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一章 契約と回帰
四十九話
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ソラはベッドの上で天井を見上げ、深く息を吐いた。
一気に力が抜け、体の芯に残っていた緊張がようやくほどけていく。
――助かった。
そう思う反面、胸の奥に重たい違和感が沈んでいた。
自分は確かに死にかけた。
いや、「死んだ」と言ってもいいはずだ。
心臓を刺され、血が流れ、意識が薄れていった感覚は、夢ではない。
それなのに、こうして生きている。
ソラは自分の胸元に手を当てる。
鼓動はしっかりとあり、呼吸も安定している。
傷跡一つない皮膚が、逆に現実味を失わせていた。
そのとき、足元から小さな気配がした。
黒猫――クロが、ベッドのそばに座り、じっとソラを見上げている。
金色の瞳は、いつもよりも少しだけ静かで、どこか躊躇いを帯びていた。
『……体に異変は、ないか?』
その声は、普段よりも柔らかく、慎重だった。
ソラはゆっくりと上半身を起こし、手足を動かしてみる。
握る、開く、立ち上がる、深く息を吸う。
「……大丈夫だ。痛みもないし、違和感も……今のところは」
『そうか……』
クロは短く息を吐いたように見えた。
だが、それは安心というよりも、覚悟を固める前の間に近かった。
ソラはその様子に気づき、視線を落とす。
「クロ。昨日……俺に何があった?」
『……』
クロは一瞬、言葉を失った。
尻尾が小さく揺れ、視線が逸れる。
『話せば、お前は後悔するかもしれない。それでも聞くか?』
ソラは迷わず頷いた。
「聞く。知らないまま生きる方が、ずっと怖い」
クロはしばらく沈黙した後、ゆっくりと語り始めた。
『お前は、死に瀕していた』
淡々とした言葉だったが、その一言に重みがあった。
『心臓を刺され、出血も止まらず、意識もほとんどなかった。あのままなら、数分と持たなかった』
ソラの喉が小さく鳴る。
思い出されるのは、冷え切っていく感覚と、遠のく視界。
『そのとき、私はお前に問いかけた』
クロはソラの目を真っ直ぐに見つめる。
『「このまま死ぬか」「代償を払ってでも生きるか」と』
ソラは思い出す。
霞む意識の中で、それでも必死に口を動かした自分の声を。
「……生きたい、って言ったな」
『ああ。確かにな』
クロは肯定したが、その表情は晴れない。
『だがな、ソラ。死にかけた人間を引き戻すのは、簡単なことじゃない』
『奇跡には、必ず代価が要る』
ソラの背筋に、冷たいものが走った。
「……代償、って」
クロは一度だけ目を閉じ、静かに告げる。
『お前の寿命、十年分だ』
その言葉は、静かに、しかし確実にソラの胸に突き刺さった。
『それと、ショーイチローから渡された魔石。あれを贄にした』
「……寿命十年と、魔石」
『人間の十年は短くない。成長も、夢も、未来も削り取る時間だ。それを、たった一度の戦いのために支払うなど、本来釣り合いが取れていない』
クロの声には、明確な怒りが滲んでいた。
『私はおまえを生かすために最善を尽くした。だが、それでも……お前にそこまでの代償を背負わせたことは事実だ』
しばらく沈黙が落ちる。
やがて、ソラは苦笑するように肩をすくめた。
「……それだけ?」
『……は?』
クロの目が一気に細くなる。
『それだけ、とはなんだ』
「だってさ」
と言い、ソラは照れたように笑う。
「俺の寿命十年分で、みんなが助かって、ゴーマンも止められたんだろ? だったら……安い買い物だよ」
『……お前な』
クロは一瞬、言葉を失った。
『人間にとって十年がどれだけ重いか、分かって言っているのか』
「分かってるつもりだよ。でも――」
ソラは胸に手を当てる。
「俺は前の人生で、何も守れなかった。守るためのちからがなかった。……後悔しか残らなかった。
だから今回は……誰かを守れたなら、それでいい」
クロは呆然とソラを見つめていたが、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
『はは……はははは!』
「ちょ、なんで笑うんだよ」
『いや……見事だ。呆れるほどにな』
クロは涙を拭うように目を細める。
『私の契約者は……とんだ大馬鹿者だ、簡単な計算すらできていない…』
「ひどくない?」
『褒め言葉だ』
クロはそう言って、少しだけ声を落とす。
『ソラ、お前は命懸けの戦いに身を置いて命を落としかけた。それでも立ち上がった存在だ』
「……うん」
『次に同じことが起きても、同じ代償で済む保証はない』
ソラは静かに頷いた。
「だからさ」
彼はクロを見る。
「無茶しそうになったら、ちゃんと止めてくれ」
『……言われずとも』
クロは小さく鼻を鳴らし、ソラの膝の上に丸くなった。
『生きたいと願った責任は、これからの時間で返してもらう』
ソラはその温もりを感じながら、静かに目を閉じる。
削られた十年分の時間。
それでも――この命で、まだやれることは山ほどある。
そう、確信しながら。
一気に力が抜け、体の芯に残っていた緊張がようやくほどけていく。
――助かった。
そう思う反面、胸の奥に重たい違和感が沈んでいた。
自分は確かに死にかけた。
いや、「死んだ」と言ってもいいはずだ。
心臓を刺され、血が流れ、意識が薄れていった感覚は、夢ではない。
それなのに、こうして生きている。
ソラは自分の胸元に手を当てる。
鼓動はしっかりとあり、呼吸も安定している。
傷跡一つない皮膚が、逆に現実味を失わせていた。
そのとき、足元から小さな気配がした。
黒猫――クロが、ベッドのそばに座り、じっとソラを見上げている。
金色の瞳は、いつもよりも少しだけ静かで、どこか躊躇いを帯びていた。
『……体に異変は、ないか?』
その声は、普段よりも柔らかく、慎重だった。
ソラはゆっくりと上半身を起こし、手足を動かしてみる。
握る、開く、立ち上がる、深く息を吸う。
「……大丈夫だ。痛みもないし、違和感も……今のところは」
『そうか……』
クロは短く息を吐いたように見えた。
だが、それは安心というよりも、覚悟を固める前の間に近かった。
ソラはその様子に気づき、視線を落とす。
「クロ。昨日……俺に何があった?」
『……』
クロは一瞬、言葉を失った。
尻尾が小さく揺れ、視線が逸れる。
『話せば、お前は後悔するかもしれない。それでも聞くか?』
ソラは迷わず頷いた。
「聞く。知らないまま生きる方が、ずっと怖い」
クロはしばらく沈黙した後、ゆっくりと語り始めた。
『お前は、死に瀕していた』
淡々とした言葉だったが、その一言に重みがあった。
『心臓を刺され、出血も止まらず、意識もほとんどなかった。あのままなら、数分と持たなかった』
ソラの喉が小さく鳴る。
思い出されるのは、冷え切っていく感覚と、遠のく視界。
『そのとき、私はお前に問いかけた』
クロはソラの目を真っ直ぐに見つめる。
『「このまま死ぬか」「代償を払ってでも生きるか」と』
ソラは思い出す。
霞む意識の中で、それでも必死に口を動かした自分の声を。
「……生きたい、って言ったな」
『ああ。確かにな』
クロは肯定したが、その表情は晴れない。
『だがな、ソラ。死にかけた人間を引き戻すのは、簡単なことじゃない』
『奇跡には、必ず代価が要る』
ソラの背筋に、冷たいものが走った。
「……代償、って」
クロは一度だけ目を閉じ、静かに告げる。
『お前の寿命、十年分だ』
その言葉は、静かに、しかし確実にソラの胸に突き刺さった。
『それと、ショーイチローから渡された魔石。あれを贄にした』
「……寿命十年と、魔石」
『人間の十年は短くない。成長も、夢も、未来も削り取る時間だ。それを、たった一度の戦いのために支払うなど、本来釣り合いが取れていない』
クロの声には、明確な怒りが滲んでいた。
『私はおまえを生かすために最善を尽くした。だが、それでも……お前にそこまでの代償を背負わせたことは事実だ』
しばらく沈黙が落ちる。
やがて、ソラは苦笑するように肩をすくめた。
「……それだけ?」
『……は?』
クロの目が一気に細くなる。
『それだけ、とはなんだ』
「だってさ」
と言い、ソラは照れたように笑う。
「俺の寿命十年分で、みんなが助かって、ゴーマンも止められたんだろ? だったら……安い買い物だよ」
『……お前な』
クロは一瞬、言葉を失った。
『人間にとって十年がどれだけ重いか、分かって言っているのか』
「分かってるつもりだよ。でも――」
ソラは胸に手を当てる。
「俺は前の人生で、何も守れなかった。守るためのちからがなかった。……後悔しか残らなかった。
だから今回は……誰かを守れたなら、それでいい」
クロは呆然とソラを見つめていたが、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
『はは……はははは!』
「ちょ、なんで笑うんだよ」
『いや……見事だ。呆れるほどにな』
クロは涙を拭うように目を細める。
『私の契約者は……とんだ大馬鹿者だ、簡単な計算すらできていない…』
「ひどくない?」
『褒め言葉だ』
クロはそう言って、少しだけ声を落とす。
『ソラ、お前は命懸けの戦いに身を置いて命を落としかけた。それでも立ち上がった存在だ』
「……うん」
『次に同じことが起きても、同じ代償で済む保証はない』
ソラは静かに頷いた。
「だからさ」
彼はクロを見る。
「無茶しそうになったら、ちゃんと止めてくれ」
『……言われずとも』
クロは小さく鼻を鳴らし、ソラの膝の上に丸くなった。
『生きたいと願った責任は、これからの時間で返してもらう』
ソラはその温もりを感じながら、静かに目を閉じる。
削られた十年分の時間。
それでも――この命で、まだやれることは山ほどある。
そう、確信しながら。
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