恋人>幼馴染

すずかけあおい

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恋人>幼馴染②

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一葉は頭がおかしくなってしまったんだろう。
だってそうじゃなければ俺の恋人に立候補するなんてありえない。
飲み過ぎ?
二日酔いだったのかも。
それで変なことを口走った、と。

…いや、一葉が酔ったところなんて見たことない。
多少酔ってもいつもしっかりしてて俺が介抱してもらうんだから、二日酔いだからってわけのわからないことを言うわけがない。

じゃあなに…?

「……わからない」

パソコンのキーを打ち続ける。
また間違えた。
今日はいつも以上にバックスペースキーと仲良しだ。

わからない…考えても考えてもわからない…。

こういうときは。

『俺の恋人になってどうするの?』

直接聞く。
メッセージを送信。

『俺、だめなところしかないよ。楽しくないよ』

送信。

『一葉にはもっといい人いるよ。俺なんかだめだよ』

送信。

『幼馴染でいたくないの? なんで恋人なの? 俺なんかを恋人にしたら一葉が恥ずかしいよ』

送信。

「……」

すぐ既読になるのに返信はこない。

『俺のどこがいいの?』

更にメッセージを送ろうとしたらスマホが震えた。
一葉から着信。

「はい」
『深來さ、すぐメッセージ連投してくんのやめろ。まだ混乱してんのか』
「…俺のこと、よくわかってるね」
『当たり前だろ』

幼馴染だもんな。

『深來が好きなんだから』
「!?」

幼馴染だからじゃないの!?

「す、好きとかそんなにはっきり言うなよ…」

顔が熱くなってきて、なんとなく小声になってしまう。
でも一葉は更に声を大きくする。

『言わなきゃ伝わらないやつには言い続けるに決まってんだろ』
「そ、そういうもの?」
『言っても伝わってねえみたいだから、今夜も深來んとこ行く』
「えっ!?」
『俺の気持ち、わからせてやる』

プツッと通話が一方的に切れる。
手がぷるぷるする。
『わからせてやる』ってなに?
俺、なにされるの!?





「よお」
「ほんとに来たんだ…」
「行くって言っただろ。それも伝わってなかったのか」
「いや、伝わってたけど…」

もごもご。
変だ…一葉相手なのにめちゃくちゃ緊張する。
なにをわからせられるんだろう…。

「とりあえず、キッチン借りるから」
「は?」
「メシ、まだだろ」
「あ、うん…」

そういえばお腹空いたかも。
一葉は持って来たエコバッグから食材を出していく。
わからせるって、料理もできるってこと?
今更教えてもらわなくても知ってるけど。
俺が不器用で野菜の皮むきも満足にできないのに比べて、一葉はなんでも器用にこなす。
…やっぱり完璧じゃん。

「手伝わなくていいからな。座ってろ」
「…うん」

俺が手伝うとせっかくの食材が無駄になるから。
また落ち込む。
なんかほんと…なにもない男だな、俺。

「またなんか勘違いしてるだろ」
「勘違いって?」
「手伝わなくていいって言ってんのは、俺が作ったものを食べてもらいたいからだ」
「なんで?」
「胃袋掴むため」

胃袋…を、掴む?
一葉って時々おかしなことを言う。
確かに美味しいものは好きだけど。

「心配すんな。深來の苦手なものばっか作ってやる」
「え、嫌!」
「二十四にもなって好き嫌いすんな」
「……」

そういえば一葉は昔からなんでも綺麗に食べてた。
完璧な男だな…。

「一葉、やっぱ身体交換して」
「できねえよ」
「できないかなぁ…一葉になればプチトマトも美味しく食べられるんだろうな…」

大きいトマトはいいんだけど、プチトマトのぷちゅっと潰れる感じがだめで食べられない。

「プチトマト、たくさん買ってきたから慣れるまで食え」
「やだよ、意地悪! 他のものたくさん買ってきてよ!」
「パプリカもたくさん買ってきた。人参も大根も」
「全部やだ!」

本気で俺の苦手なものばかりじゃないか。

「人参と大根はサラダにしてね?」
「安心しろ。しっかり火通してやる」
「うえ…」

人参と大根は火を通すと甘くなるのが苦手なのに…知ってるくせに!
最悪のフルコースが出来上がるんじゃないか。
そんなんで胃袋なんて絶対掴まれない。

「……それでいいんだよ」
「え?」
「深來はそのままでいいんだよ」

どういう意味?

野菜を切る音が小気味よい。
目を閉じてその音に聞き入る。
なんか焼いてる。
いいにおいがしてきた。
お腹が鳴った。
お皿を出す音、カチャカチャ。
それくらいは手伝ったほうがいいかな。
でもこうしているのが心地好くて、目を開けられない。

ん?
いいにおい?
そういえば俺の嫌いなにおいがしない。

「…?」

不思議に思って瞼を上げると、目の前に一葉の顔があった。

「!?」
「なんだ、起きてたのか」
「なんだってなに!?」
「寝てんのかと思った」
「寝てたらなにしてた!?」
「なにも? 寝顔は見るけど」
「見てどうすんの!?」
「うーん…秘密?」

秘密ってなに。
聞きたいような聞きたくないような。

「できたぞ。食おう」
「あれ…」

俺の好きな牛ステーキだ。
しかも脂身の少ないところ。
プチトマトはサラダにのせてあるけど、カットしてあるからぷちゅっとしない。
人参も大根もサラダ。
パプリカはめちゃくちゃ細かく切ってある…。
あと、美味しそうな雑穀入りパンやスープ。

「そんだけやったんだから食えよ?」
「うん…」

なんか…食べる前から色々掴まれたかも。

「やっぱり一葉は完璧だな…俺も一葉だったらよかったのに」
「だからなんなんだ、それ。絶対嫌だよ」

間髪をいれずに返されてちょっとむっとする。
ステーキはやっぱり美味しいな。
お肉分厚いし。

「なんで? 俺も一葉だったらこんなに面倒かけないよ?」
「馬鹿か。深來も俺だったら、俺は誰を好きになったらいいんだよ」
「………は?」
「ほら」

カットしたステーキを口元に差し出される。

「……え、なに?」
「食え」
「いや、自分で食べられるし」
「いいから口開けろ」

おずおずと口を開けると、肉がそっと口内に運ばれた。
美味しい…けど、なんか……なんなんだ。

「ほんと、深來って馬鹿」
「…悪かったな」
「悪いとは言ってない。そういうとこも気に入ってる」
「はい?」

どういうこと?

一葉の手が伸びてきて、唇の端を指で拭われる。
その指についたソースを一葉が舐める。

「自分に自信がない深來でも、そのまま好きだって言ってんの。ほんっと伝わらねえやつだな」

自分に自信がなくてもいい?
なにそれ。

「でも、やっぱり一葉みたいな完璧な人間のそばにいたほうが幸せじゃない?」
「俺のどの辺が完璧なんだよ」
「顔。身長。スタイル。頭脳。能力。料理もできるし面倒見もいい。お酒も強い」
「それは深來の見る方向が間違ってる」
「? 見る方向?」

顎を持たれて、ぐいっと顔の向きを変えさせられる。
正面から見ていた一葉がちょっとずれる。

「角度変えて見てみろ」
「どの角度から見てもかっこいいよ」
「そういうことじゃねーよ」

顎から手が離れて、一葉がまた食事を再開するので俺も食べる。
触れられた場所が熱を持ってる気がする。

「一次元で見るなって言ってんの。立体で見ろ」
「???」

頭がいい人の言葉はよくわからない。
俺が一葉になれば、こういう難しいこともすーっと理解できるんだろうな。
一葉もそのほうが楽しかっただろう。
同じレベルで話ができるほうが絶対いい。


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