永久糖度

すずかけあおい

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上級糖度

上級糖度④

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 ここのところずっとなににも集中できない。獅堂とのことが終わってから、なにもかもが寂しくすぎていって、心の中になにも残らない。冷たい風がずっと吹き抜けている。
 昇降口を出たところで、周囲がざわついていることに気がついた。まわりの生徒の視線がすべて校門に向かっている。
「……?」
 特に女子はあきらかな好意の視線を向けているので、央季もなんとなく目をあげた。飛び込んできた姿に足が止まる。校門前にいるのは獅堂だった。腕時計を見たり周囲を見たりして、誰かを探しているようだ。
「なんで……」
 呟きが聞こえるはずはないのに、腕時計から顔をあげた獅堂と目が合った。瞬間、獅堂の顔に花が開いたような華やかな笑みが咲き、女子から黄色い歓声が沸いた。
 足が止まったままの央季に手招きをして、眉をさげる。そのどこか情けない表情につられて、つい獅堂のもとへふらふらと歩み寄ってしまった。背の高い姿を見あげ、なにしてるんだ、とはっとする。
「よかった」
「え?」
「いつまで経ってもずっと部屋に来ないから、なにかあったんじゃないかと心配だったんだ」
 だって、もう行かないって言ったじゃん。
 そう口の中で呟いて思い出す。意気地なしの央季は「しばらく来れない」と言ったのだ。獅堂は言葉どおりに取って、少ししたらまた来ると思っていたのかもしれない。逸らしたい視線をおずおずと獅堂に向け、あまりに寂しそうに微笑んでいる姿に言葉を失った。この人のこんな顔は見たことがない。
「車で来てるから、ちょっといいかな」
「……」
 断ろうとして、周囲のざわめきに気がついた。そういえば獅堂は生徒たちの視線を集めていたのだ。これ以上目立ちたくないから、ここは頷いたほうがいい。ひとつ頷くと、獅堂は安堵したように息を落とした。
 近くのコインパーキングまで並んで歩きながら、央季は口を開けない。もしかして、と期待してしまう自分を押し留めるのに必死だった。期待して崩されたら、泣いて縋りそうな自分がわかる。みっともないところを見せたくない強がりで、口を開けなかった。
「央季、合鍵持ってるよな」
「え? あ」
 そうか、と合点がいく。合鍵を返していなかったことをすっかり忘れていた。スクールバッグの内ポケットをさぐり、合鍵を取って獅堂に差し出す。これで本当に終わりだ。
「央季?」
「今まで、ありがと」
 泣き出しそうで、それ以上は言えなかった。震える声を受けた獅堂が痛ましく眉を寄せる。
「僕たちにこれからはないのかな」
「え?」
「僕は央季とずっと一緒にいたいんだけど」
 なにを言われたかわからず、歩みを止める。整った顔を見あげると、情けないほど寂しそうな瞳をした男が視界に入った。
「獅堂さん……?」
「やっぱり僕じゃ、央季にはつり合わないよな」
「は?」
 なにがどうしてそうなるのか。問いかける前にコインパーキングについた。促されるまま車に乗り、すぐに口を開く。
「つり合わないのは、俺だよ」
 俯いた央季には獅堂の表情はわからない。でもたしかに相手が驚いたのが空気でわかった。
「央季が?」
 なにを言っているのかわからないという声を出され、央季は一度唇を引き結ぶ。
「だって獅堂さんは、大人で恰好よくて特上だから」
「特上?」
 これは余計なことだった、と口を噤む央季に、獅堂は無理に問い詰めるでもなくまっすぐに前を見る。運転する姿は何度も見たけれど、こんなに凛々しかっただろうか。
「俺は子どもで、地味だしなんもできることないし」
「そうだな」
「……」
 肯定にぎゅっと心臓が掴まれたように痛み、唇を噛む。
「高校生の央季から見たら、三十の僕なんておじさんだよな」
「そんなことない! 獅堂さんはめっちゃ素敵だし、俺は……」
 おじさんなんて一度も思ったことがない。獅堂のほうが、子どもの央季につき合うのは疲れていただろう。
「……俺は……」
 言いたい。でも言えない。これ以上甘えて困らせたくない。
 車が信号で停まり、獅堂の視線が央季に向いた。
「こんな僕に好かれたら、央季だって困るよな」
「え?」
「でも央季が好きなんだ」
「……」
 なに? 好き?
 言われた言葉を頭の中で繰り返し、かっと頬が一瞬にして激しく熱を持った。信じられなくて、でもたしかに聞こえた言葉が耳に残っている。
「な、なんで……そんなの、一度も……」
「振られるのが怖くて言えなかったんだ。でも央季が離れていくことも考えてなかった。恥ずかしくても情けなくても、ちゃんと言わないとだめだよな」
 眉をさげた表情に、さらに頬が熱くなる。なんだか獅堂が可愛く見える。先ほどからこれまでに見たことがない顔ばかり見せられて、思考も心臓の動きも追いつかない。
「獅堂さんが、恥ずかしい?」
 しかも情けないなんて、絶対にありえない。相手は本当に獅堂なのだろうかとおかしな疑いまで生まれてくる。
「だって俺は獅堂さんに無理につき合わせてて……」
「無理に?」
 不可解な言葉を聞いたように、獅堂が小さく首をかしげる。
「獅堂さんは最初のときに俺の服を汚したことを悪いと思って、一緒にいてくれてたんでしょ?」
「――」
 獅堂は目を何度もまばたき、後続車のクラクションではっとしたように前を見た。車がまた走り出すが、獅堂はあきらかに困惑している。
「ごめん。なにか勘違いがありそうだ」
「勘違いって?」
「待ってくれ。僕も頭の中を整理するから、帰ったらちゃんと話そう」
 よくわからないけれど、央季も自分の気持ちを整理するべきだと思ったので頷いた。獅堂はずっと険しい顔で正面を見ていた。
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