もう一度、君を好きにる時間

なべぞう

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芽生える思い

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『いないよ』

送信したあと、しばらくスマホを見つめたまま動けなかった。

心臓の鼓動がやけにうるさい。

なぜこんなに緊張しているのか、自分でも分からない。

前の人生でも恋愛はした。

結婚もした。

それなのに――

「……なんでこんなにドキドキしてるの」

小さく呟く。

しばらくして返信が来る。

『そっか。ならよかった』

よかった?

何が?

続きを待っていると、すぐ次のメッセージが届く。

『今度さ、ちゃんとデートしない?』

指先が止まる。

デート。

その言葉が、やけに現実味を持って迫ってくる。

前の人生で恒一と付き合ったときも、こんな風に正式な誘いを受けた記憶はない。

なんとなく一緒に帰り、なんとなく食事に行き、気づけば付き合っていた。

でも今回は違う。

ちゃんと、言葉にして誘われている。

(どうしよう……)

怖い。

また同じ失敗をするかもしれない。

また誰かに依存して、自分を見失うかもしれない。

でも。

もし怖いからといって何も選ばなければ、未来は変わらない。

『……いいよ』

送信した瞬間、胸の奥が熱くなる。

すぐ返信が来る。

『マジで?じゃあ日曜空いてる?』

『空いてる』

『よし、決まり』

思わず笑ってしまう。

こんなやり取りが、こんなに楽しいなんて。

前の人生の自分は、いつからこんな感情を忘れていたのだろう。

ベッドに倒れ込み、天井を見る。

(……恋、なのかな)

まだ分からない。

でも、一緒にいる時間が楽しい。

もっと話したいと思う。

それだけで十分なのかもしれない。

スマホがまた震える。

今度は別の名前だった。

――恒一。

一瞬、呼吸が止まる。

メッセージを開く。

『さっきはごめん。急だったよな』

少し意外だった。

前の人生では、彼はあまり謝るタイプではなかった。

『いや、大丈夫だよ』

返信する。

しばらくして、またメッセージが来る。

『最近さ、美月変わったよな』

心臓が跳ねる。

『そう?』

『うん。前より楽しそう』

画面を見つめる。

恒一の記憶の中の自分は、どんな顔をしていたのだろう。

未来の結婚生活では、きっと疲れた顔ばかりしていた。

『なんか、遠くなった感じする』

その一文に、胸の奥が少しだけ痛む。

彼もまた、何かを感じ取っているのだろう。

でも――

戻ることはできない。

『気のせいだよ。これからも友達でしょ』

少し間が空く。

そして返ってきた。

『……そだな』

それ以上、メッセージは来なかった。

スマホを置き、静かな部屋を見渡す。

前の人生では、この部屋で将来の不安ばかり考えていた。

でも今は違う。

未来はまだ決まっていない。

選び直せる。

(……日曜、何着ていこう)

そんなことを考えている自分に気づき、思わず笑ってしまう。

新しい恋が始まる予感。

それは、少し怖くて。

でも同時に、胸が高鳴る感覚だった。

そしてその夜、美月は気づかない。

日曜日の朝。

目が覚めた瞬間、美月は数秒間ぼんやり天井を見つめていた。

(……あ)

今日、デートだ。

その事実を思い出した途端、心臓が急に忙しくなる。

大学時代の自分に戻ってから、こんな風に予定を楽しみにする朝は初めてだった。

前の人生では、休日はいつも夫の予定に合わせていた。

仕事で疲れているから、と家で過ごすことが増え、気づけばどこにも出かけなくなっていた。

だからこそ、準備をして出かけるだけで、こんなにも気持ちが違うことに驚く。

クローゼットを開け、服を見つめる。

(気合い入れすぎも変だよね……)

かといって、適当すぎるのも嫌だ。

悩んだ末、春らしい淡い色のワンピースとカーディガンを選ぶ。

鏡の前に立ち、少しだけ髪を整える。

そこに映るのは、まだ未来に疲れていない自分。

(……今度こそ、大丈夫)

小さく息を吐き、家を出た。



待ち合わせ場所の駅前に着くと、三浦はすでに来ていた。

こちらに気づき、軽く手を上げる。

「おはよう」

「おはよう。早いね」

「ちょっと緊張してさ」

三浦は苦笑する。

その様子に、美月も緊張が少し和らぐ。

「今日はどこ行くの?」

「水族館」

「え?」

思わず驚く。

「嫌だった?」

「ううん、嬉しい」

前の人生で、水族館なんて何年も行っていない。

結婚してからは、一度も。

電車に揺られながら、他愛ない話をする。

バイトの話、映画の話、好きな音楽。

沈黙が苦にならない。

それが不思議だった。

水族館に入ると、青い光が空間を満たしていた。

巨大な水槽の前で足を止める。

魚たちがゆっくりと泳ぐ。

その光景を見ていると、時間がゆっくり流れているように感じた。

「なんかさ」

三浦がぽつりと言う。

「俺、高校のとき付き合ってた人に振られてから、ずっと恋愛避けてたんだ」

少し意外だった。

「なんで?」

「重いって言われてさ」

苦笑する。

「相手のことばっか考えちゃって、自分なくなるタイプで」

その言葉に、美月は胸が痛くなる。

(……それ、前の私だ)

相手に合わせることばかり考えて、自分を後回しにしていた。

気づけば、何がしたいのか分からなくなっていた。

「でも最近思うんだよね」

三浦は水槽を見つめたまま言う。

「ちゃんと自分持ってる人となら、うまくいくんじゃないかって」

そして、少し照れたように笑った。

「……美月みたいな」

心臓が強く鳴る。

言葉が出てこない。

顔が熱くなる。

(これって……)

気づき始めていた気持ちが、はっきり形を持ち始める。

一緒にいると楽しい。

もっと話したい。

この時間が続けばいいと思う。

それはもう――

「……ありがとう」

やっとそれだけ言えた。

三浦は笑った。

水槽の青い光が、二人を包む。

その瞬間、美月ははっきり自覚した。

(私……この人のこと、好きになってる)

怖さは、まだある。

また失敗するかもしれない。

でも。

それでも、もう一度誰かを好きになりたいと思えた。

それだけで、このやり直しの人生には意味があった。

水族館を出るころには、夕暮れになっていた。

駅までの帰り道。

三浦が少し立ち止まる。

「今日さ、楽しかった」

「私も」

少し沈黙が流れる。

そして三浦は言った。

「また……一緒に出かけたい」

胸が温かくなる。

「うん」

笑って答える。
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