑張ってるって」
「いや、もっと。ちゃんと莉久を大切にしたい」

 いつだって莉久を大切にしてくれる怜司が本気を出したらどうなるのか、少し気になるような、そこまでしてもらわなくてもいいような――迷ってしまう。

「たとえばどういうふうに?」
「たとえば――莉久が強がらなくていいようにするとか」
「え?」

 莉久の肩を撫でた怜司は、柔らかく目を細めた。

「莉久は我慢して強がりがちだから、そういうところをちゃんと支えたい。俺自身、そんなに強いかって聞かれたらそうでもないんだけど」
「怜司さんは強いよ?」
「莉久を守るために、もっと強くなるよ」

 頬を撫でられ、顔をあげると、穏やかな瞳と視線が絡んだ。脈がとくんと速くなり、絡む視線が熱っぽくなっていった。

「莉久」

 長い指が莉久の唇をなぞり、ふにと押す。いつかもこんなことをされたな、と突然思い出し、ついでにそのあとのことまで思い起こしてしまい、頬がかあっと熱く火照った。

「なに考えてる?」
「あの……」
「隠すな」

 唇を押していた指先が、唇の隙間に滑り込む。柔らかいところから歯の並びまで撫でられて、ぞくぞくと甘い震えが起こった。

「……前に、怜司さんに触られたときのこと、思い出した」
「ああ」

 くっと喉を鳴らして笑う怜司も覚えているらしい。あんな痴態を晒したことを覚えていられるのも複雑だけれど、忘れられていたらそれはそれでショックだ。

「あれは可愛かったな」
「可愛くないよ」
「俺のベッドで寝落ちなんかして、無防備すぎんだろ」

 指の腹が莉久の舌を撫で、反撃とその指先を軽く吸うと、怜司は目を見開いた。可笑しそうにくつくつと喉を鳴らしているので、反撃は失敗したようだ。

「ほんと可愛い」

 顎を持ちあげられ、唇が重なった。淡く優しいキスを受け止め、瞼をおろす。唇が離れ、瞼にキスをされた。目尻、頬、鼻の先と唇が落ちてくる。

「今度、ふたりで梓眞さんのところにいこうな。ちゃんと報告するために」
「うん」
「あと、莉久の父親のところも」
「え……」

 梓眞には心配をかけたからきちんと報告する必要があるが、灯里にまでと考えてくれていることに驚いた。まだつき合って日が浅いので、そういうことはつき合っていくうちにかと思った。

「俺は莉久を手放す気はないから、さっさと外堀埋めとかないとな」
「俺だって怜司さんを逃がすつもりないよ?」

 額を合わせてふたりで笑うと、なにか悪戯が成功したようにむずがゆい気持ちになった。

「……莉久は、俺のこんな気持ちなんて知らなくてよかったのに」
「え?」

 怜司のどこか寂しそうな声に首をかしげたら、大きな手は莉久の頬を撫でた。

「俺、重いからな」
「うん」
「そんなもん、知らないほうがよかったかもしれないけど」

 頬を撫でていた指がまた唇を撫でた。ゆっくりと顔が近づいて吐息が触れ、目を閉じる前に唇が押し当てられた。どこか強引さも含むキスにどきりとした。

「知られたからには絶対逃がさない。俺だけの莉久になってほしいと思った願いが叶ったんだ。莉久から一生離れないし離さない」
「それが『知らないほうがいいこと』?」

 ずっと気になっていた答えはこれだったのだろうか。莉久だって、知ったからには離れないし離れたくない。

「そんな意味ありげなこと言うから、莉久が余計俺に興味もったんだろうな」
「うん」
「結果としてはよかったってことか。でもな……」

 苦笑しながら「黙ってれば、ばれなかったかもしれないのに」とぼやく姿を、馬鹿な人だなと見つめる。そんな大事なことをごまかすなんて、だめに決まっている。


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