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6章 勇者と、魔族と、王女様
決着
しおりを挟む──明王は大変に参っていた。
さっきまでとは真逆で完全に押されているからだ。
この会場は広く、巨大な薙刀を振り回すのに邪魔な障害物は存在しない。
ならば速度や腕力がほぼ同じである以上、この地形では剣よりリーチの長い武器を扱う明王が有利の筈なのだが、それでも老人は完全に押されている。
しかし、それも当然だろう。
なんせ、ただでさえ互角の実力を誇るアッシュを相手にしていると言うのに、今はそれに加えて──
「ヤンキーさん!!」
中岸由梨まで同時に相手をしてるのだから──
「誰がヤンキーだコラァッ!?オォンッ!?孝志に感化されてんじゃねーぞ!!」
「いやもう筋金入りのヤンキーさんですよ貴方」
「くっ!後で覚えとけ、ねぇちゃん!!」
「……ぐぬぬっ!戦闘中に会話させるほどの余裕を見せ付けられるとは……屈辱じゃぞいっ!」
文句を言いながらも、アッシュは由梨の呼び掛けに合わせて体を逸らす……これは由梨の放った矢を避ける為の動きだ。
「ぐうっ!」
由梨の放った矢はギリギリまでアッシュが死角となり、その所為でいきなり現れた矢を明王は完全に避け切る事が出来ず、矢は彼の頬を掠める。
リーシャ、美咲の二人とアッシュでは余りにも強さのケタが違い過ぎる。雲泥の差とはまさにこの事だ。
それに連携に至っても、戦い慣れしたアッシュが中心となり、二人の動きに淀みなし。
由梨も気兼ね無く自身の役割を全う出来ているのだ。
こうなってしまうと、明王が嘆いてる通り、アッシュ側にとっては余裕の戦いである。
──由梨は雄星や美咲とは違い、二人が部屋へ戻って寛いでる時間帯に一人で射撃の修練に励んでいた。
それは雄星達を守る為に行っていた訓練でもあったが、その努力が身を結んでいる。
忘れがちかも知れないが、孝志を含む異世界組は何だかんだ言っても一応は勇者だ。修練によるステータスの伸びと、技術向上の上がり方は驚くほど大きい。
しかも、由梨は元から相当高いステータスを誇っていた事から、数日の修練である程度仕上げる事が出来たのだ。
因みに彼女が修練を行なっていた事実は、孝志は愚か、アリアンやユリウス、マリア含む王族達ですら知らない。
把握しているのは極一部に限られている。
──そんな隠れ努力家の彼女とアッシュの共闘により、明王は着々と追い詰められていった。
(──あそこまで辿り着ければ何とかなりそうじゃがのう)
明王は必死にアッシュ達の攻撃を躱しながら、孝志と美咲の方を見た。
抜け目無く、明王から襲われない距離を保った状態で常に待機している二人。
そんな二人の中でも、孝志の能力は極めて低いと明王は感じていた。(※大正解※)
(あの男を、さっきの女勇者の様に人質にすれば、この状況を脱せるかも知れんのじゃが──)
その作戦を実行するのは非常に困難だった。
何故なら僅かでも近付こうものなら、その分、孝志が一切の躊躇なく距離を開けてしまうからだ。
そして文句を言う為に彼を追い掛けるもう一人。
あんな逃げ方をされては、とてもじゃないが近寄る事は出来ない。
明王も必死だが、出来るだけ足を引っ張りたくない孝志も同じ様に必死なのである。
何度も人質を取るのは卑怯過ぎる戦法だろう。
しかし、手っ取り早く由梨を誘い出したかった前の時とは違い、今はそれしか手段を思いつかなかった。
……どうする事も出来ないまま時間だけが過ぎて行き、とうとう人質作戦を実行出来ないまま明王の体力は底を尽きてしまうのであった。
そして息を乱して膝を着いた明王の首元に、アッシュは剣を添える。
「──はぁ……はぁ~、す、少しは年寄りを、労らんかい……」
「いや、労ったら負けっしょ」
「そ、それもそうじゃわい──しかし、お主も変わった奴よのぅ~……魔神具は意地では使わなんのに、二体一で戦うのは良いのか?」
「へっ!魔神具と違って協力して戦う事はよぉ、俺の実力でもあるから気になんねぇなぁ。相手によっては逆に邪魔になる事もあるし──その点、あのねぇちゃんは中々のもんだったぞ?」
「え…?私、何かやっちゃいました…?えへへ」
「(あのねぇちゃん、孝志と同じ匂いがするぜぇ)」
「(なんじゃい、あの弓使い勇者……急に調子に乗りおってからに)」
──アッシュは後ろで悪ノリする由梨にツッコミを入れたい衝動に駆られるが、場面的にシリアスに行きたかったので、彼女に何も言わず明王と話を続けた。
「それにしても強くなったのぅ、アッシュ」
「へっ!一対一ではどうなっていた事かわかりませんがね」
「私は無視ですか?……なんかすいませんね、ふざけた事言ってしまって……はぁ~」
由梨は大袈裟に肩を落とす。
それを遠くで観ていた孝志から野次が飛ぶ。
「おいアッシュ!!会話は聞こえないけど後ろで中岸さん落ち込んでんぞ!!中岸さんは真面目で良い人だから、酷いこと言うなよなっ!!」
「松本くん……ありがとう!私虐められても頑張るね!」
「くっ!!松本っ!!私は無視してる癖にっ!どういう事!?」
「………」
「──また無視っ…!ふざけるなっ!」
「………」
「……!──私アンタのこと絶対に許さないから……!」
「………」
『いくらなんでも煩すぎだろ』と、この時、アッシュは心の底から思った。
加えて、孝志と美咲が尋常じゃないほど険悪過ぎてドン引きする。
遠くではリーシャが顔を真っ赤にして、更には肩をわなわなと震わせ、人間側代表として恥ずかしい想いをしている……なんだコイツらと思いながら。
以前、孝志に親近感を覚えてただけに裏切られた気持ちでいっぱいだろう。
孝志は散々、この世界の人間達をヤバい奴らとディスっていたが、実は向こうの世界から来た勇者達の方がヤバいのかも知れない。
いや、此処には居ない橘兄妹もちょっとアレなので、5人の勇者は全壊………実質異常者率100%という事になってしまった。
後は古株の松本弘子もおかしいから、パーセンテージは120%にまで限界突破する。
──美咲だけは別のベクトルでヤバい女だが──皆ある意味仲間なのだ。
アッシュと明王は、今度こそ異常者達を無視する事にした。
師弟最後の別れになるかも知れないから、この場はどうしても真面目に行きたいのだ。
「師匠….前にアンタが俺に言ってくれた事……覚えてるか?」
「何じゃったかのぅ~?」
「そういう所は相変わらずっすね」
「ふぉふぉ……」
とぼけているだけで彼は覚えている。
明王がアッシュに言った言葉──
『──師弟で殺し合う事があれば、理由はどうあれ同情はするな……相手を殺して上へゆけ──』
いずれその時が来ると明王は覚悟してた。
カルマは十魔衆を自分以外排除し、魔王軍にて圧倒的頂点に立とうと目論んでいるからだ。
だからカルマに忠誠を誓う以上、近々十魔衆との争いは避けられないものと明王は分かっている。
それが予想よりもずっと早かっただけの事。
しかし、それでもアッシュに剣術を指導した。
いずれ敵対すると分かっていても、そうしたいだけの『何か』がアッシュには有ったのか?
それとも反旗を翻す自分達を止めて欲しいと、彼に望みを託したのか?
それは明王にしかわかり得ない事だが、彼が口を開く事の無いまま全てが終わろうとしている。
「……まだまだ教わりたいこと沢山あったんすよ」
「……ワシもまだまだ教えたりんわいっ」
「……じゃあな、師匠」
「……じゃあのう、アッシュ」
「あと………外野が煩かった所為で、変な感じの別れになってすいやせん」
「……ほんとそれ」
アッシュは最後の言葉を呟き、明王の首元に添えていた剣を振り上げた。
そしてそのまま力一杯、掲げた剣を明王目掛けて振り降ろした──!
────
────
唐突だが、松本孝志には変わった能力がある。
それは少し先に訪れる重要な未来、もしくは自身と仲間に訪れる危険を予知するというイカサマめいた能力だ。
この世界に来てから幾つもの危機を乗り越えて来た孝志だが、その多くはこの謎めいた能力に助けられてのこと。
しかしこの能力──便利過ぎるが故に、昨日と今日の2日間だけで幾度となく行使し続けている……もはや何度使用したかなど孝志本人すら把握していない。
必要な場面と、強制発動する場面でしか使わなかったとはいえ相当頼りにして来たのは間違いないと言えるだろう。
……それによる能力行使の疲れがあったのだろうか?
はたまた勝利を目前にして気が緩んでいたのだろうか?
──松本孝志はこの時、今から起こる惨劇を事前に察知する事が出来なかった。
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