ずるい男

すずかけあおい

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ずるい男①

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 俺は少女漫画のようなシンデレラストーリーに憧れているところがある。今読んでいる漫画も、平凡なヒロインが「運命だ」と言われて高貴な身分の男性に見初められる話でどきどきする。
 でも、きわめて平凡なうえに男の俺にそんな出会いが訪れるわけがない。俺は俺に見合った恋愛をしたいと思っているけれど、いい男性との出会いがなく三十一。何人か付き合った人はいたけれど、なぜか深い関係に発展しそうになるとだめになる。自然とため息が出てしまう。このまま独りなのかな。

 中学生のときに不思議に思った。なぜか気になるのが同性ばかり。小学生の頃から女の子を可愛いとは思っても、意識はしなかった。高校に進学して、自分の恋愛対象は同性だとはっきり自覚した。もちろん最初は悩んだけれど、どうやったって女性を好きになれないんだから仕方ない。

 いつものバーに行くと妙に賑やか。なんだろう。
 ひとりの男性にたくさんの男が群がっている……すごい光景だ。男性をよく見ると、かなりの美形。美形な時点で俺には関係ない。
 ……でも、もしここで声をかけられて、あの男性が実は高貴な身分だったりしたら……なんて妄想が脳内を駆け巡る。ついにやけそうになったところで男性と目が合った。

「やっと来た。遅いよ」
「……?」

 なに……?
 男性が近づいてきて、当然のように俺の肩を抱いた。

「な、な……」
「早く会いたかったのに、なかなか来ないんだから」

 そう言いながらカウンター席に連れて行かれる。
 ちょっと待って、どういうこと? 俺だけじゃなく、店内の全員がそういう目をしている。でもやっぱり俺が一番聞きたい。

「ごめんなさい。ちょっと困ってたんです」
「うん……わかるけど」

 耳元でこそっと言われて、どきどきしてしまう。こんな美形とこんな距離、慣れていない。近くで見ると、男性と言うより男の子と言う雰囲気で、俺よりかなり年下のようだ。

「……でも、どうして俺?」

 グラスビールで乾杯して一口飲む。男の子もビールを一口飲んでから微笑む。

「気になったから」
「っ……」

 まさか、まさか……シンデレラストーリーがやってきたんじゃ……。そんなありえないことを考えてしまうくらい、その微笑みは薄暗いバーの中で非現実的だった。ありえないありえない、と思いながらもついついお酒が進んでしまうし、お酒もいつもよりおいしく感じる。ふわふわ気持ちよくて、だんだん男の子にもたれかかる姿勢になっていって、囁き合うように会話をしながら飲んでいたような…………。





「……ん……」

 なんか……温かい? 優しい温かさ。暖かいじゃなくて温もり。瞼を上げると、整った寝顔が眼前にある。思考が停止した。

「…………え?」

 温かいのは抱き締められているからだと気がつく。長い腕が俺の身体に回されている。しかも相手も俺も裸だ。それに、ここはどこだ。

 ――待て。
 この状況、まさかとは思うけれど、まさか……?
 身体は重たくてあちこちに鈍い痛みがあるし、肌には赤い跡が散っている。この跡は、あれだ。キスマーク。
 ――明らかに事後。

 まだ眠っている相手を見る。昨夜の男の子だ。一体なにがどうなってこうなったんだ。記憶が曖昧でわからない。お酒がおいしくて、たくさん飲んだ気がする。男の子にもたれかかっていた気もする。夢の中のようにふわふわしていたのは覚えている。それがどうしてここに行き着く? 状況からして、ここはこの子の自宅、だよな……。

「……んん」
「っ……!」

 起きた? 起きたの!?
 どうしよう……。こんな経験ないから、どうしたらいいかわからない。とにかく逃げよう。これ以上関わらないほうがいい。傷は浅く済ませたい。

「……起きてたんですか?」
「うん……ごめん、俺、もう行かなくちゃ」

 重たい身体を動かしてベッドから出る。使ったことのない筋肉を使ったんだろう。痛くなったことのない部分が痛い。

「仕事?」
「あー……うん」

 そういうことにしておこう。逃げられればなんでもいい。ぱぱっと服を着てバッグを持つ。

「それじゃ」

 男の子の顔は見ないまま、急いで部屋を出た。
 まさか、こんな形で初めてを失うなんて……!!



 帰宅して、正気を失いそうなくらい混乱した。部屋の中をうろうろして、壁に何回もぶつかった。そして出した結論。

 忘れる。

 あの失敗はなかったことにして、忘れる。そうする。それがいい、というかそれしかない。それ以外には自分を保っている術が浮かばなかった。
 なにもなかった。
 そう思い込んでいつもどおりの日々を過ごす。バーには近づかない。なにもなかったけど、近づかない。

 いい具合に思い込みが効いてきて一週間が経った。本当になにもなかったんじゃない? と思えるようになった。キスマークは消えたし、なんの痕跡も残っていないんだから、あれは夢だったんだ。

羽田はだくん、今日の面接よろしく」
「はい」

 店長に声をかけられて返事をする。
 和創作居酒屋の副店長だと、面接をするのもひとつの仕事。今日はアルバイトに応募してきた大学生の面接が一件入っている。時計を見ると、面接予定の十分前。まだ来るには早いか、とカウンター席で卓上メニュースタンドを拭く。

「すみません」

 店の入り口から声が聞こえて立ち上がる。時計を見ると五分前。来たかな。

「は、い……?」
「本日十三時より面接のお約束をしております、今埜こんのと申します」

 そんな、まさか。
 そこに立っていたのは、あの男の子だった。


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