マルフィル嬢の日々

夏千冬

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1話 婚約破棄から2年後

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 王家と公爵家の間で起こった婚約破棄から、約二年の月日が流れていた。
 騒動の熱が冷めたかと思いきや、会場に招待されていた来賓客の軽口により、マルフィル・ファルムントの噂は予想以上に広まり続けていた。広まり続ける理由は尾ひれが付き過ぎてしまった彼女の非行話にある。
 真意を知る者がグランツ王国外にどれほどいるだろうか。たとえば、隣国の民が知るマルフィル・ファルムントの噂。その大部分がほぼ――虚報という、残念なありさまとなっているのである。

 もちろん冗談がすぎると笑い飛ばす者もいるが、どちらにせよマルフィル・ファルムントという公爵令嬢の名は、悪い意味で世に広まっていたのだった。

 ◯◯◯


「ぶひゃー!」

 私が前世の記憶を思い出したのは、熱々のソーセージを一本丸かじりしていた時のことだった。
 そのあまりの熱さに舌が悲鳴をあげ、人間らしからぬ自分の汚い叫びが部屋中にこだまする。部屋の外を通りかかった屋敷の侍女は、何事かと固く閉ざされた部屋の扉を何度も叩いて私の安否を確認していた。

「な、なんでも……」

 咳き込みながらもなんとか答える。正直それどころじゃなかったけれど、無視はよくない。
 外からは安堵の息が聞こえた。騒がせてしまったと反省しつつ、私は視界に映ったクリームパンのような手を見つめ、深く嘆息した。

(いや、いやいや……なんだこの手。むっちむちの贅肉まみれじゃない!?)

 動揺する私の左手には、ソーセージが刺さったフォークが握られていた。かじり跡が残っているソーセージは、先ほどまで私ががっついていたことを表している。そしてその一口が舌に触れた瞬間、あまりの熱さに目を剥いてしまっていたのだ。

(ってこれ一口ですか。でかい。なんと、すごく大きいです……)

 しげしげとソーセージを見つめたあと、私は飾り棚に置かれた皿にフォークを下ろした。白い皿の上にはかなりの本数のソーセージがピラミット状に並べられている。テカテカと、とっぷり油の染み込んだソーセージたちは、我が身を食べて欲しいとばかりに輝きを放っていた。
 しかし、この状況では食欲が沸くどころか「おえっ」としてしまいそうで、私は逃げるように視線を横へ向けた。

「うわっ」

 逃れた視線の先には、大きな姿見が置かれていた。縦にも横にも大きく広かった鏡は、上から下にかけて歪な亀裂が入っており酷いことになっている。
 ちなみにこれを壊した犯人を私は知っている。

(そうだ、これ……)

 私である。自分の手で鏡を叩き壊した。
 惨めに婚約破棄を告げられ、長いこと引きこもっていた私は、ふとその鏡に目を向けた。
 自分の姿など興味もなく見ないふりをし続けていたが、なんとなく気が向いたのかもしれない。
 そうして目が合った鏡の中の私は、婚約破棄騒動の頃よりさらにパワーアップし進化を遂げていた。
 脂肪を蓄える肉で埋もれた姿を自分だと思いたくなくて、発狂し物を投げ付けたのだ。それで出来た亀裂だったはず。

『マルフィル、もう、すべてを白紙に戻そう』

 好きだった……はずの婚約者に、それも大勢の人がいる前で告げられた婚約破棄。ショックのあまり自暴自棄となり、気持ちのはけ口として私がとってしまった行動というのが暴飲暴食である。
 右手にコレステロールの塊、左手には砂糖の塊を鷲掴み、考えることを放棄してひたすら食に溺れていった。
 満腹になるまで欲を満たし、また口が寂しくなったら食べるを繰り返した結果、あの二年前の婚約破棄よりさらにふくよかな体になってしまった。
 ……いや、もうふくよかで済ませられないレベルにまで達し始めている気がする。

 くすみがちなオリーブ色の髪は、整えられているが皮脂かヘアオイルか判別できない状態。白い肌は長年室内で自堕落な生活を過ごしていたから刺激が少なかっただけで、雪膚せつぷと豪語するには図々しい。本気で美白対策を徹底している貴婦人からしたら舐め腐っているとぼっこぼこにされそうだ。
 まぶたの重みで面積の狭まった瞳は、兄弟と同様に緑と淡褐の中間をとった美しい色合いだったはずなのに、どうにも死んだ魚の目とどっこいどっこい。どんぐりの背比べである。

 けして故意に自虐的な表現をしているわけじゃないのだ。ただ目の前の事実を頭の中でプチ実況してみただけで。

(そう、うん……これが)

 悲しいかな。どれだけ鏡を凝視しても、そこにあるのは丸々と太った自分の姿だけだった。

「はああ……」

 一度しっかりと自分がおかれた状況を整理したくて、額に手を当てながらベッドの脇に腰を掛けてみる。
 すると、すぐに痛々しくマットが軋んで悲鳴をあげた。「やめてくれ、もう許してくれええ……」と寝具の叫びが幻聴で聞こえたので、私はそっと立ち上がった。

 座っていても分厚い腹の肉が段になってわかれるし、結局は息苦しいのでどっちでもよかったんだけどね。
 自嘲の笑とともに、私はうろうろと部屋を行ったり来たりとしながら、熱々のソーセージのおかげで思い出した前世とおぼしき記憶を振り返ってみた。



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