マルフィル嬢の日々

夏千冬

文字の大きさ
5 / 5

4話 びっくり

しおりを挟む


「それでシヴァ、さっそくお願いがあるんだけど」
「はい、なんでしょう?」
「私が心を改め直したことを、もし誰かに詳しく問われた時、シヴァのおかげだということにしたいの」

 つまりは、シヴァが私に誠心誠意仕えてくれたことにより、これまでのことを悔い改め猛省し、自分を見つめ直すことができた。そういうことにしておいて欲しいのだ。
 突然きっかけもなく、良い方向に性格が変わったのだとしても、きっと悪目立ちしてしまう。
 だからシヴァに、そのきっかけの人となって欲しかった。

「私は構いませんが……ふふ、何だか恐縮してしまいますねえ」

 そのわりにシヴァは楽しそうだった。でも許可してくれるならいいや。

 なんとかシヴァとこれから関係が築けていけそうで安心したところで、私はおもむろにソーセージが盛られた皿を手にする。

「お嬢様、どちらへ?」
「これ、厨房に返しに行こうと思って。痩せようって言っているのにこんな脂っこいもの食べれないから。残りはスープの具にでもしてもらう」

 それを夕食のスープとしていただけばカロリーの心配はない。果たして私の胃袋が満足するかはわからないけれど。今夜試しに普通の食事量にしてどの程度空腹になるのか調べよう。
 寝るだけの夜は、軽食とスープとか、昼間より少なめにして調節。前世で見たダイエット番組とかでも、やはり健康に支障をきたさず痩せるには、バランスの良い食事と適度な運動に限ると言っていた。

「それでしたら、私が料理長に報告致しますが……」
「ううん、自分で言っておきたいから」

 シヴァは考える素振りをしている。厨房に貴族のお嬢様が入るのが体裁的によくないと思っているのかもしれない。

 私が向かおうとしている大厨房があるのは、敷地内の主たる本邸で、ここは別邸にあたる。シヴァが毎食後の紅茶を用意している場所は、別邸の使用人用の小厨房で、確かに準備しっぱなしのはずだ。

「あそこは他の侍女たちも休憩中に使ってるし、もし小休憩を挟む人がいれば、その人たちに紅茶を飲んでもらって」
「……かしこまりました。何かありましたら、すぐにをお呼びください。必ず参りますので」
「え、うん。わかったけど……」

 ……名前を呼べって、大声で? 無理じゃん?

 シヴァを見返すと、すでに厨房へ向かおうとする私に頭を下げた。
 こちらが先に動くまで頭を下げているようだったので、私はそそくさに廊下へ出る。

(そういえば私、ご飯以外の目的で部屋を出るのって何ヶ月ぶり? あれ、それって、ほぼ体を使ってなかったんじゃ……)

 その恐ろしい事実に気づいた私は、より大きく歩幅を広げて大厨房を目指した。



「え!? ま、マルフィルお嬢様……!?」

 廊下を少し歩いたところで、乾拭きを手にした侍女と鉢合わせた。おどおどした様子で端に控えると、全力でこうべを垂れていた。

(名前は、なんだっけ……。だめだ、記憶にない)

 王都の屋敷もそれなりに大きいので、侍女の数も比例して多くなる。そのすべてを私は覚える気がなかった。顔は見覚えあるんだけど……ダメだ、まったく出てこない。
 ただ、よく別邸の仕事を任されていたような気がする。食堂へ向かう最中に何度か見かけたことがあったけど、話したことは一度もない。

「えっと、お掃除ご苦労さまです」
「……え」

 とりあえず、無難に労いの言葉をかける。侍女の顔には「聞き間違い?」と素直に書いてあった。
ゆるく二つに結われた茶色い髪がふわふわと揺れている。くせっ毛なのかな。そのせいか全体的にほんわかと柔らかい印象が感じとれた。

「お名前を教えてもらってもいい?」
「え、え? あ、いえ……わたくしはミーシャと申します」
「そう、ミーシャ……可愛いお名前ですね。いつも別邸の掃除を丁寧にしてくれてありがとう」

 ああ、そういえば。私が部屋で奇声をあげたときに扉を叩いていた人もミーシャなのかもしれない。声が似ている。

「あの……はい、滅相もございません」

 魂が抜けたような、気の抜けたミーシャの声に思わず私は苦笑してしまった。そりゃ、朝食の席ではブーブー好き放題に我が物顔でいた人間からしたら考えられない変化だものね。
 ミーシャは私と同年代か、違っても一、二歳ほど離れているぐらいだろうか。可愛らしい顔をしたミーシャの頬は、労いの言葉を受けたことにより紅潮している。

 いきなり驚かせちゃったなあ、と悪く思っていたところで……私ははたと気がついてしまった。

(同い年くらいといえば……私って、思い出そうとしても誰もいないんだけど……友達っ!)

 ああ、切ない。学園に通っていたときも、取り巻きは途切れ途切れにいなくなっていたし、心を許せる同性の友達なんて一人もいなかったのだ。

屋敷で働いている侍女たちは、歳が近い人もかなりいるはずだけど、今度お茶に誘ったら付き合ってくれるだろうか。

「それじゃあ、私は行くところがあるから。お仕事頑張ってね」

 私の様子に仰天し過ぎてフリーズしているミーシャに、小さく片手を振る。未だにミーシャは動かない。起きてる?

「は、はい……ほんじつも、おしごと、がんばらせていただきます」

 ふにゃふにゃとした、不安定な声。
 ……これは、ダメだあ。

 こうして大厨房へたどり着くまで、何度かほかの侍女や使用人たちと同じような問答を繰り返した私は――見事、屋敷中の者たちを震撼させていたのであった。
しおりを挟む
感想 21

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(21件)

Yumi
2025.03.07 Yumi

とてもおもしろくて短編からこちらも読ませて頂きました。更新が無いようでとても残念です。再開楽しみにしております。

解除
ひつじ
2021.08.15 ひつじ

今更ですが…短編から来ました!
面白くて、続きが気になる作品です‼️
作者さま、是非とも更新お願いします‼️

解除
まっちゃん
2019.04.27 まっちゃん

更新お待ちします。短編の先が気になって!よろしくお願いします。

解除

あなたにおすすめの小説

ナイスミドルな国王に生まれ変わったことを利用してヒロインを成敗する

ぴぴみ
恋愛
少し前まで普通のアラサーOLだった莉乃。ある時目を覚ますとなんだか身体が重いことに気がついて…。声は低いバリトン。鏡に写るはナイスミドルなおじ様。 皆畏れるような眼差しで私を陛下と呼ぶ。 ヒロインが悪役令嬢からの被害を訴える。元女として前世の記憶持ちとしてこの状況違和感しかないのですが…。 なんとか成敗してみたい。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

蝋燭

悠十
恋愛
教会の鐘が鳴る。 それは、祝福の鐘だ。 今日、世界を救った勇者と、この国の姫が結婚したのだ。 カレンは幸せそうな二人を見て、悲し気に目を伏せた。 彼女は勇者の恋人だった。 あの日、勇者が記憶を失うまでは……

『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

婚約破棄は踊り続ける

お好み焼き
恋愛
聖女が現れたことによりルベデルカ公爵令嬢はルーベルバッハ王太子殿下との婚約を白紙にされた。だがその半年後、ルーベルバッハが訪れてきてこう言った。 「聖女は王太子妃じゃなく神の花嫁となる道を選んだよ。頼むから結婚しておくれよ」

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。