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一章 契約と回帰
五十二話
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冷たい石造りの牢の中で、ゴーマンは鎖に繋がれたまま座り込んでいた。
湿った空気が肺にまとわりつき、鉄と血の匂いが鼻を刺す。
顔は原形を留めていない。
頬は腫れ上がり、鼻梁は歪み、唇は裂けて血の痕が固まっている。それでも――生きていた。
(……なぜだ)
自分でも理由は分からない。
あの一撃を受けてなお意識が残っているのは、元々の身体の丈夫さか、それとも――別の“意思”が働いたのか。考えようにも、思考は鈍く、ただ痛みだけが現実を主張していた。
その時、足音もなく“何か”が牢の前に立った。
――バシャッ。
突然、顔面に冷たい液体がかけられる。
「ぐっ……!?」
ゴーマンは反射的に目を閉じ、呻いた。
だが次の瞬間、焼け付くようだった顔の痛みが、嘘のように引いていく。
腫れが引き、裂けた皮膚が塞がり、歪んでいた骨の違和感が薄れていく。
(……ハイ、ポーション……?)
自分の顔にかけられた液体の正体に気づいた瞬間、ゴーマンの背筋に別種の寒気が走った。
誰だ。
こんな高価なものを、こんな場所で、こんなタイミングで使う人間は――
ゴーマンは、ゆっくりと顔を上げる。
そこに立っていたのは、人の形をしていながら、人とは呼びがたい存在だった。
全身が闇に覆われている。
衣服なのか、影そのものなのかすら判別できない。輪郭は曖昧で、光を拒むように揺らぎ、唯一はっきりしているのは――闇の奥に浮かぶ、二つの目だけ。
冷たく、深く、底知れない眼光。
それを見た瞬間、ゴーマンの喉がひくりと鳴った。
「……ボ、ボス……!?
な、なぜここに……!」
震える声でそう口にした瞬間、影の男の“気配”が僅かに揺れた。
それだけで牢の空気が一段冷え込む。
『……ゴーマン』
声は低く、感情の起伏が一切ない。
だが、その無機質さこそが、何よりも恐ろしかった。
『貴様が、軽々しく“裏ギルド”の名を口にしたと聞いた』
ゴーマンの喉がひくりと鳴る。
『自らを“ボス”と偽り、勝手に依頼を受け、学生を攫い、街の外で騒ぎを起こした』
『その結果、警備隊が動き、表の連中が我々を嗅ぎ始めた』
影の男は一歩、牢に近づく。
それだけで、ゴーマンは本能的に後ずさろうとして鎖に阻まれた。
『貴様の浅はかな行いが、どれほどの危険を孕んでいるか……理解しているか?』
「ち、違う……!
俺はただ……依頼をこなしただけで……!」
必死の弁解に、影の男は首を傾げるような仕草を見せた。
『裏ギルドとは“影”だ』
『名を知られず、姿を見せず、存在を疑わせないからこそ成り立つ』
一拍置いて、冷然と言い放つ。
『それを貴様は、自ら明かし、誇示し、利用した』
牢の床に、影が濃く落ちる。
『その行為は、裏ギルドに属する全ての者を危険に晒す』
『到底、看過できるものではない』
ゴーマンの額から冷や汗が滲み出る。
「……ま、待ってくれ……!
俺は……俺はまだ役に立つ!
危険な奴がいるんだ!
俺を倒したあいつ……あいつは本当にヤバい!」
必死に声を張り上げる。
「俺を殺せば、そいつの情報は消えるぞ!!
それでもいいのか!?」
一瞬の沈黙。
だが、影の男は立ち止まらなかった。
『不要だ』
短く、切り捨てるように言う。
『危険な存在がいるならば、
それはこの私が“対処”するだけの話だ。
貴様の価値にはならない』
影の男は、すでにゴーマンの目の前に立っていた。
「……や、やめろ……」
声が震える。
本能が、全力で警鐘を鳴らしていた。
「やめろおおおおおお!!」
叫び声が牢に反響する。
だが、影の男の動きは止まらない。
闇に包まれた腕が、ゆっくりと伸びる。
次の瞬間――
ゴーマンの胸に、鋭い衝撃が走った。
「……っ……」
声にならない声。
影の男の手は、正確に心臓を貫いていた。
血が溢れる感覚すら、すぐに遠のいていく。
視界が暗くなり、思考が途切れ始める。
最後に見えたのは、感情のない二つの光。
『……お前はこれで終わりだ』
それが、ゴーマンが聞いた最後の言葉だった。
影の男は手を引き抜く。
影の男はそのまま闇の中へと溶けるように消えていく。
牢には、静寂だけが残った。
ゴーマンの身体は二度と動くことなく、冷たい床に崩れ落ちていた。
湿った空気が肺にまとわりつき、鉄と血の匂いが鼻を刺す。
顔は原形を留めていない。
頬は腫れ上がり、鼻梁は歪み、唇は裂けて血の痕が固まっている。それでも――生きていた。
(……なぜだ)
自分でも理由は分からない。
あの一撃を受けてなお意識が残っているのは、元々の身体の丈夫さか、それとも――別の“意思”が働いたのか。考えようにも、思考は鈍く、ただ痛みだけが現実を主張していた。
その時、足音もなく“何か”が牢の前に立った。
――バシャッ。
突然、顔面に冷たい液体がかけられる。
「ぐっ……!?」
ゴーマンは反射的に目を閉じ、呻いた。
だが次の瞬間、焼け付くようだった顔の痛みが、嘘のように引いていく。
腫れが引き、裂けた皮膚が塞がり、歪んでいた骨の違和感が薄れていく。
(……ハイ、ポーション……?)
自分の顔にかけられた液体の正体に気づいた瞬間、ゴーマンの背筋に別種の寒気が走った。
誰だ。
こんな高価なものを、こんな場所で、こんなタイミングで使う人間は――
ゴーマンは、ゆっくりと顔を上げる。
そこに立っていたのは、人の形をしていながら、人とは呼びがたい存在だった。
全身が闇に覆われている。
衣服なのか、影そのものなのかすら判別できない。輪郭は曖昧で、光を拒むように揺らぎ、唯一はっきりしているのは――闇の奥に浮かぶ、二つの目だけ。
冷たく、深く、底知れない眼光。
それを見た瞬間、ゴーマンの喉がひくりと鳴った。
「……ボ、ボス……!?
な、なぜここに……!」
震える声でそう口にした瞬間、影の男の“気配”が僅かに揺れた。
それだけで牢の空気が一段冷え込む。
『……ゴーマン』
声は低く、感情の起伏が一切ない。
だが、その無機質さこそが、何よりも恐ろしかった。
『貴様が、軽々しく“裏ギルド”の名を口にしたと聞いた』
ゴーマンの喉がひくりと鳴る。
『自らを“ボス”と偽り、勝手に依頼を受け、学生を攫い、街の外で騒ぎを起こした』
『その結果、警備隊が動き、表の連中が我々を嗅ぎ始めた』
影の男は一歩、牢に近づく。
それだけで、ゴーマンは本能的に後ずさろうとして鎖に阻まれた。
『貴様の浅はかな行いが、どれほどの危険を孕んでいるか……理解しているか?』
「ち、違う……!
俺はただ……依頼をこなしただけで……!」
必死の弁解に、影の男は首を傾げるような仕草を見せた。
『裏ギルドとは“影”だ』
『名を知られず、姿を見せず、存在を疑わせないからこそ成り立つ』
一拍置いて、冷然と言い放つ。
『それを貴様は、自ら明かし、誇示し、利用した』
牢の床に、影が濃く落ちる。
『その行為は、裏ギルドに属する全ての者を危険に晒す』
『到底、看過できるものではない』
ゴーマンの額から冷や汗が滲み出る。
「……ま、待ってくれ……!
俺は……俺はまだ役に立つ!
危険な奴がいるんだ!
俺を倒したあいつ……あいつは本当にヤバい!」
必死に声を張り上げる。
「俺を殺せば、そいつの情報は消えるぞ!!
それでもいいのか!?」
一瞬の沈黙。
だが、影の男は立ち止まらなかった。
『不要だ』
短く、切り捨てるように言う。
『危険な存在がいるならば、
それはこの私が“対処”するだけの話だ。
貴様の価値にはならない』
影の男は、すでにゴーマンの目の前に立っていた。
「……や、やめろ……」
声が震える。
本能が、全力で警鐘を鳴らしていた。
「やめろおおおおおお!!」
叫び声が牢に反響する。
だが、影の男の動きは止まらない。
闇に包まれた腕が、ゆっくりと伸びる。
次の瞬間――
ゴーマンの胸に、鋭い衝撃が走った。
「……っ……」
声にならない声。
影の男の手は、正確に心臓を貫いていた。
血が溢れる感覚すら、すぐに遠のいていく。
視界が暗くなり、思考が途切れ始める。
最後に見えたのは、感情のない二つの光。
『……お前はこれで終わりだ』
それが、ゴーマンが聞いた最後の言葉だった。
影の男は手を引き抜く。
影の男はそのまま闇の中へと溶けるように消えていく。
牢には、静寂だけが残った。
ゴーマンの身体は二度と動くことなく、冷たい床に崩れ落ちていた。
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