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4話 びっくり
しおりを挟む「それでシヴァ、さっそくお願いがあるんだけど」
「はい、なんでしょう?」
「私が心を改め直したことを、もし誰かに詳しく問われた時、シヴァのおかげだということにしたいの」
つまりは、シヴァが私に誠心誠意仕えてくれたことにより、これまでのことを悔い改め猛省し、自分を見つめ直すことができた。そういうことにしておいて欲しいのだ。
突然きっかけもなく、良い方向に性格が変わったのだとしても、きっと悪目立ちしてしまう。
だからシヴァに、そのきっかけの人となって欲しかった。
「私は構いませんが……ふふ、何だか恐縮してしまいますねえ」
そのわりにシヴァは楽しそうだった。でも許可してくれるならいいや。
なんとかシヴァとこれから関係が築けていけそうで安心したところで、私はおもむろにソーセージが盛られた皿を手にする。
「お嬢様、どちらへ?」
「これ、厨房に返しに行こうと思って。痩せようって言っているのにこんな脂っこいもの食べれないから。残りはスープの具にでもしてもらう」
それを夕食のスープとしていただけばカロリーの心配はない。果たして私の胃袋が満足するかはわからないけれど。今夜試しに普通の食事量にしてどの程度空腹になるのか調べよう。
寝るだけの夜は、軽食とスープとか、昼間より少なめにして調節。前世で見たダイエット番組とかでも、やはり健康に支障をきたさず痩せるには、バランスの良い食事と適度な運動に限ると言っていた。
「それでしたら、私が料理長に報告致しますが……」
「ううん、自分で言っておきたいから」
シヴァは考える素振りをしている。厨房に貴族のお嬢様が入るのが体裁的によくないと思っているのかもしれない。
私が向かおうとしている大厨房があるのは、敷地内の主たる本邸で、ここは別邸にあたる。シヴァが毎食後の紅茶を用意している場所は、別邸の使用人用の小厨房で、確かに準備しっぱなしのはずだ。
「あそこは他の侍女たちも休憩中に使ってるし、もし小休憩を挟む人がいれば、その人たちに紅茶を飲んでもらって」
「……かしこまりました。何かありましたら、すぐに私の名をお呼びください。必ず参りますので」
「え、うん。わかったけど……」
……名前を呼べって、大声で? 無理じゃん?
シヴァを見返すと、すでに厨房へ向かおうとする私に頭を下げた。
こちらが先に動くまで頭を下げているようだったので、私はそそくさに廊下へ出る。
(そういえば私、ご飯以外の目的で部屋を出るのって何ヶ月ぶり? あれ、それって、ほぼ体を使ってなかったんじゃ……)
その恐ろしい事実に気づいた私は、より大きく歩幅を広げて大厨房を目指した。
「え!? ま、マルフィルお嬢様……!?」
廊下を少し歩いたところで、乾拭きを手にした侍女と鉢合わせた。おどおどした様子で端に控えると、全力でこうべを垂れていた。
(名前は、なんだっけ……。だめだ、記憶にない)
王都の屋敷もそれなりに大きいので、侍女の数も比例して多くなる。そのすべてを私は覚える気がなかった。顔は見覚えあるんだけど……ダメだ、まったく出てこない。
ただ、よく別邸の仕事を任されていたような気がする。食堂へ向かう最中に何度か見かけたことがあったけど、話したことは一度もない。
「えっと、お掃除ご苦労さまです」
「……え」
とりあえず、無難に労いの言葉をかける。侍女の顔には「聞き間違い?」と素直に書いてあった。
ゆるく二つに結われた茶色い髪がふわふわと揺れている。くせっ毛なのかな。そのせいか全体的にほんわかと柔らかい印象が感じとれた。
「お名前を教えてもらってもいい?」
「え、え? あ、いえ……わたくしはミーシャと申します」
「そう、ミーシャ……可愛いお名前ですね。いつも別邸の掃除を丁寧にしてくれてありがとう」
ああ、そういえば。私が部屋で奇声をあげたときに扉を叩いていた人もミーシャなのかもしれない。声が似ている。
「あの……はい、滅相もございません」
魂が抜けたような、気の抜けたミーシャの声に思わず私は苦笑してしまった。そりゃ、朝食の席ではブーブー好き放題に我が物顔でいた人間からしたら考えられない変化だものね。
ミーシャは私と同年代か、違っても一、二歳ほど離れているぐらいだろうか。可愛らしい顔をしたミーシャの頬は、労いの言葉を受けたことにより紅潮している。
いきなり驚かせちゃったなあ、と悪く思っていたところで……私ははたと気がついてしまった。
(同い年くらいといえば……私って、思い出そうとしても誰もいないんだけど……友達っ!)
ああ、切ない。学園に通っていたときも、取り巻きは途切れ途切れにいなくなっていたし、心を許せる同性の友達なんて一人もいなかったのだ。
屋敷で働いている侍女たちは、歳が近い人もかなりいるはずだけど、今度お茶に誘ったら付き合ってくれるだろうか。
「それじゃあ、私は行くところがあるから。お仕事頑張ってね」
私の様子に仰天し過ぎてフリーズしているミーシャに、小さく片手を振る。未だにミーシャは動かない。起きてる?
「は、はい……ほんじつも、おしごと、がんばらせていただきます」
ふにゃふにゃとした、不安定な声。
……これは、ダメだあ。
こうして大厨房へたどり着くまで、何度かほかの侍女や使用人たちと同じような問答を繰り返した私は――見事、屋敷中の者たちを震撼させていたのであった。
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