おかえり

すずかけあおい

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おかえり③

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◇◆◇◆◇

「お大事になさってください」

帰って行く患者さんに声を掛ける。
そろそろ診療時間が終了する。
待っている患者さんもいないから、すぐに片付けに入る事になる。

「………」

あの男を部屋に置いてきたけれど、大丈夫だろうか。

あのあとも自分は岡伊織だと言い張る男。
確かに見た目は同じなんだけど…中身が違うように感じる。
でも私生活でもキラキラな王子様な人間も想像できないから、もしかしたら本当に伊織なのかもしれない。

でもなんで岡伊織がパソコンの画面から出てくるんだ。

「わからない…」
「栗田さん? どうしたの?」
「あ、いえ、なんでもないです」

モップ掛けをしながら思った事が口に出てしまっていた。
同じ受付勤務の女性に不思議がられてしまった。

とりあえず、仕事は終わったから帰ろう。

『しばらく置いてくんない?』

しばらくってどのくらいだろう。
しかもそのあと。

『宿代はカラダで払うから』

………。

昨日の夜の事が思い出されて心臓がバクバク言い出す。
セックスってあんなに気持ちいいんだ…。

「………」

…こんな場所で勃ったら変質者だ。
思い出すのをやめよう。

勤務先の病院へは徒歩で通っているので、いつも通り歩いて帰宅。
鍵を開ける時から心臓の動きがまたおかしくなり始める。
ドアを開けるといい香り。

「おかえり」
「……」
「帰ってきたらなんて言うんだよ?」
「……ただいま?」
「よし」

『おかえり』なんて言われたの、実家にいた時以来だ。
なんか心地好い。

「…いいにおい…」
「昼飯作った。手洗ってきて」
「…うん」

なんだろう、この雰囲気。
しかも相手はあの岡伊織…のそっくりさん。
そっくりさん本人が言い張る通りほんとに岡伊織本人だったら、俺、ガチ恋勢に消されるのでは。

デミグラスソースのかかったオムライスに野菜たっぷりコンソメスープ、サラダ。
おいしそう。

「食べよ」
「うん」

俺がスプーンを持とうとすると。

「“いただきます”は」
「あ、ごめん…」

いただきますなんて、ひとりの食事じゃ言わなくなってた。
『ただいま』とか『いただきます』とか、伊織ってそういうの厳しい?

「いただきます」
「いただきます」

ふたりでいただきますをして、くすぐったい気持ちになりながらオムライスを食べる。

「おいしい…卵ふわふわ」
「だろ」
「うん。…あれ、材料なんてなかったと思うけど」

冷蔵庫には卵とお米と調味料くらいしか入ってなかったと思う。
いつも卵かけご飯だから。

「買いに行った。お前、普段なに食ってんの」
「卵かけご飯だけど…まさかスーパーに買いに行ったの? お金は?」

全裸で現れた男がお金を持ってるとは思えない。

「デスクに置いてあった500円玉貯金開けた」
「!!」

一生懸命貯めてたのに…。

「どうやってスーパーの場所わかったの?」
「つけっぱなしになってたパソコンで調べた」

つけっぱなしだったか…そうか、昨日のアレから消してなかった気がする。
あと、重要な事。

「…どっち行った? 右? 左?」

アパートを出て右にあるのは高級志向なお高いスーパー。
左にあるのは昔からある庶民派な激安特価セールがよくあるスーパー。

まあ、右だろうな。
本人は自分を岡伊織だって言うし、岡伊織ほどの男が庶民派スーパーなんて見た目からして入るわけない。
いくらかかったんだろう…。

「左。両方行って値段見たけど、右のスーパーはたいしたモン置いてないのに高過ぎ」
「…あ、そう…」

なんか見た目より庶民的?
両方行って値段見たってのもなんか意外。
値段なんて見ないで買い物しそうなのに。

「好き嫌いわかんねえから俺の食いたいもん作ったけど、どう?」
「あ、うん、すごくおいしい。ありがとう」
「ん」

俺の感想に満足そうに微笑む。
綺麗な笑顔にぽーっとしてしまう。

「あとは?」
「え?」
「なんか聞きたい事ある?」

伊織が俺に聞く。
聞きたい事…ある。

「なんでパソコンから出てきたの?」
「魔法使いが俺を逃がしてくれた」
「魔法使い?」

よくわかんない。

「…現実から逃げたくて。もう仕事も人間関係もなにもかも嫌になって。シャワー浴びながら消えたくなったんだ。ヤケになってカミソリで手首ざっくりやって傷モノにしてやろうと思ったら魔法使いが現れて『そんなに嫌なら逃がしてあげる』って」
「………」

ほんとか嘘か。

「そんで気が付いたら前も後ろもわかんない暗闇の中歩いてた」
「暗闇…?」
「ああ。どっちから来たかもどこに向かってるのかもわかんない中で歩き続けたらここに出た」
「伊織、パソコンの画面から出てきたけど…」
「すげーよな」

シャワー中だったから全裸だったのか。
て事はやっぱり岡伊織本人…?

「あのさ、会ったばっかの俺が言える事じゃないけど」
「…なに」
「自分傷付けるのはだめだよ。傷痕も残るし、絶対後悔する日がくる」
「……」

寂しそうな目で俺を見る伊織。
偉そうな事は言いたくないけど、でも言わないでいられない。

「今辛くたって明日は来るんだし、明けない夜はないんだから…必ず朝が来るように、辛い事も必ず終わりがある」
「…そしたらまた次の辛い事があるだろ」
「それが生きるって事だから。辛い度に自分を傷付けていたら伊織が傷だらけになっちゃう」
「……」
「だから」

伊織が大きく溜め息を吐く。

「お前も“岡伊織”に傷がつくのが嫌なんだな」
「なに言ってんの? 相手が伊織じゃなくても同じ事言ってるよ」
「……嘘だね」
「誰にだって言う。だって消えない傷痕の経験者だから」
「は?」
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