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2話 決意
しおりを挟む思い出した記憶を振り返る……とはいえ、私自身のことを詳しく覚えているわけではなかった。
自分の容姿や、家族が何人いたのか、そういったことは完全に霧に包まれたようになっている。人間関係の部分を綺麗に取り除かれたような、不思議な気分だった。
(確実なことは……)
記憶からして私は、地球にある日本で出生した日本人。知識量からしてそれほど長くは生きれなかったのかもしれない。いや、わからないけど。ただ単に私が馬と鹿を同時に飼っていただけ(つまり馬鹿)なのかもしれないけどさ。
とりあえず、生まれ育った中で勝手に身に付いていくであろう社会常識、また衣食住の文化など、日本で普通に生活をしていれば当たり前のように思う事柄は懐かしく感じた。
いつ、どのように命を落としたのかは残念ながらわからない。不慮の事故なのか、寿命だったのか。苦しんで死んだのか、晴れやかな気持ちで死んでいったのか。なにか未練が残っていたのか。
でも、こういうことは考えたって答えが見つかるわけでもないし、深く死について掘り返すのはやめた方がいいのかもしれない。こういうのって、前の人生の自分を軸にしても面倒くさそうだもの。お手本がある訳でもないし、何が正解なのかもわからない状態だけど。
こうして新たな人生を送っているんだから、どっちにしろ死んでるんだよ。はいはい終了。
「ふう……」
それにしても、案外冷静でいられている自分に驚きだ。
前世云々を思い出したとはいえ、頭でははっきり理解しているのだろう。今生の私は、グランツ王国ファルムント公爵家の長女であるということを。しっかりと自分はマルフィル・ファルムントであると理解している。少々呆気ないけれど、パニックを起こして情緒不安定になるよりは断然マシかなぁ。
そんな私は、婚約破棄をされる前は次期王妃と言われていた。今はというと、王命により淑女として公爵家の人間として正しい振る舞いが出来るようになるまで屋敷で軟禁生活を送っている。確か表向きは療養のため本邸の領地に送られたとかだった気がする。王太子殿下に婚約破棄されたなんて、普通の女子なら失意のどん底だろうし。……まあ、私だってそれなりに堪えてる。
『軟禁』と一言で括ってしまえば聞こえが悪いが、これも自分勝手をし過ぎたせいで民や貴族に反感を買わないようにという、叔父上の配慮だったのだ。
それなのによりひねくれた私は、更生もせず、家族の言葉に耳を貸さず、食っちゃ寝食っちゃ寝生活を今まで送ってきたというわけだ。
(そう、私は不自然なくらい誰かの言葉に耳を貸さなかった。……ここが本当にネックだった)
そして、結果がこれよ。見事に体が表してくれてる。
「なにこの三段腹になりかけの二段腹はー! まずいでしょこれー! もうなんか破裂しそう!」
衣服の上からでも分かってしまう自分の腹の贅肉を両手でつまみ、激しく上下に揺する。わがままボディではもう言い逃れできない醜態に私は分かりやすく落ち込んだ。
「マルフィル様!? いかがなさったのですか……!」
二度目の私の奇声に、また通りかかったであろう他の侍女が慌てて扉を叩いていた。これ侍女さんからしたら独り言が大きいただのヤバいやつなのでは。
「すみません。大丈夫でーす」
そう答えると、侍女の驚いた声が聞こえてきた。おそらく私が謝ったから仰天しているのだ。どんだけ。
しかも私の名前マルフィルって、考えないようにしていたけど、マルフィルって……そのままの意味過ぎない? 名は体を表すってか! まるまるってか! 面白くない!
「っ……これ以上自虐に走るのは良くないわ」
どれだけ食べたか具体的に思い出せないが、この体型である。体に良くない生活は十分すぎるくらいにしてきた。
二年前の体重から見た目だけでも10キロは優に増えたんじゃないだろうか。
只今の時刻は朝の九時を少し回ったところ。朝食は一時間前に五人前ほど平らげたと記憶している。それだけで一日の摂取カロリーは大幅に超えているのに、なぜこんな太いソーセージを自室で頬張っているのだろう。しかもボロニアソーセージ並の太さで長さも数倍ある。そうそう、確かこれは私専用にあったソーセージだね。
(にしても、放棄しすぎだわ)
この二年、私は全く改心していなかった。
軟禁生活だから社交界にも参加できず、人前に出ることもなかった。会う人といえば家の使用人たちと、たまに顔を合わせる家族かな。それでも少ない方だ。
お母様は二年前の騒動のせいで卒倒し、今は王都から離れた土地で療養中だからカウントされないし。
それにお母様とは、合わせる顔がない。誰のせいとか抜きにして、私がこうなった原因にはお母様も関わっていると思う。
「……お、お母様のことは……一旦置いといていいかな」
それじゃ解決しないのはわかってる! 絶対に駄目だということは承知しているんです。でも、一気にたくさんの問題を背負い込むとお腹が痛くなってきそうで……。大量のご飯はうまうまと食べているのに、こんな時だけ都合の良い腹である。
貴族の子どもは母親と同行して茶会を楽しんだりと、何かしらの交流に繋げているけれど。もちろん私が許されるわけもなく。
……結果、何もしていない。一日のほとんどを部屋で過ごしている状態だ。これって……に、ニートじゃない?
「いかーん!」
動くたび、ぶるんと贅肉がゼリーのように揺れる。なんて邪魔なのだろう。これではいずれ本格的に生活に支障をきたしてしまう。生活習慣病や、メタボリック症候群。前の世界でもニュースで問題視されていたことだ。
「……」
私はもう一度ひび割れた鏡の前に立ち、膨れ上がった自分の体をじっくりと見た。
もうすべてから、逃げてはいけない。この体を受け入れて、変わらなければいけないのだ。
やらなければならないことは山ほどあるだろう。本当はもっとほかにしなければいけない事柄があったのかもしれないが、鏡の前に立った私が何よりも先に考えついたのは――。
(ダイエット、しよう)
肉に埋もれた一重の瞳が決意の炎を燃やし始める。
まずは、そうだ。
食生活の改善から。
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