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6章 勇者と、魔族と、王女様
裏切り者と呼ばれようとも・終
しおりを挟む──俺はアリアンに話そうか悩んだ。
幼い少女にそれ以上身体能力が上がりませんよ……とは簡単に言い出せない。
しかし、いずれ分かってしまう事だ。
それなら早いうちに打ち明けた方が良いに決まってるのに、その一歩が踏み出せずに情け無く足踏みしている。
アリアンは今も修練に励んでいる。
ただ、首を傾げながら鍛錬に励む姿を観ると、心を抉られた気分になる。間違いなくアリアンも自身の異常に気がついてるのだ。
俺は5日悩んだ後、意を決してアリアンに打ち明ける事にした──
──言えば彼女に恨まれるだろうか……?
それが怖くて堪らなかった。
「……アリアン……訓練中にごめんよ……少し時間を貰って良いだろうか?」
「あっ!ユリウスっ!もちろん良いわよっ!訓練よりユリウスと話をする方が楽しいよっ!えへへ!」
「……そうか」
近寄って来たアリアンの頭を優しく撫でる。
撫でられたアリアンも気持ち良さそうに目を細め、撫でられた事を喜んでくれた。
こんな関係で居られなくなるかも知れないが……
あの日から俺はアリアンを大切にすると心に決めている。
何かに失敗した彼女を怒ることも無ければ、冷たく遇らうなんて事は絶対にしない。
そう……俺にとってアリアンは、どうしようもなく可愛い大切な家族なんだ。
──そして、ここは王宮内の訓練場。
王妃と約束を交わしたその日に、俺は王宮騎士団の入隊試験を受けた。
国王からは『早過ぎぃ!!もう少しゆっくりしろ!!』と言われたけど、こればかりは譲れない。
王宮騎士団の試験は副隊長クラス以上の騎士……もしくは男爵以上の貴族から推薦された者しか受ける事の出来ない決まりだ。
だが、王からの推薦状が有れば話は別。
王の推薦状を見せると、驚かれながら試験を受けさせて貰える事となった。
王から直々に推薦と言う事もあり、試験の際はかなり注目されてしまったが、あっさり通過する事が出来た。
邪竜に打ちのめされて自信を失い掛けていたが、試験での周りの歓声と響めきを観るに、少しは剣の腕前に自信を持っても良さそうだ。
因みに、入団には十二才の年齢制限があったので、アリアンの試験は二年後まで持ち越しとなった。
──今は訓練場に設置されてあるベンチに、アリアンと肩を並べ座っている。
足をパタパタと動かして楽しそうなアリアン……そんな彼女に、これから非情な現実を突き付けなくてはならないんだ……
「アリアン……聞いてくれ……実は──」
──全て話した。
邪竜の呪いの事を俺は全部アリアンに話した。
正直、殴られて当然だと思った……原因を作ったのは俺なんだから……
覚悟を決め、アリアンの反応を待つ。
しかしアリアンは、特に嫌な顔を観せず──
「命が助かっただけでもラッキーよ……!でもやっぱり本当なら死んでたんだ……!どうして生きてるのか不思議だったもん!」
──と嬉しそうに話すだけだ。
予想外の反応で、思わずアリアンを見つめてしまうが、目があってもニッコリ微笑み返すだけでいつもと別段代わり映えする様子は観られない。
「俺を……恨まないのか……?」
「恨む?どうして?全然だけど?」
強がってる風にも見えなかった。
どうして俺を恨まない?もしかして恨んだら捨てられると悲観的に考えてるのだろうか?
……いや、流石にそれは有り得ん。そんな弱い考え方をする様な子じゃない。第一、それはアリアンに対して失礼な考えだ。
じゃあ、どうして笑ってられるんだ……?
「何故だ……?アリアンがそうなったのは、俺の責任だぞ……?それでも俺を恨まないのか……?」
思い切って自分の考えをぶつける。
しかし、言われたアリアンは唖然としていた。
「え?どうしてユリウスの責任になるの?」
「それは……俺が強引に──」
「違うよ」
「……え?」
アリアンは大きく首を振った。
しかも少し怒ったように頬を膨らませている。
「あそこで戦うって決めたのは私だもん。結果はよくなかったけど、自分で残るって決めたんだから──それよりユリウスが自分の所為だと思ってる事に、今ショックを受けてるよ」
「……アリアン……いてっ」
太ももを小突かれた。結構痛い。
「それに絶対成長しないかは、やってみなければ解らないでしょ?──私はこれまで通りに訓練して、強くなって、そのキュウテイ魔法使い?……って人たちが言ってる事が間違ってるって、文句言うんだからね!」
アリアンの考えはどこまでも前向きだった。後ろ向きな俺とは違う。きっと精神面では生涯敵わないだろうな。
「……だから私、これからもサボらずに頑張るよ……いつか成長して、諦めず頑張って良かったって、自分を褒めてあげるの……だからね?──ユリウスもそんなに自分を責めないで?私は大丈夫だから!!これからも一緒に頑張って強い騎士になろうよ!!」
……うぅ、そんなこと言われた……また涙が──
「──うぅ……すまないアリアン……まさか子供に泣かされるとは……ぐっ」
「子供扱いしないでッ!!それとユリウス泣き虫だよ!?……よしよーし」
俺は初めてアリアンの前で涙を流した。
泣いた事なんて無かったのに、最近の俺は泣いてばかりだな……でもありがとうアリアン。
泣き崩れる俺をアリアンはずっと励ましてくれた。
十歳の子供にあやされる俺……マジウケる。
──────────
真実を知ってもアリアンは自分で言った通り、鍛錬を辞める事は無かった。
ただ変わった点を挙げるなら、それ以外の事も一生懸命に学ぶ様になったこと。
当時、孤児から引き取られたばかりのアリアンには、とにかく同年代の子供と比べても学が圧倒的に足りて無かった。それも学校など行った事が無いのだから当然だと言える。
なのでアリアンは、その弱点を補うかのように重点的に知能を鍛え上げた。
しかも天はアリアンに二物を与えた様で、瞬く間に周囲から一目置かれる程の頭脳を身に付けた。
社交面では相手によっぽどの嫌悪感を抱かない限り無礼なく完璧に熟し、テーブルマナーも文句なし。
それを認められ、アリアンは十八歳でルクレツィア伯爵家の養子になった。
これは孤児上がりとしては異例の話である。
それ以外にも軍略に長けており、人を見る目も抜群に優れている。
一眼で相手を見極める眼力は、もはや天賦の才能と言っても過言ではないだろう。見た目や偽言に騙される事はない器量……ユリウスには到底身に付けられない技術だ。
十歳の頃、あれほど無知だった少女は、もはや誰からも尊敬の眼差しを向けられる存在になった。
──ただ唯一、呪いを受けて以降どんなに努力しても身体能力だけは一切成長する事は無かった。
アリアンはそれでも諦めず、何度も剣を握り己を鍛え上げた……しかしそれでも能力は一向に上がらず、現状維持のまま遂に二十五歳を迎える。
立ち止まってるアリアンは案の定、才能を開花させたユリウスに抜かれてしまった。
魔法使いという職業は歳を取るほど強くなるので、オーティスにも抜かされるのは時間の問題だ。
にも関わらず、アリアン本人に悲壮感の類は微塵も無かった。
邪竜に殺される運命を救われたのだから、その代償で成長を阻害される事になったとしても、アリアンの中では命との対価として充分に見合っていたのだ。
それでもアリアンは諦め悪く、今も鍛錬を続けている。呪いが解ける日を信じて──
──だからアリアンは、孝志みたいな諦めの悪い人物が自分と重なり好感を抱いてしまう。
倒れてもへこたれずに挑み続ける姿は、どうしても今の自分と重なって仕方ないらしい。
そんな完璧に観えるアリアンにも欠点はある。
人付き合いが余りに不器用。
嫌いな人間には気を使えない。
貴族相手でも嫌悪感を抱いたら尺度なし。
その所為で何度も揉めたが、持ち前の狂気で事なきを得てきた。
ただ反対に、自身が好感を抱いてる人物にはビックリするくらい懐くので、そういった人物と適度な距離を測るのも苦手らしい。
……因みにアリアンの狂気じみた性格は呪いの影響ではない。
成長して何・故・か、ああなってしまったのだ。
この件に関しては邪竜に落ち度なし。
強いて言えば、ユリウスの甘やかし過ぎが原因か……それに国王夫妻もアリアンを猫可愛がりしてたので、それも性格を歪ませたのかも知れない。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
──あれから十五年も経つのか……
俺は城の天辺から景色を眺め、昔を思い出していた。
「……ふっ、若い時の俺ってアホだな……いや、今も変わんねぇか」
がむしゃらに鍛えて、這い上がって……いつの間にか剣帝の称号を与えられるまでに成長してしまった……自分の才能が恐ろしい。
いやぁ~昔の俺も、こんな感じで楽観的に物事を考えれば良かったのに……頭硬かったからなぁ~
──それでも、楽観的にはどうにも処理出来ない事件が七年前に起きた。
それは王妃レオノーラ様の死だ。
レオノーラ様は、第三王女シャルロッテ様を産んだ後、病気で死去なされた。
死ぬ間際まで半狂乱でとても人と会話できる状態では無かったらしい。
……らしいと曖昧なのは、床に伏せたレオノーラ様と会ってないから……普段から交流の深かった俺やアリアンが面会出来ないほど症状は重かったのだ。
「……シャルロッテ様を産んでから……何か有ったんだ」
でもシャルロッテ様に原因が有るとは考えられない。
実際に何度も話をして来たけど、不審な点は見受けられなかった──でもそれが当たり前……産まれたての赤ん坊に何が出来ると言うんだ。
俺に人を観る目が無くてもそれ位は流石に解る。
人を観る目と言えば孝志が凄かった。
あの時は嬉しかったな~……アイツ、一目でゼクス国王の有能さを見破りやがったんだ。
レオノーラ様が亡くなってから、王は変わり果ててしまった。王はレオノーラ様が一緒に居ないとダメになる……薄々そう感じてはいたけど、その予想がモロに的中してしまった。
かつての秀才っぷりは観る影もなく、心ない家臣からは愚王だと陰口を叩かれる始末だ。
だから尚のこと嬉しかった……孝志の様に、ゼクス国王の凄さに気付いてくれる奴が居るんだと。
そんな奴を、俺は裏切ってしまった訳なんだ……本当に悪い事をしたな。
──俺は王との会話を思い返した。
『ユリウス……レオノーラを生き返らせる方法が見つかった……!!』
そう言って、興奮気味に語ったゼクス王。
しかし、その方法は勇者を裏切り、獣人国を裏切るモノだ……俺はダメだと止めた。
『頼むユリウス……ワシにはお前しか居ないんだ……助けてくれ……ユリウス……』
王は土下座して頭を下げる。
十五年前とは立場が逆転している……こんなゼクス王など見たく無かった。
でも、嫌悪感は生まれない……こんな事くらいで王に対する忠誠心は露程も損なう事はないのだ。
『おお……!ユリウス……!聴いてくれるのか……!ありがとうユリウス……本当にありがとう……』
俺は弱った王の為に国を裏切る事に決めた。稀代の裏切り者として罵られても構わない。
こんな事で生き返った王妃が喜ぶとは思えないが、それを踏まえた上で俺は王の為に動く事にした。
それに後ろめたい気持ちも有ったんだ。
だって、エリクサーさえ残って居れば、レオノーラ様は元通りに治っていた筈なんだよ。
だから尚更、王を見捨てる事なんて出来ないんだ。
王との連絡は途絶えてしまったが、その足取りを今はルナリアに探って貰っている。
彼女が言うに手掛かりが有るらしく、もう間もなく見つかるそうだ。
それとアリアンの成長阻害については……
あの後から今も邪竜を探しているが、結局見つける事は出来ていない。と言うより俺達と戦って以降、邪竜の目撃情報は一切舞い込んで来なかった。
大人しい性格なのは王妃から聞いてるので、俺たちに襲われて表に出て来れなくなったのかも……悪い事したな。
邪竜と出逢っても討伐するつもりは無いんだが、会えない事には血を分けて貰う交渉も出来やしないぞ。
「……ん?……アレはアリアンか……」
ユリウスが外を眺めていたら登城するアリアンを見つけた。
物事が悪い方へ流れてしまうと、アリアンも見納めになる可能性が有ったので、ユリウスは成長した彼女の姿を目に焼き付ける事にした。
【………!!!─ーーッッ!!】
野生の感か、アリアンはユリウスに気付いたらしい。そのまま鬼の様な形相でユリウスの元へと向かう。
「──うわ、やべっ!!」
ユリウスは急いでその場から逃げ出した。
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