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二章 黒曜麒麟
七十三話
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その日は移動だけで夕方近くまでかかってしまったためダンジョンには向かわず、ユナの屋敷で身体を休めることになった。
明日からはいよいよBランクダンジョンへの挑戦だ。各々が部屋に戻り、装備や持ち物の最終確認を始める。
ソラも割り当てられた客室で、武器や防具を一つひとつ確かめていた。
ベッドの上に置いた鞄がわずかに揺れ、ゆっくりと中からクロが姿を現す。
『……ふう。だいぶ長い間、身体を動かせなかったからな。あちこちがバキバキだ』
「そうか……」
生返事を返しながら、ソラは手を止めたまま考え込んでいた。
そんな様子に、クロは小さく首を傾げる。
『……何か考え事か?』
ソラは少し沈黙したあと、ぽつりと語り始めた。
「前の人生でさ……クロと出会う前に、一度、体を壊したことがあったんだ」
それは、まだカイトのパーティに所属していた頃の話だった。
寝る時間を削り、食事もろくに取らず、仲間のために武器や防具を整え、消耗品を補充し、次に向かうダンジョンの情報を集める。
やるべきことは多く、時間はいくらあっても足りなかった。
「パーティに居続けるために……自分のほとんど全部を捧げてたんだと思う」
クロは口を挟まず、ただ静かに聞いている。
ソラは小さく息を吐いて続けた。
「でもさ、無茶をすれば、どこかで必ずツケは回ってくる」
ある日、熱が出た。
本当なら休むべき状態だったが、それでもダンジョンに行かないという選択肢は、当時のソラにはなかった。
「体調が悪いままダンジョンに入るなんて、学生でも危険だって分かるのに……俺は“大丈夫だ”って判断しちまった」
集中力を欠いた状態で足場の悪い崖を進んだが、ほんの一瞬の油断でバランスを崩し、崖下へと転落した。
「足を折ったよ。なんとかダンジョンからは脱出できたけど……パーティの誰も、肩一つ貸してくれなかった」
治療に三ヶ月かかり、ようやく戻れると思った矢先に告げられたのは、解雇の言葉だった。
ソラは静かに言葉を継いだ。
自分とハルナは状況こそ違う。
片や怪我、片やウイルス。
原因も経緯も同じではない。
それでも――どこか似た思いはきてるはずだとソラは思っていた。
「……ハルナさんは、きっと俺のあの時よりもずっと辛いはずだ」
クロは黙って聞いている。
「それなのに、今日だって無理をして俺たちに会いに来てくれた。
自分の体がどんな状態か分かってるはずなのに……ユナの友達だからって」
ソラは拳をぎゅっと握る。
「前の人生での俺は何もできなかった。
でも今回は違う」
視線を上げ、クロを真っ直ぐ見る。
「ハルナさんは、自分の苦しさよりも娘を想って動ける。
ユナは、母親を救うために必死に頭を下げて助けを求めてる」
一拍、息を整える。
「……そんな二人を見て、何もしないなんて俺にはできない」
その声には、迷いがなかった。
「必ず黒曜麒麟から角を取る。
ユナのために、ハルナさんのために……そして、自分が未来で後悔しないために」
クロはしばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
『……相変わらずだな、お前は』
責めるようでも、呆れるようでもない声音。
『理屈より先に心が動く。だから危なっかしい』
ソラは小さく苦笑する。
「分かってる。でも……それでもだ」
クロは一度だけ深く息を吐いた。
『……ならば止めはせん。
その覚悟があるなら、せめて生きて帰れ。無茶はするな』
「うん」
短く、だが力強く頷く。
クロは再びカバンの中へと戻りながら、ぽつりと呟いた。
『今回は……守る側に立てるといいな』
ソラはその言葉を胸に刻み、武器と防具を一つひとつ確かめ直した。
――明日から始まる。
命を懸けた、Bランクダンジョンへの挑戦が。
明日からはいよいよBランクダンジョンへの挑戦だ。各々が部屋に戻り、装備や持ち物の最終確認を始める。
ソラも割り当てられた客室で、武器や防具を一つひとつ確かめていた。
ベッドの上に置いた鞄がわずかに揺れ、ゆっくりと中からクロが姿を現す。
『……ふう。だいぶ長い間、身体を動かせなかったからな。あちこちがバキバキだ』
「そうか……」
生返事を返しながら、ソラは手を止めたまま考え込んでいた。
そんな様子に、クロは小さく首を傾げる。
『……何か考え事か?』
ソラは少し沈黙したあと、ぽつりと語り始めた。
「前の人生でさ……クロと出会う前に、一度、体を壊したことがあったんだ」
それは、まだカイトのパーティに所属していた頃の話だった。
寝る時間を削り、食事もろくに取らず、仲間のために武器や防具を整え、消耗品を補充し、次に向かうダンジョンの情報を集める。
やるべきことは多く、時間はいくらあっても足りなかった。
「パーティに居続けるために……自分のほとんど全部を捧げてたんだと思う」
クロは口を挟まず、ただ静かに聞いている。
ソラは小さく息を吐いて続けた。
「でもさ、無茶をすれば、どこかで必ずツケは回ってくる」
ある日、熱が出た。
本当なら休むべき状態だったが、それでもダンジョンに行かないという選択肢は、当時のソラにはなかった。
「体調が悪いままダンジョンに入るなんて、学生でも危険だって分かるのに……俺は“大丈夫だ”って判断しちまった」
集中力を欠いた状態で足場の悪い崖を進んだが、ほんの一瞬の油断でバランスを崩し、崖下へと転落した。
「足を折ったよ。なんとかダンジョンからは脱出できたけど……パーティの誰も、肩一つ貸してくれなかった」
治療に三ヶ月かかり、ようやく戻れると思った矢先に告げられたのは、解雇の言葉だった。
ソラは静かに言葉を継いだ。
自分とハルナは状況こそ違う。
片や怪我、片やウイルス。
原因も経緯も同じではない。
それでも――どこか似た思いはきてるはずだとソラは思っていた。
「……ハルナさんは、きっと俺のあの時よりもずっと辛いはずだ」
クロは黙って聞いている。
「それなのに、今日だって無理をして俺たちに会いに来てくれた。
自分の体がどんな状態か分かってるはずなのに……ユナの友達だからって」
ソラは拳をぎゅっと握る。
「前の人生での俺は何もできなかった。
でも今回は違う」
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「ハルナさんは、自分の苦しさよりも娘を想って動ける。
ユナは、母親を救うために必死に頭を下げて助けを求めてる」
一拍、息を整える。
「……そんな二人を見て、何もしないなんて俺にはできない」
その声には、迷いがなかった。
「必ず黒曜麒麟から角を取る。
ユナのために、ハルナさんのために……そして、自分が未来で後悔しないために」
クロはしばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
『……相変わらずだな、お前は』
責めるようでも、呆れるようでもない声音。
『理屈より先に心が動く。だから危なっかしい』
ソラは小さく苦笑する。
「分かってる。でも……それでもだ」
クロは一度だけ深く息を吐いた。
『……ならば止めはせん。
その覚悟があるなら、せめて生きて帰れ。無茶はするな』
「うん」
短く、だが力強く頷く。
クロは再びカバンの中へと戻りながら、ぽつりと呟いた。
『今回は……守る側に立てるといいな』
ソラはその言葉を胸に刻み、武器と防具を一つひとつ確かめ直した。
――明日から始まる。
命を懸けた、Bランクダンジョンへの挑戦が。
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