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3話 執事の忠誠
しおりを挟む「マルフィルお嬢様、お食事中のところ失礼致します」
「えっ……あっ、はーい!」
私が改心のためのダイエットを決意したところで、扉がノックされた。
とても涼しげで、落ち着いた声の主が許可を得て部屋の中に入ってくる。現れたのは、燕尾服を着た二十代前半から後半ほどの青年だった。
(シヴァ……だっけ。一ヶ月ぐらい前から、私の専属執事になった魔族の人)
青白い肌と黒い髪、赤い瞳が魔族の身体的特徴だ。シヴァもそれに漏れることなく該当している。
私に仕えている期間は一ヶ月と短いけど、彼はいつも笑みを絶やさず、私の自己中にもさらりと対応していた気がする。この前も高カロリーな朝食を要求した私に向かって「お嬢様、すでに一日の必要な食事の摂取量を超えております。過食はお体に毒でございますよ」と、きっぱり言ってきたのを覚えている。
ただ、本当に言うだけって感じだった。私に「うるさい! 余計なお世話よ!」と返されればそれ以上は口出しもしてこなかったし、本当にいつもはじめに一言を告げたら終わりで、よくわからなかったな。
けれど、他の使用人たちはシヴァの何食わぬ様子に青ざめていたっけ。軟禁状態で活動を制限されている私だけど、公爵令嬢には逆らえないと怯えられているのだ。
お父様あたりが私の言うことに耳を貸すな、ぐらい伝達していてもおかしくないが、この世界での階級制度は色々と難しいらしい。だからこそ、シヴァは印象的だった。
魔族は人間よりはるかに知能も身体能力も高い種族である。だというのにこうして貴族の使用人になっていることが多いのは、そのほとんどが人間より長く生きる期間での暇潰しや娯楽、気まぐれだそうだ。シヴァも暇つぶし目的で執事になったのかな?
ちらりと、私は未だ扉の前に立ったシヴァを盗み見る。
姿見の前に立った私を見つけたシヴァは、ゆったりと口角を持ち上げた。
「お嬢様のお部屋から何度か奇声が発せられたと報告がありましたので伺いに……おや?」
シヴァは、敬礼の意を表すように手のひらを胸に当てながら私のもとへ近寄ると、わずかに眉を動かして顔を覗き込んできた。
「お嬢様、あなた……」
「し、シヴァ?」
シヴァの横髪がさらりと前に流れた。どこか色気を漂わせる美麗な顔が、探るようにこちらを見ている気がした。
「――ふふ、これは面白い」
戸惑う私に、シヴァはふっと不敵な笑みをこぼした。それを綺麗だと感じると同時に、底知れない不気味さが込み上げてきて肌が粟立つ。顔と顔の距離が近かったこともあり、ビビった私は半歩後ろへと後ずさった。
「失礼致しました」
シヴァは何事も無かったように姿勢を正した。一体今のは何だったのかと考える暇もなくシヴァは私に問いかけてくる。
「それで……マルフィルお嬢様。どうなさいましたか。食事後の紅茶はただいま御用意している最中ですが」
(こ、紅茶ぁ!?)
ニッコリと微笑みながら話すシヴァに、内心では「あんたまだ何か喉に通すきか!」と、自分自身を叱咤した。いや、そうだ。そういえば砂糖たっぷりのどろどろに溶けた紅茶を毎食後に飲んでいたっけ。
食事のしめにはこれが一番とか、本気で思っていた。そんな砂糖の塊を流し込んでたらメタボまっしぐらよ。阻止しなければ。
「よ、用意してくれているのに申し訳ないんだけど……あのね、これからは毎食後の砂糖たっぷりの紅茶は飲まないことに決めたの」
「……それは」
瞳をすっと細めたシヴァに、私は慌てて続ける。
「シヴァ、私ね……ようやく目が覚めた。シヴァはいつも私に食事の助言をしてくれていたでしょ? なのに聞き入れようとしなかった」
いきなりこんなことを言い出して不審に思われてしまうのは当然だろう。でもどうやって説明すればいいのかわからない。
ぶっちゃけシヴァに「前の人生の記憶を思い出したら、なんか正気に戻っちゃったよ」とかバラすのも有りなのではと瞬時に考えた。が、そこまでシヴァが信用できる人なのか今の私には見分けることができなかった。
だってまだ一ヶ月程度だものね。シヴァについては様子見だ。とくに前世のことを隠さなければいけないわけでもないけれど、前世の話を信じてもらえたとしても、私がしでかしてしまったことが消せるわけじゃない。
シヴァがそう思うか定かではないが、人によっては「前世の記憶とやらが覚醒しなかったから私は今まで改心できなかったの!」と、許されたいがための言い訳にも捉えられそうだし。
まあ、可能性としては信じてもらえない確率の方があきらかに高い。
性格の豹変に怪しく思われたとしても、しばらくは「ようやく目が覚めました。だから変わりたいのです」という態度を前に出していたほうがいいのかなと思うんだけど……いやぁ、どうなんでしょうね。
(ああ、前世の記憶が蘇った人とかそういる!? こんなのなかなか手本にする人もいないし、どうするのが正解なのかほんとに困っちゃうわ)
と、内心では悩みに悩み抜きながら、私は言葉を重ね続けていた。
「いつまでも屋敷に閉じこもっているわけにもいかないって、改心していかないとって反省したんだ。だからねシヴァ、私ね……痩せようと思うの。ほらこれ、見てよこの掴めちゃう腹の肉! みっともないでしょう!?」
「……」
見せられた贅肉を前に、きょとんと不思議そうにしたシヴァ。
あ、あの。そんなにまじまじと二段腹を見つめられても照れるんだけど。恥ずかし……いいや、どうせ何をしていなくても太いものは太いわけだし。むしろ常に意識を強めて肉の公開処刑といこうか。
さあ、さあ! と、意気込む私だったが、シヴァの返答は意外なものだった。
「お嬢様、魔族は基本、人間ほど姿形を気にしません。ですから私個人の意見を申し上げてもあまり意味がないでしょう。……しかし、お嬢様が体型に関して悩んでおられるというのであれば、私は全霊を尽くしてお嬢様を扶助いたします」
……あっ、そういう返答しちゃう?
なんともジェントルメンな返しをしてくれたシヴァに惚けつつ、協力してくれるならこれほど心強いことはないと嬉しくなった。
「ありがとう、シヴァ。それから……この一ヶ月ずっと我が儘ばかり言ってごめんなさい。こんな私の専属なんて嫌かもしれないけど、これからよろしくね」
「いいえ。マルフィルお嬢様にお仕えすることを、不服だと思ったことは一度たりともございません――ですが」
シヴァはくすりと小さく笑った。
「随分とお変わりになられましたねぇ。一体どうなさったのか、詳しくお聞きしたいところですが」
「い、いや。それは……」
なんでこの人、こんなに楽しそうなの。なにか察してそうな顔されても困りますよ私は! まさか前世の記憶が蘇ったとか、ピンポイントで勘づいているとかあり得ないし。
またもやビビリを発動した私は、わたわたと身振り手振りを繰り返し誤魔化そうと必死だった。
「えっと、その……」
「お嬢様、どうかされましたか?」
魅了する力でも持っているのだろうか。私は爛々とした真紅の眼光に言葉が詰まった。
彼のことは何も知らない。だけど、本当に漠然とではあるけれど、思うところがある。おそらくこの人は、
(食えないタイプの人だ)
前世の記憶がこうも早く役に立つなんて考えもしなかった。でもシヴァを冷静にそう判断できたのは、それが関係しているからなのではと推測した。客観的に見ることができている気がする。
よくよく考えれば、只者ではないのは雰囲気から伝わってきていた。なによりシヴァは魔族だ。その時点ですでに小娘の私が敵う相手じゃないし。上手く誘導しようとしたら、逆に口車に乗せられて降参する、そんな自分の未来が視えるんだけど。
(ここは作戦変更しよう)
早々に作戦を切り替え、私はシヴァに向き直った。
「シヴァ」
「はい」
表情の変化を読み取ったのだろうか。唐突に自分の名前を呼ばれたシヴァは、意外そうな顔をしている。
ふぅ、と息を整え私は、第二の作戦に打って出た。
「ごめんなさい。改心したいと言っておきながら、さっそく私はシヴァに隠していることがあるわ」
「隠していること、ですか」
「そう。でも、それをまだシヴァに言うことができない。急に私の態度が改まったのも関係していることだけど……」
作戦と言うほど立派なものじゃない。ただ、言えないと。最初から伝えておくだけの簡単なことである。
シヴァみたいに頭がキレそうな人に頑張って隠し事をしても、どこかできっとボロが出ると思うから。
それに彼は私の専属執事。引きこもりニート生活を脱却するうえで、シヴァのサポートは必要不可欠になってくるだろう。それならば、逆に協力してもらったほうが都合が良い。
「シヴァからしたら私はどこか変に映るかもしれないわ。だけど、自分を変えたいということに嘘偽りはないから。……だからシヴァ、今のことを聞いたうえで、もう一度言うね」
そうして私は、さきほどと同じ言葉を繰り返し伝えた。
「シヴァ、こんな私ではあるけれど、これからよろしくお願いします」
私は自分の手をシヴァのほうへと差し出した。ふっくらと膨れ上がったクリームパンのような手を、シヴァはじっと見ている。
(沈黙がつらい……)
堪らず私は目を瞑りかけてしまう。緊張のあまり速まる鼓動を落ち着かせようと、細く息を吐いた。
「マルフィルお嬢様」
――不意に、震えてしまいそうになる私の手を、シヴァが優しく触れてきた。
目の前の光景に、思わずごくりと唾を飲み込む。
驚いた。流れるような動作で包み込んだ私の手に、己の唇に寄せたシヴァは、ゆっくりとその甲に口付けを落としてきたから。
「繰り返しお伝えさせていただきます。私はマルフィルお嬢様に仕えることを不服だと感じたことはございません。ご自身で変わりたいと決意したのであれば、お嬢様を掌中の珠としてお傍で見守る所存です」
手の甲にする口づけは、人によってさまざまな意味となり得る。執事、つまりは自分に仕える使用人からされた場合、それは間違いなく偽りのない『忠誠を誓う』ということになるのだ。
(掌中の珠て、すごいこと言われてしまったんだけど)
執事とは皆似たようなものなのだろうか。
なぜこうも私に忠義を見せてくれるのだろう。彼はお父様の手配で屋敷にやって来たのだと、侍女たちが噂していた。となると、動向を見張るよう命じられたから、こうして難なくそばにいれるように頭を下げているのだろうか。
(……って、考えがひねくれてるかも)
そうであったとしても、シヴァがこうして忠誠を示してくれた以上、私は便乗して信じていきたいと思う。
「ありがとう、シヴァ」
……ここだけの話、かなり心細かったッ!!
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