キスして

すずかけあおい

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キスして③

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 翌日、学校に着いて楓磨の姿を探す。窓のそばに立っているのを見つけ、緊張に脈が速くなる胸に手を当てる。ひとつ深呼吸をして近づく。

「楓磨、おはよう」
「敦弥……」
「あの……」

 言葉が続かない。楓磨とこんなに気まずいのは初めてだ。なにを話したらいいか悩んでいると手をとられた。

「楓磨?」
「ちょっときて」

 いつかのように校舎裏に連れていかれ、向かい合うと楓磨は悲痛な顔をする。

「どうしたの?」
「俺のこと、嫌いになった?」
「……なれない」

 楓磨を嫌いになれない、どうしても楓磨のことが気になってしまう、と告げると縋るような視線を向けてくる。

「敦弥は俺が好き?」

 好き?
 好きか嫌いかで聞かれたら、たぶん好きなのだろう。最低だ最悪だと思っても結局こうやって楓磨と話している。

「たぶん」
「俺は恋愛的な意味で敦弥が好き」
「え……?」

 楓磨の告白に首を傾げる。俺の手をとり、頭をさげる姿をじっと見つめる。

「勝手にキスしてごめんなさい。敦弥が好きです。つき合ってください」

 言われていることがよくわからなくてもう一度首を傾げる。楓磨は顔をあげ、せつなげに微笑む。

「あれからずっと寂しくて、敦弥と話したくてつらかった。敦弥ばかり見ていて気がついた。好きなんだって」
「うん……」
「軽い気持ちでキスしたことも後悔した。だって俺を好きになってくれた敦弥とキスしたら絶対幸せだった」

 それを想像しているのだろうか、目を細める楓磨。

「……俺は、楓磨を恋愛感情を持って見ているかって聞かれたら……」

 たぶん違う。確かに好きだけれど、でもそれは友達としてだ。

「わかってる。それでも俺は敦弥が好き。距離を置かれてわかった。俺には敦弥しかいない。敦弥だけが特別」

 そんなことを急に言われてもどうしたらいいかわからない。目を泳がせると楓磨が俺の手を握る力を強めた。

「敦弥、俺とつき合ってくれる気はない?」
「……」

 なんと答えたらいいのだろう。真剣な表情の楓磨に、適当な答えは返せない。

「……友達じゃだめなの?」

 ようやくたどり着いた答えを口にすると、楓磨は寂しそうに微笑む。

「友達にしてくれる?」
「……うん」
「じゃあまた友達になって。友達でもなんでも、そばにいられるならそれがいい」

 嬉しそうに俺の手を両手で包み、口元を綻ばせる。

「ありがとう、敦弥」
「……」

 俺はどう答えたらいいかわからなかった。





 楓磨と以前の関係に戻った。楓磨はいつも楽しそうで、俺のなんでもない話にも喜んで相槌を打つ。
 でも、本当にこれでいいのかと俺は思ってしまう。楓磨が望んでいるのはきっと今以上の関係。
 整った顔をじっと見ると、鼻をつままれた。

「なにするの」
「可愛すぎるから」
「……」

 楓磨は我慢している。我慢させているのは俺。
 だからと言って恋愛感情は持とうと思って持てるものではない。どうしようもない、仕方がないのだ、と自分に言い聞かせる。
 友達でいるしか俺にはできない。



 昼休み、楓磨が女子に呼ばれて教室を出る。断るのだろうか、それともつき合うのだろうか。
 こういうことは初めてではないのに、なぜだかもやもやする。早く戻ってきて、と思いながら楓磨を待つ。
 一分がとても長く感じる。徐々にいら立ちを覚え始めた頃にようやく戻ってきた楓磨は申し訳なさそうな顔をしていた。

「どうしたの?」
「また泣かれた」
「そっか……」

 断ったのか、とほっとする自分を不思議に思う。どうしてもやもやしたり、いらいらしたり、ほっとしたりしているのだろう。
 楓磨を見る。

「ほっとした?」
「別に」
「そう……」

 微笑みを見せるけれど、どこか傷ついた瞳をしている。
 本当は楓磨はこの関係が続くことを望んでいない。それがはっきりわかった。
 楓磨が求めているのは、恋人として俺のそばにいることなのだ。

 気がつくと楓磨のことを考えている。楓磨が少しの隙間もなく頭に浮かび、それ以外が考えられない。
 楓磨につらい思いをさせている。それが俺にとってもつらい。楓磨のことばかり考えていて最近は本を読んでいない。本を開いても楓磨から思考を逸らせず、結局すぐに閉じてしまう。
 笑顔でいてもらいたいのに、この頃は寂しそうに笑うばかりだ。そのたびにせつなくなってしまう。
 本当にこのまま友達でいていいのだろうか……。楓磨を見る。寂しげな笑顔。俺と友達でいるかぎりこんな顔ばかりするのか。それはあまりにつらい。



 放課後、楓磨に教室に残ってもらった。

「どうしたの?」
「……」

 このままではいけない。

「俺、楓磨とつき合う」

 一大決心を伝えると、楓磨の表情が歪む。どうしてそんな顔をするのだろう、そう不思議に思っていると頬を軽くつねられる。

「無理してるんだろ?」
「してない」
「じゃあ俺が好き?」
「好き」

 楓磨が好きなのは真実だ。一切の嘘がない。
 強い意志を持って楓磨を見つめたら視線を逸らされた。

「……俺は無理して欲しいなんて言ってない」
「無理なんてしてないよ。俺は本当に楓磨が――」

 言い募る俺を楓磨はじっと見て、それから顔を近づけてくる。

「それならキスして」
「え……」
「俺が好きならキスできるだろ?」

 さらに顔が近づき、俺が少し背伸びをしたら唇が触れ合う。少し背伸びをしたら――。

「っ……」

 思わず顔を背けてしまう。はっとして楓磨を見ると、今までに見たことがないくらい傷ついた表情をしている。

「ごめ――」
「同情でつき合ってもらっても嬉しくない」

 同情、の言葉が胸に突き刺さる。

「同情なんかじゃない」

 少しの悔しさも手伝って言い返す。

「じゃあなに? 俺が可哀想だからつき合ってあげようと思ったんじゃないの?」
「それは……」
「そういうのを同情って言わないの?」
「……」

 そういう言い方をされたら確かに同情なのかもしれない。でも楓磨のことが好きなのは本当だ。それをどう伝えたらいいかわからず唇を噛む。

「……ごめん。敦弥にそんな顔をさせるつもりはなかった」

 俺の両肩に置かれた手が微かに震えている。

「俺は敦弥が好きだよ。でも無理して欲しいとは思ってない。俺がしてきたみたいに、断れないからつき合うなんて馬鹿げてる」
「無理なんてしてないって言ってるじゃん……」

 悔しい。伝えきれない気持ちがある。でもそれも同情なのかもしれない。

「俺が可哀想だと思うなら、敦弥は俺の気持ちを忘れて」
「え……?」

 なにを言われているのかわからず楓磨の瞳をじっと見る。澄んだ瞳には俺だけが映っている。

「敦弥がこんなに苦しむとは思わなかったんだ。軽い気持ちで告白したわけじゃないけど、でも俺は敦弥がつらそうなのがなにより悲しい」

 どう進むかわからない話に心臓が嫌な音を立てる。その音が全身に大きく響き、身体中が軋むようだ。

「俺は敦弥が好きだけど、敦弥を苦しませるだけの気持ちなら、そんなものいらない。前の俺に戻るから、敦弥も前みたいに笑って」

 捨てようと思って捨てられるはずがない。でも楓磨は吹っ切れたような顔で微笑む。

「敦弥とはずっと友達だ」
「……うん」
「帰ろうか」
「そうだね……」

 結局楓磨を苦しめるだけの俺は、本当に「友達」なのだろうか。


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