黒魔女さんのペンション経営

夏千冬

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第一章

4. 21時03分

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 夜のとばりが下りて程なく、昼間のリスに言っておいた通り、私は保護の術を強めるべく箒を使って屋根の上に座っていた。

 今日は雲がないから月が綺麗に見える。
 淡い光が降り注ぐ中、私はまぶたを閉じてそれを一身に浴びた。

「月の魔力を取り込むのも、上手くなったものだ」
「私の力の源だからね」


 ――――私には魔女術を扱うための魔力が極わずかしかない。
 小さい時にそう村の人々から言われ、リリアンにも下に見られ、魔女術の初歩の初歩である小物を浮かすこともできないのだと、師匠と出会うまでは私も思っていた。
 けれど、それは違うと師匠は教えてくれたのだ。
 私は魔女は魔女でも『黒魔女』。月の魔力を体内に取り込んで魔女術を操るタイプの魔女。
 月の光は生物すべてを虜にする力があると言い伝えで聞くけれど、その月光が動力源になるとは思ってもみなかった。

『まあ、仕方ないな。お前と同様に黒魔女と呼べたのは――ただ一人、ノヴァだけだ』

 ノヴァ。
 魔女の、一族の一番初めの御先祖の名前。
 ノヴァと自分が同じタイプだったとは考えもしなかったが、月の光を力にして起こす魔女術はより強大な威力を秘めているのだと師匠は言っている。
 基本的に魔女は産まれた時に自分の体に取り込める魔力量が決まっていて、いくら食事をしたり休んだりしたとしても、決められた大きさの器以上に魔力を貯めることはできない。これが一般的な魔女のタイプ。一般的といっても、現在は妹のリリアンだけ。

 一方私の場合。
 体内に取り込める魔力量は決まっていない。
 つまりは月の光を浴びれば浴びるだけ自分の体に魔力を貯めておくことができる。その月光の魔力を使った魔女術は質が違う……らしい。まだ実感はないが、自分の技術で幅も広がっていくようだ。

 それを師匠に教えてもらった日から毎日欠かさず日光浴ならぬ月光浴をしていた私の貯蓄魔力はめちゃくちゃな量になっているだろう。
 あの頃の私はリリアンの召使い生活で嫌気がさしていて、自分に秘めたる力が隠れているのではと期待していたわけなんですけど。本当に秘めたる(?)力があったのには驚きである。

「……師匠は」
「うん、なんだ?」
「本当によく知ってるよね。魔女のこと、黒魔女のこと、本当にたくさん」
「わしは特別だからな」

 私は師匠が魔女に関する知識に長け、キュウリが大好物だということ以外何も知らない。聞いても上手くはぐらかすので、私も深く問いただしたりはしていなかった。
 使い魔というのは、みんな師匠みたいな感じだったのだろうか。




「うん、これぐらいで大丈夫かな?」

 保護の術の強化を終えてひと息吐いた私に、師匠はまずまずと言った顔をした。

「途中気は乱れはしたが、まぁいいだろう」
「師匠が隣でキュウリなんかかじるからじゃない……」
「あっはっは。わざとに決まっておろうが。これもお前の集中力を高めるものだというのにのう」
「そうですかそうです。じゃあそろそろ中に入ろう。雨が降りそうだから」

 ただキュウリを食べたかっただけというのは十年の付き合いでお見通しだが、空を見上げるといつの間にか分厚い灰色の雲で覆われ始めていることに気づいた。これはひと雨きそうである。

 私は箒を使って地面に降り立ち、入口前の段差横のランプの火を弱め、紐でぶら下げた看板をひっくり返した。

《宿泊受付 朝六時から夜八時、
 素泊まり受付 夜九時まで》

 宿泊受付の時間はもう過ぎてしまった。
 素泊まり受付終了の時間まではあと少し。これから雨も降りそうなので、素泊まりのお客様も来なさそうである。

 本日のお客様0人の事実に苦笑いを浮かべていれば、右頬に何かが落ちて弾けた。……雨粒だ。

「もう降ってきた!」

 急いで建物の中へ入ると、先ほどの静かな夜から嘘のような土砂降りの天気へ変わっていた。
 今晩はやみそうにないだろう。
 昼間はダンジョンが騒がしかったようだが、この大雨では魔物も外をうろつくことなく大人しくしてそうだし、心配いらなかったかな。

 エントランス以外の施錠はしたので、あとは九時になるまで待つだけだった。



「あ、九時だ」

 カウンターに座って今日の帳簿付けをしている途中、ふと伸びをして顔を上げると、時刻はすでに九時を回っていた。
 はい、本日も素泊まり客は0人。
 最後の記入欄である素泊まり人数を書こうとした、その時。


 カランコロン。

 来客を知らせる涼しげなベルの音が、ロビーに響き渡った。


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