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据え膳はいかが②
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昨夜はなんだかんだで楽しかった、と仕事が終わって帰宅すると、なぜかすでにくつろいでいる男がいる。
「海里……?」
「おかえり」
「『おかえり』じゃない、なんでいるの?」
そういえば忙しくて休み時間もデスクから離れられなかったから、不動産屋に電話をするのをすっかり忘れていた。
「だって征大といるの楽しい」
「不法侵入!」
「いいじゃん。だめ?」
可愛く聞かれて、うっと言葉が詰まる。そういう、自分の顔の良さを武器にした攻撃は卑怯だ。
「……仕方ないな」
「やった」
美形は得だ。ずるい。
「スーツだけど、まさかまっすぐうちに来たのか?」
昨日は飲み会帰りだったからスーツだろうけれど、今日もとは。一旦帰らなかったのだろうか。
「そう。買い物してきたから、なんか作るよ」
勝手知ったるという様子でキッチンに移動する海里の後をなんとなくついていく。
「なに作るの?」
「野菜と豚肉の安売りしてたから肉野菜炒め。ご飯も炊いてある」
炊飯器を見ると、すでに「炊飯」の表示が光っている。
「勝手に……」
「いいじゃん」
シンク下から包丁を出して野菜を切る海里の姿をぼんやり見つめる。なにをしても様になるというか、恰好いい。本当にずるい。
「先飲んでてもいいよ」
「うん。じゃあお先に」
あれ?
「なんか立場逆転してない?」
「はは、楽しいね」
楽しそうに笑う海里に、まあいいかという気持ちになってしまう。冷蔵庫を開けて缶チューハイを出す。昨日海里が買ってきたものだ。これじゃ誰の部屋かわからないな、と俺も少し笑ってプルタブを上げる。ジューッと音がして豚肉の焼けるにおいがしてくる。においだけでもつまみになりそう。海里の姿を見ながらチューハイを飲む。
「できたよ」
湯気の立つ肉野菜炒めが皿にたっぷり盛られている。ご飯をよそって、二人で「いただきます」を言ってから食べ始めるととてもおいしい。ご飯がいくらでも食べられる。
「おいしい! これなに味?」
「塩炒めだけど、鶏がらスープの顆粒が入ってる」
「ほんとにおいしい……俺でも作れるかな」
「作れるよ。征大、口のとこついてる」
海里が手を伸ばし、俺の口元を拭う。こんなことをされたのは初めてだ、とどきりとしてしまう。
「舐める?」
「は!?」
口元を拭った指先を俺に見せるので首をぶんぶん横に振る。
「じゃあいただきます」
なぜか海里が舐めて、頬が猛烈に熱くなる。
「なんで舐めてんの! ティッシュで拭きなよ!」
「『いただきます』って言ったじゃん」
「そうじゃない!」
こういうことはカップルでやるものだろうと言うと、海里が「うーん」となにかを考え始める。
「なに?」
「恋人がいない同士でくっつくってよくあるよね」
急になんだ。
「恋人がいない人がくっつくのはあたりまえだ。恋人がいる人がくっついたら大変だろ」
頬の熱さをごまかしたくてチューハイを飲み干す。新しい缶を手に取ると海里が笑う。
「征大はおもしろいなあ」
海里が立ち上がって俺の真横に椅子を移動する。
「なに?」
答えはなく、ただ笑顔が返される。笑顔が怖い。なるべく気にしないように食事をすると、海里も俺の隣で機嫌よく肉野菜炒めを食べている。なんだかよくわからない男だ。
翌日、さすがにもう来ていないだろうと帰宅すると、いる。
「なんでいるの?」
「寂しいから」
通勤用のトートバッグを置いて、ジャケットを脱ぎながら聞く。海里はすでにネクタイまで外してキッチンにいる。
「その見た目なら彼女作り放題だろ。恋人に慰めてもらったら」
「つれないなあ」
機嫌のいい海里はまた食事を作ってくれている。
「あ、ソース跳ねた」
「シミ取りするか?」
「いいや。また飛ぶかもしれないし」
そういう問題なんだろうか。でも本人はたいして気にしていない。
「なに作ってんの?」
手元を覗き込むと、煮込みハンバーグのソースがくつくつしている。
「おいしそう」
「もうできるから先に飲んで待ってていいよ」
「ううん、手伝う。なにしたらいい?」
「じゃあキスして」
海里の言ったことに固まる。キス……キスって言った? 聞き間違いだろうかとその顔を見るとやっぱり機嫌よく微笑んでいる。
「…………え?」
「だからキスして。そうしたらもっとおいしいご飯ができるよ」
そんな馬鹿な。でも真剣に言われてしまうと本当のような気がしてくる。
「征大、早くして。このままじゃハンバーグが生焼けになる」
「いや、火とおせよ」
「気力がもたない。キスして」
なんだそれ。そもそもなんでキスでハンバーグが生焼けじゃなくなるんだ。そしてどうして俺にそんなことを求めるんだ。じっと海里を見る。
「そのまま顔を近づけてみて?」
「顔を?」
言われたとおりに顔を近づけてみる。
「そう。それで目を瞑る」
「……?」
なに? と思いながら目を瞑ると頬に柔らかい感触。
「……」
今のは……瞼を上げると海里の顔が目の前にあり、渋い顔をされる。
「ほんとにうかつすぎて心配になる」
「……!」
「簡単に手出されないでね?」
「手を出したやつが言うな!」
ははは、と海里が笑う。笑ってごまかす気か。
「笑いごとじゃない!」
怒ってもどこ吹く風という顔をしているので睨みつけてみる。するとまた笑われて、やっぱり効果がない。
「これでちゃんと火がとおる」
「……まさかそれだけのために?」
「どうだろうね? もうできるからお皿出して」
「う、うん……」
ごまかされた。でも今されたことを考えると追及するのも怖い。あれは間違いなくキスだ。キスなんて……キスなんて……またされてしまった。初めても海里だ。でも頬だからセーフか、と一人納得していると「お皿は?」と聞かれて慌てて皿を出す。皿を出しながら、セーフだよな? と自分に聞くけれど答えは返ってこない。
心臓が跳ねているのは気のせいだ、と思う……けれど、よくわからない。
「海里……?」
「おかえり」
「『おかえり』じゃない、なんでいるの?」
そういえば忙しくて休み時間もデスクから離れられなかったから、不動産屋に電話をするのをすっかり忘れていた。
「だって征大といるの楽しい」
「不法侵入!」
「いいじゃん。だめ?」
可愛く聞かれて、うっと言葉が詰まる。そういう、自分の顔の良さを武器にした攻撃は卑怯だ。
「……仕方ないな」
「やった」
美形は得だ。ずるい。
「スーツだけど、まさかまっすぐうちに来たのか?」
昨日は飲み会帰りだったからスーツだろうけれど、今日もとは。一旦帰らなかったのだろうか。
「そう。買い物してきたから、なんか作るよ」
勝手知ったるという様子でキッチンに移動する海里の後をなんとなくついていく。
「なに作るの?」
「野菜と豚肉の安売りしてたから肉野菜炒め。ご飯も炊いてある」
炊飯器を見ると、すでに「炊飯」の表示が光っている。
「勝手に……」
「いいじゃん」
シンク下から包丁を出して野菜を切る海里の姿をぼんやり見つめる。なにをしても様になるというか、恰好いい。本当にずるい。
「先飲んでてもいいよ」
「うん。じゃあお先に」
あれ?
「なんか立場逆転してない?」
「はは、楽しいね」
楽しそうに笑う海里に、まあいいかという気持ちになってしまう。冷蔵庫を開けて缶チューハイを出す。昨日海里が買ってきたものだ。これじゃ誰の部屋かわからないな、と俺も少し笑ってプルタブを上げる。ジューッと音がして豚肉の焼けるにおいがしてくる。においだけでもつまみになりそう。海里の姿を見ながらチューハイを飲む。
「できたよ」
湯気の立つ肉野菜炒めが皿にたっぷり盛られている。ご飯をよそって、二人で「いただきます」を言ってから食べ始めるととてもおいしい。ご飯がいくらでも食べられる。
「おいしい! これなに味?」
「塩炒めだけど、鶏がらスープの顆粒が入ってる」
「ほんとにおいしい……俺でも作れるかな」
「作れるよ。征大、口のとこついてる」
海里が手を伸ばし、俺の口元を拭う。こんなことをされたのは初めてだ、とどきりとしてしまう。
「舐める?」
「は!?」
口元を拭った指先を俺に見せるので首をぶんぶん横に振る。
「じゃあいただきます」
なぜか海里が舐めて、頬が猛烈に熱くなる。
「なんで舐めてんの! ティッシュで拭きなよ!」
「『いただきます』って言ったじゃん」
「そうじゃない!」
こういうことはカップルでやるものだろうと言うと、海里が「うーん」となにかを考え始める。
「なに?」
「恋人がいない同士でくっつくってよくあるよね」
急になんだ。
「恋人がいない人がくっつくのはあたりまえだ。恋人がいる人がくっついたら大変だろ」
頬の熱さをごまかしたくてチューハイを飲み干す。新しい缶を手に取ると海里が笑う。
「征大はおもしろいなあ」
海里が立ち上がって俺の真横に椅子を移動する。
「なに?」
答えはなく、ただ笑顔が返される。笑顔が怖い。なるべく気にしないように食事をすると、海里も俺の隣で機嫌よく肉野菜炒めを食べている。なんだかよくわからない男だ。
翌日、さすがにもう来ていないだろうと帰宅すると、いる。
「なんでいるの?」
「寂しいから」
通勤用のトートバッグを置いて、ジャケットを脱ぎながら聞く。海里はすでにネクタイまで外してキッチンにいる。
「その見た目なら彼女作り放題だろ。恋人に慰めてもらったら」
「つれないなあ」
機嫌のいい海里はまた食事を作ってくれている。
「あ、ソース跳ねた」
「シミ取りするか?」
「いいや。また飛ぶかもしれないし」
そういう問題なんだろうか。でも本人はたいして気にしていない。
「なに作ってんの?」
手元を覗き込むと、煮込みハンバーグのソースがくつくつしている。
「おいしそう」
「もうできるから先に飲んで待ってていいよ」
「ううん、手伝う。なにしたらいい?」
「じゃあキスして」
海里の言ったことに固まる。キス……キスって言った? 聞き間違いだろうかとその顔を見るとやっぱり機嫌よく微笑んでいる。
「…………え?」
「だからキスして。そうしたらもっとおいしいご飯ができるよ」
そんな馬鹿な。でも真剣に言われてしまうと本当のような気がしてくる。
「征大、早くして。このままじゃハンバーグが生焼けになる」
「いや、火とおせよ」
「気力がもたない。キスして」
なんだそれ。そもそもなんでキスでハンバーグが生焼けじゃなくなるんだ。そしてどうして俺にそんなことを求めるんだ。じっと海里を見る。
「そのまま顔を近づけてみて?」
「顔を?」
言われたとおりに顔を近づけてみる。
「そう。それで目を瞑る」
「……?」
なに? と思いながら目を瞑ると頬に柔らかい感触。
「……」
今のは……瞼を上げると海里の顔が目の前にあり、渋い顔をされる。
「ほんとにうかつすぎて心配になる」
「……!」
「簡単に手出されないでね?」
「手を出したやつが言うな!」
ははは、と海里が笑う。笑ってごまかす気か。
「笑いごとじゃない!」
怒ってもどこ吹く風という顔をしているので睨みつけてみる。するとまた笑われて、やっぱり効果がない。
「これでちゃんと火がとおる」
「……まさかそれだけのために?」
「どうだろうね? もうできるからお皿出して」
「う、うん……」
ごまかされた。でも今されたことを考えると追及するのも怖い。あれは間違いなくキスだ。キスなんて……キスなんて……またされてしまった。初めても海里だ。でも頬だからセーフか、と一人納得していると「お皿は?」と聞かれて慌てて皿を出す。皿を出しながら、セーフだよな? と自分に聞くけれど答えは返ってこない。
心臓が跳ねているのは気のせいだ、と思う……けれど、よくわからない。
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