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第一章
11. 我慢できずに
しおりを挟む私を先頭に、コクランさん、その後に黒いライオンが付いてきていたのだが、傍から見たら絶対シュールな絵だろうと思い浮かべて顔がにやける。
廊下では肌寒く照明も足元にしかなかったので、場所をラウンジに移して明かりをつけ、コクランさんにはソファに座ってもらった。黒いライオンはコクランさんのすぐ傍に腰を下ろし、不思議そうに私を見つめている。
『コクラン、一体どうなってるの? もしかしてオレ寝ぼけてたの』
「ああ、そうだ。グラン」
『あれー……おっかしいなぁ。なんでだろ』
状況が掴めていないグランと呼ばれている黒いライオンは、顔をコクランさんの膝に寄せて尋ねていた。膝にちょんちょんと鼻で突っついてる行動がポイント高い。可愛らしい。小さい動物がやってももちろん可愛いのだが、大きな動物がやることによってそれはそれでいいのだ。素晴らしい、いいと思います。
しかもその立派な図体で口調が少し天然系なのも意外である。どちらも私に話を盗み聞きされているとは思ってもいないのだろう。
「それにしても驚きました。ライオンの名前はグランっていうんですか?」
事のあらましをコクランさんがグランに話し終わったのを確認してから、私は彼らに問うた。
「まあ、そうだな。……すまない、店主には黙っていた」
『キーが宿屋ではオレのこと隠したほうがいいってコクランに言ったから。でもオレ寝ぼけてたみたい。驚かせてごめんね』
コクランさんが頭を下げる横で、彼は悪くないんだよと訴えるようにガウガウッと鳴いたグラン。
ガウガウだけにあれだけの言葉が詰められている。他の動物と話していてもそれは同じで、いつも感心していた。
『コクラン~、やっぱり出て行くの? オレ嫌だよ、雨の中出て行くの。ここ居心地いいのに』
「仕方がないだろう」
コクランさんもグランも、なぜか出て行く前提で話し始めているので、まずは彼らを安心させようと思う。
「最初に言っておけばよかったんですが、ここは亜獣人の宿泊と同様に、相棒動物との宿泊も受け付けているんですよ」
「それは、つまり」
「出て行け、とでも言われると思ってたんですか? そんなこと思ってたとしてもお客様には言いません。……あ、出て行けって思ってないですからね!」
いらぬ事を言ってしまったので、両手をアワアワ振って弁解すると、コクランさんとグランは顔を見合わせていた。なにその意思疎通。
よく見たらコクランさんの耳と、グランの耳はそっくりだ。ということは、コクランさんは獅子の亜人なのかもしれない。亜人は相棒に同じ種族の動物を連れてるといわれていたから。例外も多くあるけれど。
「突然押しかけて泊めていただいたにも関わらず、隠していたこと、本当に申し訳ない」
「相棒動物がいるかどうか確認していなかったのは私の不手際ですし、もう謝らないでください」
コクランさんったら今夜で一体何回謝ってるんだろうか。ただ腰が低い感じではなく、どことなく気品すら匂うのは彼が百獣の王と名高い動物の亜人だからだろうか。
でも、何度か見えてしまったコクランさんの尻尾はライオンって感じじゃなかったんだけどな。どちらかというとオオカミやジャッカルっぽいふさふさの尻尾だった。
べつに同種の動物と似た耳や尻尾になるわけじゃないのかも。私の亜獣人に関しての知識は普通の人と変わらないから知らないことのほうが多い。
『じゃあ、出て行かなくてもいいの?』
立ち上がったグランが反対側の椅子に座った私のほうに近寄ってくる。思わずいいよと答えそうになったが、ギリギリのところで口を噤んだ。
「こら、グラン」
私の足に鼻を寄せてクンクンと匂いを嗅ぐグランに、コクランさんは半分腰を浮かして戻るように言っていたが、どうやら興味津々で聴こえていないらしい。
「……ちょっと確認なんですけど、急に噛んだりとかはしないですよね? すごいフガフガ匂い嗅がれてるんですが」
噛まないことはグランの声でわかっているのだが、あまりにも私が動じなくてコクランさんが不審がっていたので、少し心配げに尋ねてみる。
「契約獣は基本、契約者の意思を無視して人を襲ったりはしない。むしろグランは契約獣の中でも友好的だと思う」
「けいやくじゅう?」
「契約獣は、契約を結んだ動物を指している言葉だ」
「へえ、そうなんですね」
「店主、怖くはないのか?」
説明を聞きながらも足をくんくんしているグランに夢中だった私に、コクランさんは不思議がって眉を寄せていた。
「怖くないですよ、それにこの宿も猫がいるので。コクランさんも見ましたよね、黒い猫」
「いや、確かにいたが……グランはライオンだ」
「ええ、同じネコ科ですよね。こんなに近くでライオンを見たのは初めてですけど」
「……。大半の人間はそうだろうな」
少し呆れた声のコクランさん。
ふと思い立った私はスッと椅子から立ち上がり、その場で正座をする。
「店主、一体何をしているんだ?」
『なに、なに?』
「あの、ちょっといいですかね。ちょっとなので」
正座するとグランは釣られてお座りをして、ちょうど分厚く毛並みの良い鬣が目の前にあった。
「……失礼します!」
――もふっ。
「店主!?」
『くすぐった』
きっと我慢していた眠気が後押ししてしまったんだろう。
さっきの鬣の手触りが忘れられず、欲望に駆られた私は、勢い余って両手をグランの鬣に埋めていた。
今回のルナンさん、控えめに暴走気味でした。
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