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ありがとうを君へ③
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◇
断り切れずに夕食を頂く事になり、三人で食卓を囲んだ。張り切り過ぎたのか、夕食後に桃菜ちゃんは箸を置くと同時に眠ってしまった。桃菜ちゃんを部屋に運んで、桃菜ちゃんのお父さんはリビングに戻って来た。そしてまだ俺は帰れずにいる。このタイミングで帰ればよかったのだろうけれど、
「せっかくですからもう少し付き合ってもらえませんか」
なんて言われてしまい、断れなかった。
「すみません、楽しくて張り切り過ぎたんだと思います」
「そうですか」
「失礼しました。落ち着いて自己紹介もできず…小林響と申します」
桃菜ちゃんのお父さんは名刺入れを鞄から出して、そこから一枚名刺を取って俺に渡した。なるほど、響さん。名刺には聞いた事のある会社名が入っている。
「こちらこそ図々しくすみません。茅ヶ崎光です。茅ヶ崎市の茅ヶ崎に、光りという字でコウです」
そこから少しお酒を頂きながらお互いの名前の由来や、仕事の話などをぽつぽつ話した。仕事の話とは言っても、俺は求職中だからそれ以外に何も話せないけれど。そして完全に帰るタイミングを逃し続けている。
「あの、桃菜ちゃんから色々聞いたんですけど」
「色々?」
頬を若干赤らめた響さんがこちらをじっと見る。桃菜ちゃんもだけれど、綺麗な真っ黒い瞳にじっと見つめられると何もかもを見透かされるようで居心地が悪い。
「桃菜ちゃんのお母さんの事とか、アキラママっていう人の事とか…」
「ああ…そうですか」
「なんか…ちょっと、…」
もごもご。なんと言ったらいいのか。そのまま言えばいいのにうまく言えない。
「七歳の子に話す内容じゃない、とか?」
響さんのほうがストレートに言ってきた。そう、それが言いたかったんです。
「あ、はい…まあ、そんなところです」
寂しげにどこか遠くへ視線を投げる響さんが今にも消えてしまいそうな雰囲気で息を呑む。男の人相手におかしいかもしれないけれど綺麗だと思った。
「俺は桃菜に嘘をついて欲しくないんです」
「……」
「だから俺も桃菜に嘘はつきません。本当の事をきちんと説明して話します」
「…そうですか」
それにしてもちょっと早過ぎるような気もする。でもこれは小林家の問題。俺には関係ない。会話も途切れてちょうど帰る頃合いかと思ったところで桃菜ちゃんが起きてきてしまった。
「コウママ…よかった、いる」
「いるけど…どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
そう言ってぱっと笑う桃菜ちゃんは心底ほっとしているように見えた。
「でももうこんな時間だからそろそろ帰ろうかなって」
「えっ、なんで?」
「なんでって…」
そう言われてもいつまでもお邪魔しているわけにもいかない。待っている人なんていないけれど帰らないと。
「桃菜」
「コウママもいなくなっちゃうの…?」
そうか。桃菜ちゃんはお母さんがふたり?なのかな、いなくなっているんだ。その哀しげな表情に心臓がぎゅっとなった。
「桃菜、光さんはママじゃないんだよ。だから光さんのおうちに帰るんだ」
「なんで? ママになってくれないの?」
「桃菜」
流されるな。流されるな、俺。
「コウママ…」
流されるな…。
「あの! ママとかはちょっとわからないですけど、もしご迷惑じゃなければ泊まらせて頂いてもいいですか?」
「光さん…」
「いや、ご迷惑でなければ、です…けど」
やっぱり流された。というかあの寂しげな表情を見てしまったら無視して帰るなんてできない。桃菜ちゃんは大喜びで俺を寝室に連れて行った。桃菜ちゃんは響さんと一緒には寝ていないようで、寝室にはどーんとキングサイズのベッドがひとつ。
「え、いや…一緒に寝るの? 響さんと?」
「だめなの?」
「だめっていうか…響さん」
流石にそれはちょっと、と思って響さんを見ると同じような顔をしている。
「仲良くしてね。わたし見にくるからね」
そう言い残して桃菜ちゃんが自分の部屋に戻っていく背を見ながら小さな声で謝られた。
「本当にすみません。布団を別に出しておきますから最初だけ。桃菜もすぐ寝ると思うので…」
「……わかりました」
なんだかとんでもない事になった。言い出したのは俺だけど。
断り切れずに夕食を頂く事になり、三人で食卓を囲んだ。張り切り過ぎたのか、夕食後に桃菜ちゃんは箸を置くと同時に眠ってしまった。桃菜ちゃんを部屋に運んで、桃菜ちゃんのお父さんはリビングに戻って来た。そしてまだ俺は帰れずにいる。このタイミングで帰ればよかったのだろうけれど、
「せっかくですからもう少し付き合ってもらえませんか」
なんて言われてしまい、断れなかった。
「すみません、楽しくて張り切り過ぎたんだと思います」
「そうですか」
「失礼しました。落ち着いて自己紹介もできず…小林響と申します」
桃菜ちゃんのお父さんは名刺入れを鞄から出して、そこから一枚名刺を取って俺に渡した。なるほど、響さん。名刺には聞いた事のある会社名が入っている。
「こちらこそ図々しくすみません。茅ヶ崎光です。茅ヶ崎市の茅ヶ崎に、光りという字でコウです」
そこから少しお酒を頂きながらお互いの名前の由来や、仕事の話などをぽつぽつ話した。仕事の話とは言っても、俺は求職中だからそれ以外に何も話せないけれど。そして完全に帰るタイミングを逃し続けている。
「あの、桃菜ちゃんから色々聞いたんですけど」
「色々?」
頬を若干赤らめた響さんがこちらをじっと見る。桃菜ちゃんもだけれど、綺麗な真っ黒い瞳にじっと見つめられると何もかもを見透かされるようで居心地が悪い。
「桃菜ちゃんのお母さんの事とか、アキラママっていう人の事とか…」
「ああ…そうですか」
「なんか…ちょっと、…」
もごもご。なんと言ったらいいのか。そのまま言えばいいのにうまく言えない。
「七歳の子に話す内容じゃない、とか?」
響さんのほうがストレートに言ってきた。そう、それが言いたかったんです。
「あ、はい…まあ、そんなところです」
寂しげにどこか遠くへ視線を投げる響さんが今にも消えてしまいそうな雰囲気で息を呑む。男の人相手におかしいかもしれないけれど綺麗だと思った。
「俺は桃菜に嘘をついて欲しくないんです」
「……」
「だから俺も桃菜に嘘はつきません。本当の事をきちんと説明して話します」
「…そうですか」
それにしてもちょっと早過ぎるような気もする。でもこれは小林家の問題。俺には関係ない。会話も途切れてちょうど帰る頃合いかと思ったところで桃菜ちゃんが起きてきてしまった。
「コウママ…よかった、いる」
「いるけど…どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
そう言ってぱっと笑う桃菜ちゃんは心底ほっとしているように見えた。
「でももうこんな時間だからそろそろ帰ろうかなって」
「えっ、なんで?」
「なんでって…」
そう言われてもいつまでもお邪魔しているわけにもいかない。待っている人なんていないけれど帰らないと。
「桃菜」
「コウママもいなくなっちゃうの…?」
そうか。桃菜ちゃんはお母さんがふたり?なのかな、いなくなっているんだ。その哀しげな表情に心臓がぎゅっとなった。
「桃菜、光さんはママじゃないんだよ。だから光さんのおうちに帰るんだ」
「なんで? ママになってくれないの?」
「桃菜」
流されるな。流されるな、俺。
「コウママ…」
流されるな…。
「あの! ママとかはちょっとわからないですけど、もしご迷惑じゃなければ泊まらせて頂いてもいいですか?」
「光さん…」
「いや、ご迷惑でなければ、です…けど」
やっぱり流された。というかあの寂しげな表情を見てしまったら無視して帰るなんてできない。桃菜ちゃんは大喜びで俺を寝室に連れて行った。桃菜ちゃんは響さんと一緒には寝ていないようで、寝室にはどーんとキングサイズのベッドがひとつ。
「え、いや…一緒に寝るの? 響さんと?」
「だめなの?」
「だめっていうか…響さん」
流石にそれはちょっと、と思って響さんを見ると同じような顔をしている。
「仲良くしてね。わたし見にくるからね」
そう言い残して桃菜ちゃんが自分の部屋に戻っていく背を見ながら小さな声で謝られた。
「本当にすみません。布団を別に出しておきますから最初だけ。桃菜もすぐ寝ると思うので…」
「……わかりました」
なんだかとんでもない事になった。言い出したのは俺だけど。
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