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第一章
15. 温かな食事
しおりを挟む「コクランさん、野苺は食べられますか? それとグランも」
「ああ」
「キャウ!」
主人と同じく「食べられる!」と元気よく鳴いたグランは、昨晩のようにミニチュアサイズまで縮んでいた。グランいわく食べ物によって小さくいたほうが食べやすいかららしい。
食堂はそれほど広いというわけではないけれど、無垢な木材がふんだんに使われた温かみのある一室に仕上がっている。ドライフラワーや、小さな小物だったりと、奇抜な色の物は避け、目に優しい色合いで統一させていた。
朝は窓から差し込む日光で事足りるが、夜になると反応して光る照明の鉱石の出番で、蝋燭に似た明かりがふんわりと照らし幻想的な空間を作り出してくれる。これも最初からあったものだ。
カウンター席が五つと、テーブル席が四つ、テラスにテーブル席が二つあり、配置によっては大人数でも食事が摂れるようにはなっていた。前の住人が酒好きだったようで、カウンターはこじんまりとしたバー仕様になっていた。そしてその奥が厨房になる。
とはいっても規模は小さめなので、厨房に立っていても食堂全体に目が届くようになっている。
「定番の二段重ねにしてみました」
焼くのは厨房、盛り付けはカウンター内で行った。
自分の朝食と違い野苺を惜しむことなくゴロゴロとあしらい、蜂蜜とメープルシロップが入れられた二つの小瓶も一緒にカウンターに置く。
命名、大自然の採りたて野苺ホットケーキといったところか。残った野苺はジャムにして保存しよう。
「グランはどうしましょう。野苺はいいとしてもホットケーキとかシロップは……」
コクランさんの隣の椅子に座ったグランは、出されたホットケーキの匂いをずっと嗅いでいたが、私の言葉に大きく吠えた。吠えたといっても体が小さいので「きゃいん!」くらいの威力しかない。いいぞ。
『オレ、何でも食べれるよ。これもおいしそう』
胸を張ってえっへんと鬣をふんわりさせるグラン。
何でも食べれちゃうのか……異世界ってやっぱり地球基準に考えたら全部規格外になっちゃうわ。
というとことは、グランにも同じものでいいだろう。食べやすいように切り分けてあげよう。
ただ、あくまで私はグランの声が聞こえないと思われているので、この確認もコクランさんにしないといけない。
「コクランさ……コクランさん?」
なぜか目前に置かれた皿をぼんやりと眺めているコクランさん。まるでホットケーキを初めて見るような顔をしていた。
村にいた頃、蒸しパンのような菓子があったのでホットケーキもあるものと思っていたけれど、まさか存在すらなかったりするのだろうか。
『コークーラン、コクラン』
待ちくたびれたグランが自分の尻尾を利用して器用にコクランさんの背を叩く。
「ああ、すまない。これがホットケーキか」
「ええ、そうですけど。もしかして、あまり馴染みのない食べ物なんですか? 私の故郷ではよく朝食や子どものおやつの時間に作られていたんですが」
「いいや、どうだろう。……俺が、無知なだけかもしれない」
含みのある言い方。かすかに陰りが差した顔に、深く聞いてはいけない気がした。
「グランは食べてはいけないものとかあるんですか?」
「特にないよ。基本は何でも食べるが」
グランが言っていた通りだ。
「……いや、あれは駄目だったな」
「えっ、何ですか?」
「ヒメイドロ」
「……なるほど」
『だってアイツら根っこから出すとうるさいし』
カブに似た野菜の一種であるヒメイドロは、根っこから出すとたちまち赤子の鳴き声を二倍高くしたような声で鳴かれる面倒くさい野菜である。
静かにさせるには、笑わせ、疲れさせてなお眠らせないといけない。一度眠ってしまえば丸一日は起きないので、その間に切るなり煮るなりする。
ただし、迅速に対応しなければ魔物が寄ってくる性質があるので、簡単に収穫できる野菜ではなかった。すぐ黙らせるとしたら丸々飲み込んで生のまま食べるしかないが、そんなの人間業では無理である。
食べるまでが面倒くさいという理由で、グランも苦手なのだろう。
「蜂蜜やメープルシロップは毛について口元がベタつくと思うんですけど、グランはどうしますか?」
『うーん、なくていいよ』
「いらないそうだ」
「はい、わかりました」
そうしてグランにも同じように作ってカウンターに置くと、コクランさんはそれを手に取った。
「床に置いて構わないか?」
「大丈夫ですよ」
なるほど、ちゃんと自分たちで決まりがあるようだ。グランも当たり前のように床に降りて、ようやく食事にありつけた。
切り分けたホットケーキと野苺を器用に口に入れ、はぐはぐと食いついている。その様子を見れば味は保証されたも同じだろう。
一方、コクランさんは未だフォークとナイフを手に固まっていた。ローブの間から伸ばした腕に、食べづらくはないのか疑問に思うが、この場合、脱ぎたくなさそうなので指摘するのも逆に失礼だと思った。テーブルマナーじゃあるまいし、よほどのことがない限り自由に食べて欲しい。
街の酒場でも、旅人が外套や荷物を背負ったまま食事を摂る光景は常にあった。
「そこに置いた蜂蜜か、メープルシロップをかけた方がいいかもしれません」
あまりにもぎくしゃくと固まっているものだから、ついお節介を挟めば、コクランさんはハッとしてナイフとフォークを皿の脇に置いた。
頼りなくふたつの小瓶の間をさまよう手は、黄金の蜜を選んだ。なんとも辿々しい様子に思わず凝視してしまう。
男の人に野苺盛り沢山のホットケーキという存在感のある組み合わせだ。甘い食べ物だけど、果たして口には合うかどうか。
ナイフを入れ、コクランさんはゆっくりと口に切り分けたものを運ぶ。
少し、その肩が震えた。
「……温かい」
心の底から、驚いたような言葉だった。
味云々の前の変わった感想に、この人も変わっているなあと思う。
「作り立てですからね。やっぱり食事は温かいほうが美味しいですよね」
「ああ、冷めていない料理というのは全く違うんだな」
まるで初めて知ったような言い草だ。
コクランさんは獅子の亜人なのだから、猫舌なのかもしれない。だけど、昨日のホットミルクは冷めないうちに飲んでいたし。謎である。
「……そうだ、飲み物をお出ししますね。何かご希望はあります? コーヒー類、紅茶類、あとは薬草茶などありますけど」
いつまでも私に見られていては落ち着かないだろう。カウンター内にある壁に取り付けられた飾り棚には、豊富な種類の茶葉などが瓶に入れて保存されている。調合に使えるものもあるが、こちらに置いてあるのは完全に飲食用と分けてあった。
いやあ、レリーレイクって色んな国の輸入品が売られているもんだから、つい買っちゃうんだよね。気づけばこんな飾り棚がいっぱいに……。
『オレはミルク飲みたい。昨日、コクランが飲んでたの』
ああ、牛のミルク? そういえばグランは麻袋に入っていて飲んでいなかったな。
「グランは、牛のミルクかな」
「きゃん!」
「コクランさんはどうします?」
もぐもぐと食べ進めているコクランさんは、飾り棚を眺めて眉を顰める。種類が多過ぎてわからないという顔をしていたので、いくつかチョイスしておすすめする。
「これは東の方にある民族国の『カトラ』というコーヒーです。口当たり爽やかで、苦味がなく、ほど良い芳ばしさがありますが、子どもでも飲めるくらい自然の甘みがありますよ」
ここで、コクランさんの瞳孔が開いた。
「……では、それを」
「はい、わかりました」
コクランさんにはカトラコーヒー、グランには牛の乳を準備する。
『ねえ、コクラン。このご飯、あったかくて美味しいね』
「……ああ、そうだな」
厨房で湯を沸かしていると、そんな会話が聞こえてきた。
気に入ってくれたのだろうか。
野苺を散りばめただけの、ただのホットケーキだったが、偽りないふたりの言葉に作って良かったと嬉しくなった。
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