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6章 勇者と、魔族と、王女様
裏切り者と呼ばれようとも②
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「はぁ……はぁ……くそっ!」
ユリウスは逃げ出していた。
彼の身体中は傷だらけで、更には利き手が完全に折れ曲がっている……歩く度に激痛を伴う程だ。
また腹部に受けた傷が致命傷となり、そこからは血が流れ続ける。早く治療しなければ失血死してしまう状況。
背中にはピクリとも動かなくなり、腕をだらんと垂らしながら気を失ったアリアンが背負われている。
一見、外傷が見当たらない為、気を失っているだけの様にも見えるが、呼吸も満足に行えない程の重傷……いや、重病であった。
ユリウス同様いつ死んでもおかしくない状況。
症状が全く異なる二人……共通している点は、このまま放っておくと間違いなく死ぬという事。
その事実をその身で感じているユリウスは、残された僅かな力を振り絞り、この状況を誰かに見つけて貰おうと必死に足掻いている。
……しかし、現在は深淵の森を歩いてる最中で、森の出口にはまだまだ遠い。
森を抜け出さない事には、人が普段全く訪れない深淵の森で助けて貰うなど不可能だ。
本当なら歩かずに走り抜けたいユリウスだったが、怪我の状態がそれを許さない──だからユリウスはゆっくりと前へ進むしか無かった。
「アリアン……!!頼むッ!!死なないでくれッ!!」
「…………」
自分の判断の甘さが招いた結果、アリアンが瀕死となってしまった。
疎ましく思っている相手とは言っても、所詮そんなのは嫉妬心から来るもので一時的な感情に過ぎない。
時間が経てば反省し、余程の事が無ければ、この時の自分を恥じながら近い将来笑い話にもなり得る。
心では誰よりも大切に思っている。
でなければ孤児のアリアンを引き取ったりはしない。彼女に剣の才能が有ったのは偶々で、ユリウスは自分を慕ってくれる少女を放って置く事が出来ず、一緒に行動する事にしたのだ。
……それなのにアリアンを戦わせて取り返しの付かない状態にしてしまった。
ユリウスはアリアンが傷付いた姿を初めて目の当たりにし、ようやく彼女の大切さに気が付く。
そして、この状況を引き起こした自責の念に駆られている。
例え邪竜でも眠ってる相手なら倒せると、ユリウスは思い込んでいた。
自分の実力は小さな少女にさえ劣ると言うのに……
──戦いの結果は……二人の状況を観て解るようにユリウス達の敗北に終わった。
まず、邪竜の首目掛けた先制の一撃……これはモノの見事に成功し直撃したのだが、邪竜の皮膚が想像を絶するほど硬く、薄皮一枚を切り裂く程度の傷しか与える事が出来なかった。
そして、この一撃で邪竜は目を覚ます。
次のアリアンの死角を突いた攻撃は、目を覚ました邪竜には通じず、アリアンは邪竜の尻尾による攻撃を受けた──しかし、アリアンも負けじと剣で硬い尻尾を受け止め、身体を流しながら竜の腹を剣で切り裂く。
鱗に覆われてない箇所への一撃は流石に痛かったようで、邪竜は大気を震わせる程の大きな咆哮を上げる。
しかし、まともに与える事の出来たダメージは、結果的にこの一撃だけとなった。
今ので完全に目を覚ました邪竜は本気になる。
早い話、邪竜の逆鱗に触れてしまったのだ。
それ以降、邪竜は激烈な猛攻を繰り返し、ユリウスはなす術なく敗北する。
アリアンの方は持ち前の戦闘力で粘ったが、それが不味かったかも知れない。
邪竜とは恐ろしい呪いを振り撒く竜。
アリアンの肉体は邪竜と打ち合う毎に呪いに侵されて行き、遂には全身を覆うのであった。
呪いが全身を侵食した所でアリアンは気を失う。
この時のユリウスには意識は有るが、激しい痛みと恐怖で身動き一つ出来ない……このまま殺されると覚悟していたが──
【フシュルルルッッッ──オナカ、キラレテ、イダィィッッ!!!!オソト、コワイィィッッ!!!】
邪竜は結局二人にトドメを刺さず、雄叫びを上げながら立ち去ってしまった。
見逃された理由は分からなかったが、兎に角ユリウスは九死に一生を得たのであった。
その後、直ぐに懐からポーションを取り出して口にする。
致命傷や骨折までは治らなかったが、ポーションの効果で歩けるまでには回復した。
ユリウスは直ぐ様アリアンの下へ行き、手持ちに一つしかない高級なポーションを彼女に飲ませる。
自分が飲んだポーションとは比較にならない程の回復効果だ……これを飲めば骨折も元通りになったが、ユリウスは一切の迷い無くアリアンを優先した。
しかし、アリアンには全く効果が無い様だった。
「うそだろ……おいっ!アリアンっ!」
もはや死んでるのではと不安に駆られ、アリアンの心臓に耳を押し当てるユリウス……しかし、心臓は動いている。
「……直ぐに、街に戻らないと……」
それからユリウスはアリアンを背負い、致命傷を負った腹部を抑えながら森の出口を目指すのだった。
……そして今に至る訳だが──
──ユリウスの僅かに残っていた体力も底を尽きようとしている。血を流し過ぎたユリウスはもう歩けない。
体が歩く事を拒絶しているのだから根性論ではどうにもならないのだ。
「……アリアン……すまない……」
「…….……」
ユリウスは最後にアリアンに謝罪の言葉を口にし、意識を完全に手放した──
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
──この場所に二人が訪れたのは紛れもなく偶然に過ぎなかった。
「……ちょっとっ!!あんなところに人が倒れてるわっ!!」
「あらほんとぉっ!いけないわっ!」
黒髪の女と、長身の恐ろしく顔の整ったエルフ。
偶然通り掛かった二人は、血だらけで倒れているユリウスと、真っ青な顔色のアリアンに駆け寄る。
「アレクセイッ!直ぐに回復魔法をッ!」
「もうやってるわよ、ひ・ろ・ぽ・ん♡」
「気色悪い呼び方しないで!オカマ!」
「……400年前の決着つけたいのかしら?」
「…………」
「…………」
実はこの二人──孝志の祖母・弘子と、あのアレクセイだった。
二人は散歩で近所にある深淵の森を訪れており、そこで偶々ユリウス達を見つけたのだ。
──そんな二人だが、今は言い争ってる場合では無かったと考え直しアレクセイは治療に専念する。弘子は他者には魔法を掛けられないので、ただその場に突っ立てるだけだ。
「……ねぇまだ終わらないの…?」
「…………もう少しよ」
何もしてない癖にやたら偉そうな弘子に文句を言いたかったが、アレクセイはグッと堪える。
アレクセイの治療魔法はかなりのモノで余程の事が無ければ全快するだろう……例えユリウスの大怪我でも問題ない筈だ。
──しかし、数分程して治療は完了するがアレクセイは浮かない表情を浮かべていた。
「……間に合わなかった?」
アレクセイは黙って首を横に振った。
その仕草を見て弘子は察する。
「色男の方は治ったわ……でもお嬢ちゃんの方はダメ……これは邪竜の呪いよ」
「邪竜……!?何故そんな呪いがッ!?」
邪竜とは古より伝わる竜種と言われ、長生きの弘子ですらお目に掛かった事のない生き物だ。
ただ、その邪悪な見た目で人々から恐れられては居るが、実は温厚な竜である。
攻撃さえ仕掛けなければ襲われる事はない。
そんな大人しい邪竜と戦闘になり、呪いに侵されたという事は、二人の方から邪竜に挑んだと観て間違いないと弘子は確信した。
──実に愚かな事だ。
しかしそう思ったところで結果は変わらない。弘子は青白い顔でグッタリしてる少女の頬を優しく撫でた。
「邪竜……それはどうしようも無いわね……」
「しかも呪いに全身を覆われてるみたいなのよね……ひろぽん、悪いけど保って数時間の命だわ」
「……そう」
邪竜の呪いは凄まじい。
ほんの僅かな呪いを受けても、数年で死に至るというのに、それを全身に浴びては僅かな時間しか残されてないだろう。
残念ながら、邪竜の呪いを無効化する魔法はアレクセイには使えなかった……否、そもそもそんな魔法自体この世に存在しない。
邪竜の呪いに侵された者は死人となる。
故に今のアリアンは死体……死んだ人間を生き返らせる事は誰にも出来ないのだ。
「…………」
弘子は静かに顔を伏せる。
子を持つ親として、小さな女の子に待ち受けている死という現実を心から悲しんでいた。
「……取り敢えず、このまま放置も出来ないわよねぇ」
「………アレクセイ、だったらラクスール王国へ転移させましょ」
「……どうして王国へ?」
「……私達の城に連れて行っても良いけど、どうせ最後を迎えるなら華やかな場所が良いでしょ?──少なくても私達とハルート以外は誰も居ない城や、こんな森で死を迎えるよりよっぽどマシよ……それに──」
弘子は取り出した白い紙に自分の名前と文を書き、その紙をユリウスに貼り付けた。
因みに手紙の内容は邪竜に関してのモノで、何もしなければ大丈夫だと書いた……信じるか信じないかは王国の人間次第だ。
「……ラクスール王国にはオーティスが居るわ……全然連絡は取ってないけどね。彼が黒髪の彼に貼り付けた手紙を見れば、転移させたのは私って分かるでしょう──後はオーティスに任せましょう」
「……ふぅ~、解ったわ弘子。それじゃオーティスの所に転移させれば良いのね?」
実は弘子から存在と名前を聞かされただけで、アレクセイはオーティスと面識がない。
しかしアレクセイ程になると、魔力の質さえ知っていれば、それを辿って簡単にそこへ転移させる事が可能なのだ。
よって直ぐに魔法陣を展開させ、二人をオーティスの元へと転移させる。少女が少しでも穏やかな気持ちで死を迎えられる様にと……
そして、これが二人にとって少女との永遠の別れとなる筈だ。
──だが二人は何も知らなかった。
既にこの時、オーティスは優秀な魔法使いとして王宮に支えていたのだ。
つまり、二人をオーティスの下へ転移させるという事は、王宮内部に直接転移させる事態になる。
──そう……これを機にユリウスとアリアンの運命は大きく変わる事となった。
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