普通の勇者とハーレム勇者

リョウタ

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7章 普通の勇者とハーレム勇者

穂花の怒り

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♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

~橘穂花視点~


──私は兄が嫌いだ。
昔はそうでも無かったけど今は大嫌い。

嫌気が差したのは兄の性格が酷すぎる所為だ。
兄は常に自分は女性から好かれてると考えていて、その中になんと私も含まれていた。
私は血の繋がった妹……それなのに本当に気色悪いことを考える人だと心底思う。

嫌いになった以上は距離を開けて接したい、でも、周囲がそれを許さなかった。



『いつまでも兄妹仲良くて嬉しいわ』

とお母さんが言う。

『二人で何か美味しいものを食べて来なさい。雄星が居れば安心だな』

とお父さんが言う。

『これからも雄星や穂花ちゃんと一緒に居られるだけで私は幸せなんだ……!』

と由梨お姉ちゃんが言う。

そう言われるのが本当に辛い。
でも逃げ場なんてない、まだ子供だもん。


──この頃の穂花は真剣に悩んでいた。
孝志の言葉を借りるなら雁字搦めな状況……だと思い込んでおり、自分ではどうする事もできないと諦めてしまっている。
ただ実際は周囲が勘違いしているだけなので、はっきり雄星が好きではないと口にすれば済む話だ。

しかし、内気な穂花は言う事が出来なかった。
両親に軽蔑されると考え、幼馴染の由梨にも距離を置かれるんじゃないかと不安に思ったからだ。
もちろん言った所でそうはならないが、そうなる事を恐れてしまい、穂花はどうしても言い出せなかった。

そして、周囲が兄妹仲良しだと勘違いし、二人を一緒に居させようとする行動が穂花の雄星嫌いを加速させて行ったのだ。


(……我慢すればいいか。別に暴力を振るわれたりする訳でもないしね)

そう悟り、穂花はこれまでの関係を続けて行く。



──しかし、中学一年のある日。
橘穂花は運命の出逢いを果たす事となった。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎

~1年前~


『あれ?君って雄星の妹だよね?』

『あっ!ほんとだっ!ジュース買ってあげようか?』

二人のギャルに絡まれ穂花は溜息を吐いた。
放課後、中等部の穂花が仕方なく雄星を待っていたところで捕まってしまった。出来るだけ木陰に隠れて居たがダメだったようだ。



『いえ……良いです』

──まただ、もう数えてもキリがない。
こうやって兄に取り入ろうと、私に優しくする先輩女子達……私のことなんて何とも思ってない癖に。

穂花はカバンの取手を強く握り締める。


『いいからいいから!ほら自販機行くよ!』

あ、無理やり連れて行こうとする。
今日の人達は強引だなぁ……ちょっと怖いけど、はっきり言った方が良いよね?
このままだと本当に連れて行かれちゃう。
知らない人に奢って貰うなんて嫌だよ。


『あ、あの……ほんとに困ります』

申し訳なさげに拒絶の意を表す穂花。
すると友好的だったギャル達が豹変する。


『はぁ?感じ悪っ』

『え?』

『雄星はあんなに笑顔で素敵なのにね』

『ははは……』

素敵……?あの薄ら笑いの何処が素敵なの?
それに感じ悪く言ったつもりなんて無いんだけどな……見た目も不良っぽくて怖いし、どうしよう。


『うっわ……見るからに愛想笑い』

『マジで似てねーな』

『……うぅ』

今日の相手は質が悪いや……結構酷いこと言ってくる。私が兄に告げ口するとか考えないのかな?
こういう風に絡まれるとつくづく思い知らされる……結局、私は兄とセットなんだって。


『……ぐずっ』

あれ……少し泣けて来た。
が、我慢しなきゃっ!我慢は得意だもん……でもやっぱり怖いし悲しいよ……誰か助けて。


『ん?──あれ?あそこに居るの孝志じゃね?』

『おっ?相変わらず暇そうだね~……おーいっ!孝志っ!こっち来なよっ!……って、お~い!おい!無視すんなコラァッ!』

(うわぁ……凄く怖そうな人達なのにどうして無視出来るんだろう)

孝志と呼ばれた男性──顔は凛々しくて私好みだったけど、喧嘩は強そうに見えないよ?
そんな孝志と呼ばれた先輩は、数回呼ばれてようやく面倒くさそうにコッチへ歩いて来た。
うん、近くで観たらもっとカッコ良い。


『ほらほら、この子が雄星の妹だよ。全然似てないっしょ?』

『うん?…………お前ら何してんだよ』

『……あ』

この人さっきまで気だるそうだったのに、泣きそうな私に気付いて今度は女の人達を睨んでる。
一緒になって酷いこと言われると覚悟した……でも、私の為に怒ってくれている……あ、ありがとうございます。


『はぁ?別に良いじゃん?』

『よくねーわ。つーかアレだろ?橘の好感度上げようとしてんだろ?それで泣かせてどうすんの?』

『別に泣かせてなんか──あれ?泣いてるし』

『は、はぁ?そんな酷いこと言ってないじゃんっ!』

それを聞いて孝志の表情は険しいモノに変わった。


『何が酷いこと言ってないだよ。どんな言葉で傷付くかはその子にしか分かんないだろ?』

『…………』

この人ほんとに凄い。
私の気持ちをちゃんと分かってくれている。
たったそれだけの事が、私にとってどうしようもなく嬉しい……誰も解ってくれないと諦めてたから。

言われたギャルさん達もバツが悪そうにしてる。


『それはそうだけど……』

『第一、その子の名前は聞いたのか?』

『いや……しんない』

『名前も知らない子を無理やり連れて行こうとすんなっ!──第一、彼女は橘雄星の為に居るわけじゃないんだよ。つまんねーことに利用しようとすんなし』

この言葉を聞いた穂花は俯き加減だった顔を上げ、驚いた表情で孝志を見た。


(……え、うそ)

それは、兄と一緒に居ることが当たり前になっていた私が一番言われたい言葉。
兄の付属品──私はいつのまにか自分をそう卑下していた。そうやって自分自身が誰よりも自分を否定していたんだ。

でも……少なくともこの人は私を兄のオマケとして考えていない。私以上に私を肯定してくれている。
そして私の欲しい言葉を沢山くれる……私は、この人と会う為に頑張って来たんじゃないのかな?

そう思えるほど素晴らしい人だよ。


『別に、アンタには関係ないじゃん』

『じゃあ俺を呼ぶなヤンキー女共風情がっ!それにこの女の子にも絡むなっ!つーか俺はヤンキーが死ぬほど嫌いなんだよっ!普段イキリ散らしやがって社会不適合者共めっ!』

『そ、そこまで言うことないだろっ!』

拳を握り締めて激昂する女子達にも決して孝志は怯まない。この時から無駄に根性が座っていた。

また、今はこんな感じだが普段の孝志はこんなにキツイ言い方はしない……それがこの世界での松本孝志としての生き方だ。
しかし、今回ばかりは少女に対する彼女達の振る舞いが許せなかったらしい。口汚くギャルを罵った後、怯えている穂花に近付いて行く。


『──えっと……名前は?いや、知らない先輩に名乗りたくないか……』

『………ほ、穂花です……た、橘穂花っ!』 

そんな風に思ってないですよ……!むしろ聞いて貰えて嬉しいですっ!
さっきまでキツイ言い方だったのに、私に話し掛ける時は凄く優しい……身体中が熱くなって来たよ。


『そうか。じゃあ入り口まで一緒に行こうか?変なことしないからさ』

『は、はい……よ、宜しくお願いしますっ!』


──孝志は穂花を連れて校門を出ようとする。しかし、散々侮辱されたギャル達は黙っていなかった。


『ちょっと待ちなよ!話はまだ終わってないっ!』

『しつけぇ……ん?』

もう一度罵声を浴びせようとしたところで、孝志はある人物の存在に気が付いた。
そしてニヤリと卑しく笑い、孝志はその人物に向かって手を振る。


『──あ、東方不敗先輩だ。せんぱーい!コイツら中学生泣かせてますよーーっ!』

『ひっ!?』
『やっばっ!』


孝志が見つけたのは、ギャル達の大元締めで大番長に当たる女性。中等部の穂花は知らないが、孝志の通う高校では有名人である……悪い意味で。

孝志に呼ばれた女性は、威圧感を放ちながらギャル達に近寄って行く。


『アンタら中坊虐めるとは良い度胸してんじゃん?ええコラ?』

このお姉さん……めっちゃ怖い。
ギャル先輩達もガクガクと震えている。


『あ……くんくん』

そんな事より孝志先輩ってば良い匂いがする。
顔も性格も匂いも声も何もかもが私好み。
どさくさ紛れに抱き着いたりしたら怒られるかな?


『あれ?』

そう言えば、さっきまであんなに心苦しかった筈なんだけど今は何ともない。
ふふ、きっと孝志先輩のお陰……本当に暖かい人。私の中の凍っていた何かが溶かされて行くみたい。

やばい、これはきっと『恋』だ。
初めてなのに解るものなんだね、人を好きになる瞬間って……

孝志先輩……

綺麗な眼をしてる。好き。


『……えっと、アンタ大丈夫?』

ギャルさん達の説教を終え、お姉さんが気遣って声を掛けてくれた。あのギャルさん達は……あっ、泣きながら帰ってるや。

……って、私も黙ってないでちゃんと御礼を言わなきゃっ!助けて貰ったんだもんっ!


『はい……ありがとうございますお姉さん。でもこの先輩が助けてくれたんで大丈夫ですっ』

いきなり孝志先輩なんて呼んだら変に思うよね?
『この先輩』なんて言い方、本当はすっごく嫌だけど仕方ない。


『へぇ~助けたとかやるじゃん。普段チャランポランな癖にウケるんだけど?』

『もしかして麻雀大会で三連続国士無双決められたの根に持ってます?』

『…………』

『…………』

(あ、根に持ってるんだ)

 リボンの色からして、この学校の2年生かな?
制服を着崩したお姉さん……でもそれがサマになっている、凄くカッコよくて綺麗な人だ。

う、羨ましい。


『…………わぁ』

『ん?なに見てんの後輩女子?』

『い、いえ』

思わずお姉さんを凝視していたみたい。
気を付けないと孝志先輩に変な子と思われちゃう。

でも一連のやり取りを見て安心した。
この人は孝志さんに異性として興味がないみたい。好きな人がきっと別に居る。肝心の孝志さんもギャルは嫌いだと言ってたしライバルにはならない筈だね。

でも二人は知り合いっぽいし……一体、何処で出会ったんだろう?それくらいは聞いても良いかな?


『あの……二人は何処で知り合われたんですか?』

『あっ~と……』

あれ?お姉さんが気不味そう……?
ラ、ライバルじゃないと思ってたのに、深い関係だったらどうしようっ!?
凄く心配……此処は勇気を出してちゃんと話を聞かなきゃダメだっ!


『く、詳しく……話して欲しいです』

『ん~……いやね?ウチの馬鹿母が、この子の妹が大事にしてたフィギュアを壊したんよ。それの賠償現場で知り合った感じかな?』

『……なんですかその状況』

『『わかんない』』

『い、色んな母親が居ますね~』

それしか言えないよ。
大の大人がフィギュア壊すって何それ?
でも怪しい関係じゃなくて良かったぁ~……もう孝志先輩ナシじゃ生きられない身体になったんだからね?


『俺に国士決められた坂本優香先輩よ、あそこ歩いてるの貴女の弟さんじゃないか?』

『あん!?──こうしてる場合じゃないっ!じゃあ行くからっ!雄治を見失っちゃう!』

大慌てでお姉さんは帰って行った。
最後に弟さんがどうとか言ってたけど、まさか付け回したりしてないよね?ウチの兄みたいな恥ずかしい真似は止めて下さいよ?


『……じゃあ、怖い先輩達も居なくなったし、後は大丈夫そうだね?』

『え?』

『じゃあ俺は帰るよ!また機会が有れば何処かで!』

『ま、待って!──い、行っちゃった』

止める間も無かったどうしようっ!
まだ何も話せてないよっ!

か、考えてみればギャルさん達から私を守るのが目的だったし、あの人達が居なくなれば一緒に居る必要ないもんね。

ただ寂しい……苗字も聞けてないのに。


『でも、本当に下心で助けたんじゃないんだね』

何も要求して来なかったのが何よりの証拠だ。本当に善意だったんだ……うふふ。

……いつもならホッとする所なんだけど、孝志先輩が相手なら話は別だよ。むしろ求めて欲しかった。


『これから何処へ行けば出逢えるかな?う~ん、学校は解ってるんだからこうして待ち伏せして居ればきっと逢えるはず……だから──



──私を恋に落とした責任、とって下さいね?』


萎れていた穂花の日常に花が咲いた。
今日この日をもって、松本孝志という存在が彼女の日常を彩る花となる。
ただ助けられたからではない……彼のあらゆるモノが穂花の心を魅了し、鷲掴みにしてしまったのだ。


──ただこの時、あんなに熾烈極まるストーカーに仕上がるとは……穂花自身も思ってなかったという。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


~橘穂花視点・現在~

私は兄と対面している。
これまでは大抵のことは我慢して来たつもり……でも絶対に許せない事がある。

私から自由な時間を散々奪っておいて、今度は何よりも愛しくて大事な孝志さんを奪う気……!?
孝志さんの顔を見てたら分かる……あの万歳は無理矢理やらせたものだ。
まさか孝志さんの自由まで奪うなんて……!


「穂花、今まで何処をほっ付き歩いて居たんだ?随分探してしまったよ──まぁ良い、さぁ帰るぞ。もう此処に居ても仕方ないだろう」

また人の話も聞かないで勝手に……もう絶対に許さないっ!この男だけは絶対に……!


「………ほ」

今度ばかりは我慢の限界だっ!
今まで我慢して我慢して我慢して我慢してた胸の内をぶちまけてやるんだからっ!


「ん?聞き取れなかった今なんて言ったんだ?』

「お兄ちゃんの阿保ッ!!」

「な、なにぃ?阿保?この僕が阿保だって!?兄に向かってなんてことを言うんだ!訂正しろっ!」

「うるさい!馬鹿っ!」

「阿保に続いて馬鹿だって……!?──ほ、穂花……お、お前ッ!堪忍袋の尾が切れたっ!許さんぞっ!」



──何年も我慢し続けていた少女の兄へ対する怒りが爆発し、今ここに兄妹喧嘩が勃発した。

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