貸本屋七本三八の譚めぐり

茶柱まちこ

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三月『糜爛の処女』

これを読む君へ

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 これを読む者へ、『何人なんぴとたりともこれを読むべからず』と、私は告げなければいけない。
 何人たりとも。
 一般人にはおろか、禁書士にも読まれない譚本とはなんとも愉快な皮肉だが、それでも私はこうして言わねばならない。
 なぜかというと、これは私以外の誰にとっても無意味な譚だからだ。
 取るに足らない、読むに足らない譚。
 けれどもし。
 もし、これを読み解かんとしていて、さきの文字に目を通してもなお先に進もうと言う酔狂がいたとしたなら。
 そんな酔狂である君へ敬意を表して、私もそれなりの前口上を述べておきたい。


 譚とは歴史であり、人生であり、体験であり、心である。
 これより先に語るのは、私の歴史、私の人生、私の体験、私の心――即ち、譚であり、それのほんの一部分である。
 これを読み解かんとする君は、どんな形であれ私の譚に価値を見出してこの本を開いたのだろうけれど。
 私に言わせれば、譚にはそもそも価値などない。
 譚の読み解きとは、切り取られたそれをただ覗いているだけの行為なのだ。
 切り取られた譚を覗き見ることに価値があるかと聞かれれば、私はないと答える。
 即答するし、断言する。
 そもそも、私にとって価値という言葉以上に信用できないものはない。
 価値とは貧富問わず、年齢問わず、性差も、人種も、さらに言えば人間も畜生も問わず、誰にでもつけられるものなのだから。
 容易く変容するし、容易く変節する。
 一般的に『価値がある』とされているお金にしたって、「金ではなく愛こそこの世で最も価値がある」とか、「人生の豊かさは金の豊かさではない」とか、散々に言われているのだから。
 この譚にもこれを読んでいる君の譚にも読み解く価値はないし、無価値なんてものもないのだ。
 ゆえに、この譚に価値を見出してはいけないと、私は先に告げておきたい。
 私が君の生きる時代においてなんと呼ばれていようとも――逆に、全くの無名であったとしても。
 今から語る私の譚に価値という価値観を持ち込んではいけない。

 では、こうして譚本を紡いでいる私は、価値以外の何を譚に見出したのか。
 私は物心ついた時から譚本に触れてきた。
 人の歴史、人の人生、人の体験、人の心――。
 それらを切り取り紡ぎあげた産物たる譚本に。
 でも、どうだろう。
 譚本に紡がれた文字の羅列の意味をとことん還元していけば、それらは全て『虚構』であるという結論に至らないだろうか。
 本当の意味で譚を信じている者などいない。
 譚本が人間の手によって生まれている以上、譚本に記されたものには多かれ少なかれ、誇張と虚飾が入る。
 過去なんてものは都合よく美談になるし、未来なんてものに人は夢を見る。
 そんなものを君は信じられるだろうか?
 等身大の譚なんてものは今たったこの瞬間にしか存在しない。
 したがって私がここに至るまで述べたことも、私がこれから語ろうとしている譚の数々も、君にとっては『虚構』だ。
 取るに足らない、読むに足らない『虚構』。
 ――けれど、君にとっては『虚構』でも、譚の持ち主たる私にとっては紛うことなき『真実』だ。
 ただ私がそうと知っているだけでいい。
 私にとって『真実』であればいい。
 君が今見ているこの文字の羅列は『虚構』だけど、私が今書き出さんとしている譚は決して嘘ではない。
 それだけは、覚えていてほしい。

 価値もなければ信じるにも値しない、私の『真実』を読み解かんとする君に、私は願う。
 君もまた、君の譚を信じて歩んでくれますように、――と。
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