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第二章•魔王編

34話◆魔王のお世話係、おかん降臨。

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夜の森の中で、スティーヴンが小さな光の球を出す。

暗くて視界が悪いので、ライトを出したような感じだ。



「はじめまして、私はスティーヴン。
昔はラジェアベリアという国の王をしていました。
今は、レオンハルト殿とディアーナ嬢の友人であり、神の世界で従者をしております。」



「王様…父上と同じだ。…同じです…。

俺…僕は、ディアナンネ国の第一王子、ライアンです。」



大人の男性に対等な立ち位置で敬語で話された経験が無いライアンは少しばかり緊張気味で、言葉を探し選びながら返事をする。

スティーヴンは微笑みつつ、そんなライアンの本音を聞きたくてわざと意地悪な言葉を投げた。



「先ほども言いましたが、君にはロージア様と結婚する資格はありません。」



「何でだよ!!」



投げた言葉を真っ正面から受け取り、せっかく被った猫もかなぐり捨てて食って掛かって来たライアンに、スティーヴンは苦笑する。



「君は、すぐ何で?って聞くんだね。聞けば誰か答えてくれるのかな?
自分で何故かを考えたりしないのは…そう、それは何で?」



スティーヴンはライアンの質問に、同じように質問を投げ返した。



「…!そ、それは…俺、馬鹿だから…分からないから…。」



「誰かに聞かないと分からない馬鹿だから…
それでは、そんな馬鹿な男が神に名を連ねる魔王の夫として相応しくないのは分かるよね?
それすらも、何で?と尋ねる?」



ライアンは黙りこくってしまった。

ロージアの見た目が少年のようではあるが美しい少女で、普通に会話が出来る相手だと認識した時から、ロージアが神の一族の一人だという事を、そんな大した事ではないと思い込んでいた。

父が怒った理由を、改めて知った気がした。

神を冒涜したのだと、父は言いたかったんだ。



「……ロージアは神で……俺は、ただの人間…です。
…だから、俺が馬鹿じゃなくても……
きっと、結婚する資格はない……」



スティーヴンは微笑みながら頷いた。



「良かった、ただの馬鹿なだけの子じゃなくて。
…まあ、悪いのは君だけじゃないよ。
君の気持ちを暴走させた馬鹿な夫婦の責任でもあるし。
特に妻の方ね。」



地べたに座り込んだままのオフィーリアが「てへ!」的な顔をしている。

ウザイのでスルーする。お前の妻の事だ。



「もし君が、ロージア様と結婚出来なくてもロージア様を守り、側に居たいと思ってくれるのであれば…
このままレオンハルト殿達と旅を続けてもらい、腕を磨いて欲しいのと…
私としては、君に魔王の従者をしてもらえないかと。
この際、補佐でも側近でも執事でも何でもいいんだけどね。」



「……ジャーマネとか?」



オフィーリアが口を挟む。どこの世界の言葉だそれ。

やかましいわ。黙ってろ。



「魔王と呼ばれるけど、ロージア様もまだ幼い。
もっと色々見聞を広げて貰いたい。
破滅を導く神とは言えど、良い事も悪い事もたくさん見て、経験して欲しい。
……君に、その手助けをして貰いたいと、私は思っている。」



スティーヴンの話を黙ったまま聞いていたライアンが、真剣な面持ちでスティーヴンを見る。

強い意志を宿した瞳を向けると、自身の決意を語る。



「俺は、ロージア…を魔王にさせたくない。
だから…その為に人を殺さなきゃいけないなら…ロージアの為になら、出来る。
俺は人間だから、ディアーナ姉ちゃん達みたいに長生き出来ないけど、俺が生きてる間だけでもロージアを守る。」



スティーヴンとオフィーリアは、感心したようにライアンを見る。

ただのアホな子じゃなくて良かったと。



「良かった…。では、私は帰ります。
時々様子を見に来ますよ。
ライアン君は、あの夫婦の暴走に巻き込まれて馬鹿度をパワーアップさせないように。
また、ロージア様を嫁にするだの、何で?だの、ほざいていたら私が斬り倒しますからね。」



スティーヴンはクルリとオフィーリアの方を見る。



「レオンハルト殿。オフィーリアではなく、レオンハルト殿。

いい加減、目を覚まして下さい。
とりあえずレオンハルト殿に戻って、そういうクソみたいなお悩み相談は後日、誰も居ない場所で夫婦二人で解決して下さい。
ディアーナ嬢も……ずっと隠れて様子を伺っていたの気付いてましたからね。
あんたら、えー加減にしとけ?」



にこやかな笑顔とは裏腹に、寒々とした空気を纏いディアーナの隠れている場所に向かい声を掛けると、スティーヴンは足元の地面を指差す。



「お二人には、ライアン君を預かっている責任があります。
青少年を正しい道に導いてあげるのも、大人の役目ですよ。
ディアーナ嬢、姿が16歳だからって、大人じゃないもん女の子だもんとか言うのは無しですよ?
……とにかく、反省しなさい。」



おかんが、怒っている……。


ディアーナとオフィーリアはスティーヴンの指差した場所に行き、正座した。



「いいですか?あなた方は、だいたいいつもいつも……」



おかんの長い説教が始まった……早く帰って下さい…。

スティーヴンの前に並んで正座する、ディアーナとオフィーリアの思考がシンクロした。









「まぁ、では話はまとまったけど……
何だか、おかしな問題が浮上してますわね。」



スティーヴンの湯飲みに、新たに玄米茶を注ぎながらウィリアが苦笑している。



「私を呼び出した元々の理由を忘れてパニックになっていたが…それは私には無関係だ。知らん。
後は二人で何とかしてくれればいい。」



「……いい気味ですわねぇ。」「だろう?」



二人で茶をすすりながらほくそ笑む。



「あの夫婦は散々、我々を振り回して好き勝手やってきたんだ。少し位苦しんどけ。
……いつもはレオンハルト殿が折れるが、今回はどうかな?」



「レオンハルト様は、ディアーナ様に甘いですもの。
今回も逃げ切るのでは?」



実は何年かの周期で、今回のようなオフィーリア暴走が起こる。

毎回、ディアーナがあーだこーだ言って逃げ切っている。



「まあ、愛していても身体を重ねるとなったら…気持ちは分からなくはないが…。」


「あら、わたくしはスティーヴンが女性でも構いませんわよ?女性同士になっても愛しますわ。」



スティーヴンが茶を吹く。



「えっ…?」



「逆に、わたくしが男性になっても…
わたくしはスティーヴンを受け入れますわよ?
男性同士でも。」



少し意地の悪い笑顔を向けウィリアが言う。



「勿論、スティーヴンが女性でわたくしが男性になったならば、受け入れて貰いますし。」



スティーヴンが頭を抱えた。

ディアーナ嬢の事を、いい気味だと思っていたが…
これを自分に当て嵌めると、かなりの覚悟を要する。



「そ、そうだな…万が一、そうなってしまったならば、私も、ウィリアを受け入れるよ……。」



現実にならない事を祈って。

ジャンセンには絶対に聞かせられない……。



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