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ずるい男②
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緊張する。面接をしていてこんなに緊張するのは初めてだ。どちらが面接官かわからない。声も少し震えてしまうけれど、男の子――今埜くんはなにも言わない。……言うわけないか、面接官相手に。
言葉遣いはしっかりしているし、ハキハキ喋る。俺もよく知っているとおり、格好いい。笑顔が優しい。どんな質問にも丁寧に、ごまかしている感じなく答える。かなりの好印象。すぐ勤務可能。こちらで入って欲しいところは入れるし、他のアルバイトとの掛け持ちもない。ぜひとも採用したい。俺が決めることじゃないが。
でも、どうか採用にならないで欲しいというのが本心。本当に、お願い。真剣に祈ってしまった。
「今埜くん、採用ね」
「……はい」
そりゃそうだ。店長が正しい。俺が間違ってるのはよーくわかっている。それでもため息が出てしまう。
大学三年生、二十一歳。十歳下――またため息。
次の希望。どうか必要以上に関わりを持たずに済むようにお願いします、本当に。また真剣に祈った。
「よろしくお願いします、羽田さん」
――今埜くんの教育係を任された。
なんで俺? ……副店長だからか。
俺と同じ制服に身を包んだ今埜くんを見る。あの夜の記憶は曖昧だけれど、確かに今埜くんに抱かれた。微妙な関係になったらどうしよう。言いふらすようなことはしないだろうけど、心配ではある。
でも、気を張っているのが馬鹿みたいに、今埜くんはあのことには一切触れない。バーのことさえ口にしない。店の社員とアルバイトという関係をしっかり守っている。
「それ重たいですから、俺が運びます」
「あ、ありがとう……」
若くて力のある今埜くんが、納品されたビール樽を店の入り口から、飲み物を作るドリンクパントリーまで運んでくれる。俺も体力はあると思うし、力もそこそこあるほうなんだけどな。
今埜くんは自然に優しくて、真面目。びっくりするくらいしっかりしているかと思えば、子どもっぽいところもあったりする。格好よくて可愛くて、つい目で追ってしまう。
「ちょっとずるいところがあるんですよ、俺」
「そうなんだ?」
「はい。恥ずかしいんですが」
あのことを話さないという安堵から、雑談もできるようになった。今埜くんは店であっという間に人気者になり、なぜだか俺は複雑。複雑になる理由がわからない。だって、別に今埜くんは俺の恋人というわけではない。だから他の従業員やお客さまに可愛がられているのを見て、もやもやするほうがおかしい。だけどもやもやするんだ。
「あ、羽田さん」
でも今埜くんは誰か――他のアルバイトの人などと話していても、俺を見つけるとすぐに笑顔になって近づいてくる。俺はそれに安心して胸が疼く。……本当に自分がわからない。
これじゃまるで、今埜くんが好きみたいじゃないか。そんなのありえない。高望みするような、自分に見合わない恋はしないんじゃなかったのか。こんな格好いい子を好きになったところで結末はわかりきっている。見た目だけじゃなく、十も年上の男に好かれたって今埜くんも嬉しくないだろう。というか迷惑でしかないに決まっている。
「羽田さん、羽田さん」
「なに?」
閉店後、更衣室で着替えていたら今埜くんが声をかけてきた。それだけで心臓が跳ねてしまうけど、なんでもない顔をする。
「これ」
「……?」
「羽田さんが好きって言ってたチョコ、新しい味が出てました」
「あ……」
渡されたのは、俺が前になにかときの会話でちょっと言っただけの、好きなチョコの季節限定バージョン。
「ありがとう。いくらだった?」
財布を出そうとすると。
「受け取ってくれたら、それだけで嬉しいので」
いいのかな。でも無理にお金を渡すのも失礼な気がする。
「うん……わかった。ありがとう。大事に食べる」
本当に嬉しい。食べるのがもったいない。でも食べて感想を言うのを口実に、今埜くんとお喋りができるから食べたほうがいいよな。ひとつずつ大切に食べよう。
「あ、おいしそう。俺にも分けて」
「料理長……」
どうしよう、分けてあげたほうがいいのかな。せっかく今埜くんからもらったチョコだけど……。
俺が悩んでいると。
「だめです。これは羽田さんのためのものですから」
今埜くんが俺を背後に隠して、首を横に振る。心臓がぎゅっとなった。
「えー、けち」
「料理長、モテるんですから、他の人からもらってください。これは俺から羽田さんへのチョコです」
「うまいなー、今埜くん」
ふたりで笑ってる。
今埜くんから俺へのチョコ……。チョコの箱をじっと見つめたら、視界が少しじわりとしたので慌てて目をきつく閉じて、すぐ開ける。
「羽田さん、料理長が狙ってるから早くしまってください」
「う、うん……」
急いでバッグにチョコをしまうと、今埜くんはほっとしたような顔をした。その表情がすごく優しくて、また心臓がぎゅっとなる。
どんどん惹かれていく。気持ちが止まらない。
酔った勢いから始まるなんて、あるんだろうか。そんな出会いもありだと思いたい。今埜くんに俺じゃだめだってわかっている。でも、それでも止められない。
……今埜くんが好き。好きになってもらいたい。こんな強い気持ち、初めてだ。
好きだと自覚したら、次はどうしたらいいんだろう。好きになってもらうにはどうしたらいいんだろう。やっぱり、食事に誘ったりとか? そこまで考えて、今までは相手に任せきりだったんだな、と気がついた。
「食事……」
今埜くんとふたりで食事……。想像しただけで脳が茹だりそうだ。
でも、誘ってみよう。断られるのはわかっている。当たって砕ければいいんだ。砕けると覚悟して誘えば怖くない。それに、同性からの誘いなら、もしかしたら意識せずにオーケーしてくれるかも、という期待もないでもない。
「あの……もしよかったらですが、今度一緒に食事でもどうですか……?」
「え……」
「いえ、無理にとは言いません! もし、よかったら……です」
「……」
なぜか、俺が今埜くんから食事に誘われた。
「あの、羽田さんともっと色々……話したりとか、したくて」
「……うん」
「本当に、だめならそう言ってください……」
語尾が消えそうになってる。頬が熱いけれど、向かい合う今埜くんの頬も赤い。俺が誘おうと思っていたのに……。
「うん。俺も、今埜くんとご飯食べに行きたいなって思ってたから、行こう?」
「!!」
「いつにする?」
「もし羽田さんの都合がよければですが、店休の日はどうですか? いつも店が休みの日は羽田さんに会えないの、寂しいんです」
……そういうこと、さらっと言わないでよ、どきどきしちゃうから。
期待してしまう。もしかしてって。もしそうだったらいいな……と考えて、そんなわけないよな、と落ち込む。でも、やっぱり少し気持ちがふわっとする。少しは好かれているとわかるから。その“好き”が、恋愛感情になってくれたらいいなと願いながら。
言葉遣いはしっかりしているし、ハキハキ喋る。俺もよく知っているとおり、格好いい。笑顔が優しい。どんな質問にも丁寧に、ごまかしている感じなく答える。かなりの好印象。すぐ勤務可能。こちらで入って欲しいところは入れるし、他のアルバイトとの掛け持ちもない。ぜひとも採用したい。俺が決めることじゃないが。
でも、どうか採用にならないで欲しいというのが本心。本当に、お願い。真剣に祈ってしまった。
「今埜くん、採用ね」
「……はい」
そりゃそうだ。店長が正しい。俺が間違ってるのはよーくわかっている。それでもため息が出てしまう。
大学三年生、二十一歳。十歳下――またため息。
次の希望。どうか必要以上に関わりを持たずに済むようにお願いします、本当に。また真剣に祈った。
「よろしくお願いします、羽田さん」
――今埜くんの教育係を任された。
なんで俺? ……副店長だからか。
俺と同じ制服に身を包んだ今埜くんを見る。あの夜の記憶は曖昧だけれど、確かに今埜くんに抱かれた。微妙な関係になったらどうしよう。言いふらすようなことはしないだろうけど、心配ではある。
でも、気を張っているのが馬鹿みたいに、今埜くんはあのことには一切触れない。バーのことさえ口にしない。店の社員とアルバイトという関係をしっかり守っている。
「それ重たいですから、俺が運びます」
「あ、ありがとう……」
若くて力のある今埜くんが、納品されたビール樽を店の入り口から、飲み物を作るドリンクパントリーまで運んでくれる。俺も体力はあると思うし、力もそこそこあるほうなんだけどな。
今埜くんは自然に優しくて、真面目。びっくりするくらいしっかりしているかと思えば、子どもっぽいところもあったりする。格好よくて可愛くて、つい目で追ってしまう。
「ちょっとずるいところがあるんですよ、俺」
「そうなんだ?」
「はい。恥ずかしいんですが」
あのことを話さないという安堵から、雑談もできるようになった。今埜くんは店であっという間に人気者になり、なぜだか俺は複雑。複雑になる理由がわからない。だって、別に今埜くんは俺の恋人というわけではない。だから他の従業員やお客さまに可愛がられているのを見て、もやもやするほうがおかしい。だけどもやもやするんだ。
「あ、羽田さん」
でも今埜くんは誰か――他のアルバイトの人などと話していても、俺を見つけるとすぐに笑顔になって近づいてくる。俺はそれに安心して胸が疼く。……本当に自分がわからない。
これじゃまるで、今埜くんが好きみたいじゃないか。そんなのありえない。高望みするような、自分に見合わない恋はしないんじゃなかったのか。こんな格好いい子を好きになったところで結末はわかりきっている。見た目だけじゃなく、十も年上の男に好かれたって今埜くんも嬉しくないだろう。というか迷惑でしかないに決まっている。
「羽田さん、羽田さん」
「なに?」
閉店後、更衣室で着替えていたら今埜くんが声をかけてきた。それだけで心臓が跳ねてしまうけど、なんでもない顔をする。
「これ」
「……?」
「羽田さんが好きって言ってたチョコ、新しい味が出てました」
「あ……」
渡されたのは、俺が前になにかときの会話でちょっと言っただけの、好きなチョコの季節限定バージョン。
「ありがとう。いくらだった?」
財布を出そうとすると。
「受け取ってくれたら、それだけで嬉しいので」
いいのかな。でも無理にお金を渡すのも失礼な気がする。
「うん……わかった。ありがとう。大事に食べる」
本当に嬉しい。食べるのがもったいない。でも食べて感想を言うのを口実に、今埜くんとお喋りができるから食べたほうがいいよな。ひとつずつ大切に食べよう。
「あ、おいしそう。俺にも分けて」
「料理長……」
どうしよう、分けてあげたほうがいいのかな。せっかく今埜くんからもらったチョコだけど……。
俺が悩んでいると。
「だめです。これは羽田さんのためのものですから」
今埜くんが俺を背後に隠して、首を横に振る。心臓がぎゅっとなった。
「えー、けち」
「料理長、モテるんですから、他の人からもらってください。これは俺から羽田さんへのチョコです」
「うまいなー、今埜くん」
ふたりで笑ってる。
今埜くんから俺へのチョコ……。チョコの箱をじっと見つめたら、視界が少しじわりとしたので慌てて目をきつく閉じて、すぐ開ける。
「羽田さん、料理長が狙ってるから早くしまってください」
「う、うん……」
急いでバッグにチョコをしまうと、今埜くんはほっとしたような顔をした。その表情がすごく優しくて、また心臓がぎゅっとなる。
どんどん惹かれていく。気持ちが止まらない。
酔った勢いから始まるなんて、あるんだろうか。そんな出会いもありだと思いたい。今埜くんに俺じゃだめだってわかっている。でも、それでも止められない。
……今埜くんが好き。好きになってもらいたい。こんな強い気持ち、初めてだ。
好きだと自覚したら、次はどうしたらいいんだろう。好きになってもらうにはどうしたらいいんだろう。やっぱり、食事に誘ったりとか? そこまで考えて、今までは相手に任せきりだったんだな、と気がついた。
「食事……」
今埜くんとふたりで食事……。想像しただけで脳が茹だりそうだ。
でも、誘ってみよう。断られるのはわかっている。当たって砕ければいいんだ。砕けると覚悟して誘えば怖くない。それに、同性からの誘いなら、もしかしたら意識せずにオーケーしてくれるかも、という期待もないでもない。
「あの……もしよかったらですが、今度一緒に食事でもどうですか……?」
「え……」
「いえ、無理にとは言いません! もし、よかったら……です」
「……」
なぜか、俺が今埜くんから食事に誘われた。
「あの、羽田さんともっと色々……話したりとか、したくて」
「……うん」
「本当に、だめならそう言ってください……」
語尾が消えそうになってる。頬が熱いけれど、向かい合う今埜くんの頬も赤い。俺が誘おうと思っていたのに……。
「うん。俺も、今埜くんとご飯食べに行きたいなって思ってたから、行こう?」
「!!」
「いつにする?」
「もし羽田さんの都合がよければですが、店休の日はどうですか? いつも店が休みの日は羽田さんに会えないの、寂しいんです」
……そういうこと、さらっと言わないでよ、どきどきしちゃうから。
期待してしまう。もしかしてって。もしそうだったらいいな……と考えて、そんなわけないよな、と落ち込む。でも、やっぱり少し気持ちがふわっとする。少しは好かれているとわかるから。その“好き”が、恋愛感情になってくれたらいいなと願いながら。
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