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運命と運命㉒
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唇が触れるすれすれで鋭い急ブレーキの音が響いた。視線を車の後方に向けると、見慣れたシルバーのハッチバックがすぐ近くに停まっている。運転席から降りて来た男の姿を見て、篤紀も車から飛び出した。
「篤紀!」
「依人……!」
転びそうになりながら駆け寄ると、彼は篤紀をきつく抱きしめて髪に頬ずりをした。
「どういうつもりだ」
篤紀に続いて車から降りた光成が依人を鋭い視線で射貫く。だが依人はそれに怯まない。毅然と睨み返し、決意の表情を見せた。
「やっぱりあんたに篤紀は渡せない」
依人の宣言に胸が熱くなる。同時に光成の眸がいつかのようにほの暗さをたたえた。それはあの人の中に重くどろどろと沈殿する憤怒のように感じた。
「今さらなにを言ってるんだ。菊知くんの幸せを思うなら身を引けと言ったはずだ」
「嫌だ」
篤紀を背後に隠す恰好で依人が前に立つ。その背がとても力強く見えた。
「ベータのきみに菊知くんを幸せにはできない」
薄く笑う光成に依人は対峙する。今までに依人から感じたことのない空気に、篤紀は息を呑んだ。
「たしかに俺はアルファでも運命の番でもない。でも、篤紀を幸せにできるのは俺だけだ」
はっきりと言い切られた言葉に心がじんと震え、視界が涙で揺らめく。
依人を見据えた光成は冷たい笑みを浮かべた。その冷笑は篤紀がこれまでに見たことがないものだった。
「きみができると言っても、現実ではできない。俺と番うのが菊知くんの一番の幸せだ。菊知くんもそう思うだろう?」
「それは……」
咄嗟に頭がまわらない篤紀を、光成は優しい眼差しで見つめる。
「菊知くんを不幸にしたいのか? 大人しく身を引け」
「嫌だと言った。絶対引かない」
依人の答えに光成の表情が消える。
「今さらだろう。菊知くんはきみと別れると言っていた」
「だからなんだ。俺はそれでも篤紀を絶対離さない」
「菊知くんの幸せを奪う気か?」
「それはこっちのセリフだ」
強い言葉が依人の口から紡がれる。先ほど篤紀を手放したときとは別人のような堂々とした姿から目が離せない。
たしかに光成と番えば幸せになれるのかもしれない。それが運命の番だからだ。だが篤紀が求める幸せはそれではない。
「篤紀」
依人が振り返り、篤紀の両肩に手を置く。
「たくさん傷つけてごめん。それに俺はベータだ」
「うん……」
言葉を切り、唇を引き結んだ依人がまっすぐに篤紀を見つめて口を開く。
「でも俺は絶対篤紀を幸せにする。だから俺を選んでくれ」
真剣な瞳に、心臓が壊れそうなくらいに激しく脈打つ。彼の瞳に篤紀が映っているだけで骨まで蕩けていくようだった。
これは本当に依人の口から出た言葉だろうか――篤紀がずっと願ってきた言葉が紡がれている。
「菊知くん」
夢心地になる篤紀を現実に戻す、低い呼びかけが聞こえた。光成に顔を向けると、変わらず穏やかな笑みを浮かべて篤紀を見つめている。
「運命の番は俺だ。ベータとの幸せなんてたかが知れてる。俺はきみを確実に幸せにできる。俺を選べ」
ふたりに求められ、篤紀は迷わず依人に抱きつく。オメガ特有の判断力の鈍さはそのとき現れなかった。
そのまま光成を見て眉をさげると、綺麗な顔が忌々しげに歪められる。
「後悔するよ」
「後悔させないために俺がいるんだ」
依人が篤紀を抱き寄せるのを見て、光成は深く嘆息した。
「そんな、今にも殺しそうな顔で睨むな。引けばいいんだろう」
「引かないなら、なんとしても引かせるまでだ」
依人と篤紀に背を向けて車に戻る光成の姿はいら立ちを隠せていない。当然だ。運命の番が手に入らなかった事実は、プライドの高そうな光成にとって屈辱でしかないだろう。
運転席のドアを開けた光成がもう一度依人と篤紀を見た。
「言っておくが、俺はきみたちを温かく見守るつもりはない。俺とじゃなければ幸せになれないことを知って後悔すればいい」
苦々しい表情で言い捨てて光成が車に乗る。遠くなって行く車を見て、依人はほうと息をついた。震えに気がついて視線をおろすと、指先が小さく震えている。愛しさが溢れて彼の手を握った。震えだけでなくひんやりと冷え切った指先を知って心が熱くなる。なにをするにも慎重な依人が最終的に出してくれた答えが、篤紀にとって最上の幸せだ。
「どうしてここがわかったの?」
「篤紀のスマホの位置情報を見た」
万が一のときのために依人と篤紀は互いのスマートフォンの位置情報を確認できるようになっていることを思い出す。
「位置情報の動き方で、車で移動してることがわかったんだ。あいつと一緒にいると思ったら頭の中が真っ白になって、気がついたら追いかけてた」
「そうだったんだ……」
今度は篤紀がほっと息を吐き出した。もし依人が追いかけて来てくれなかったら、今頃光成に強引な手段で連れ去られていたかもしれない。
「本当にごめん。いろいろ話したいことはあるけど、まずは俺達の部屋に帰ろう」
依人が篤紀の手を取る。篤紀も頷いてその手を握り返した。
「篤紀!」
「依人……!」
転びそうになりながら駆け寄ると、彼は篤紀をきつく抱きしめて髪に頬ずりをした。
「どういうつもりだ」
篤紀に続いて車から降りた光成が依人を鋭い視線で射貫く。だが依人はそれに怯まない。毅然と睨み返し、決意の表情を見せた。
「やっぱりあんたに篤紀は渡せない」
依人の宣言に胸が熱くなる。同時に光成の眸がいつかのようにほの暗さをたたえた。それはあの人の中に重くどろどろと沈殿する憤怒のように感じた。
「今さらなにを言ってるんだ。菊知くんの幸せを思うなら身を引けと言ったはずだ」
「嫌だ」
篤紀を背後に隠す恰好で依人が前に立つ。その背がとても力強く見えた。
「ベータのきみに菊知くんを幸せにはできない」
薄く笑う光成に依人は対峙する。今までに依人から感じたことのない空気に、篤紀は息を呑んだ。
「たしかに俺はアルファでも運命の番でもない。でも、篤紀を幸せにできるのは俺だけだ」
はっきりと言い切られた言葉に心がじんと震え、視界が涙で揺らめく。
依人を見据えた光成は冷たい笑みを浮かべた。その冷笑は篤紀がこれまでに見たことがないものだった。
「きみができると言っても、現実ではできない。俺と番うのが菊知くんの一番の幸せだ。菊知くんもそう思うだろう?」
「それは……」
咄嗟に頭がまわらない篤紀を、光成は優しい眼差しで見つめる。
「菊知くんを不幸にしたいのか? 大人しく身を引け」
「嫌だと言った。絶対引かない」
依人の答えに光成の表情が消える。
「今さらだろう。菊知くんはきみと別れると言っていた」
「だからなんだ。俺はそれでも篤紀を絶対離さない」
「菊知くんの幸せを奪う気か?」
「それはこっちのセリフだ」
強い言葉が依人の口から紡がれる。先ほど篤紀を手放したときとは別人のような堂々とした姿から目が離せない。
たしかに光成と番えば幸せになれるのかもしれない。それが運命の番だからだ。だが篤紀が求める幸せはそれではない。
「篤紀」
依人が振り返り、篤紀の両肩に手を置く。
「たくさん傷つけてごめん。それに俺はベータだ」
「うん……」
言葉を切り、唇を引き結んだ依人がまっすぐに篤紀を見つめて口を開く。
「でも俺は絶対篤紀を幸せにする。だから俺を選んでくれ」
真剣な瞳に、心臓が壊れそうなくらいに激しく脈打つ。彼の瞳に篤紀が映っているだけで骨まで蕩けていくようだった。
これは本当に依人の口から出た言葉だろうか――篤紀がずっと願ってきた言葉が紡がれている。
「菊知くん」
夢心地になる篤紀を現実に戻す、低い呼びかけが聞こえた。光成に顔を向けると、変わらず穏やかな笑みを浮かべて篤紀を見つめている。
「運命の番は俺だ。ベータとの幸せなんてたかが知れてる。俺はきみを確実に幸せにできる。俺を選べ」
ふたりに求められ、篤紀は迷わず依人に抱きつく。オメガ特有の判断力の鈍さはそのとき現れなかった。
そのまま光成を見て眉をさげると、綺麗な顔が忌々しげに歪められる。
「後悔するよ」
「後悔させないために俺がいるんだ」
依人が篤紀を抱き寄せるのを見て、光成は深く嘆息した。
「そんな、今にも殺しそうな顔で睨むな。引けばいいんだろう」
「引かないなら、なんとしても引かせるまでだ」
依人と篤紀に背を向けて車に戻る光成の姿はいら立ちを隠せていない。当然だ。運命の番が手に入らなかった事実は、プライドの高そうな光成にとって屈辱でしかないだろう。
運転席のドアを開けた光成がもう一度依人と篤紀を見た。
「言っておくが、俺はきみたちを温かく見守るつもりはない。俺とじゃなければ幸せになれないことを知って後悔すればいい」
苦々しい表情で言い捨てて光成が車に乗る。遠くなって行く車を見て、依人はほうと息をついた。震えに気がついて視線をおろすと、指先が小さく震えている。愛しさが溢れて彼の手を握った。震えだけでなくひんやりと冷え切った指先を知って心が熱くなる。なにをするにも慎重な依人が最終的に出してくれた答えが、篤紀にとって最上の幸せだ。
「どうしてここがわかったの?」
「篤紀のスマホの位置情報を見た」
万が一のときのために依人と篤紀は互いのスマートフォンの位置情報を確認できるようになっていることを思い出す。
「位置情報の動き方で、車で移動してることがわかったんだ。あいつと一緒にいると思ったら頭の中が真っ白になって、気がついたら追いかけてた」
「そうだったんだ……」
今度は篤紀がほっと息を吐き出した。もし依人が追いかけて来てくれなかったら、今頃光成に強引な手段で連れ去られていたかもしれない。
「本当にごめん。いろいろ話したいことはあるけど、まずは俺達の部屋に帰ろう」
依人が篤紀の手を取る。篤紀も頷いてその手を握り返した。
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