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初めての夜。

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デルフィナは夫であるアンドリューの部屋、元貴賓室の前に居た。

数回深呼吸をし呼吸を整え、ヨシ!と自身を鼓舞してから貴賓室のドアを叩く。



「アンドリュー、私だ。入るぞ。」



いつもは返事があるまでドアを開けたりしない。

だが、今はそんな事を言っている場合ではないと、デルフィナは返事を待たずにドアを開けた。



貴賓室にある、大きなベッドの上で……

アンドリューが荷造りらしき事をしている。



「あ、アンドリュー…?その荷物は…何処へ行く気だ?」



アンドリューには私物と言える物など殆んど無い。

小さな肩掛けのカバンに、無造作に衣服が数枚だけ詰め込まれている。



「…城を出て行く。世話になったな。」



「な、なぜ!?わ、私には会いたくなかったのか!?
オブザイアになら会いたいのか?
だったら、今すぐ変わってやる!」



アンドリューの答えに、頭を殴られたような衝撃が走る。

デルフィナは焦った。

アンドリューが、この国を捨てると…
私をも捨てると言っているのだと。




「オブザイア殿には会いたくない!!!デルフィナにも!!」




強く言い放たれた拒絶の言葉に、デルフィナの鼻の奥がツンと痛くなった。

涙が零れそうになる。

それを耐えた。泣いたら、何も聞けなくなる。

話が続けられなくなる。

アンドリューの言葉が聞けなくなる。

それは…駄目だ………。




デルフィナは胸を押さえて自身を制する。

そして、静かに…極めて冷静に、アンドリューに尋ねた。




「この城を出て行きたいのは分かった…
だが、どうやって?」




この城は、高い切り立った山の頂上に置くように造られている。



転移石と言うアイテムがあれば城の内外を行き来出来るが、これは王族に縁のある、狂戦士に変化出来ない者のみが体内に飲み込んでいる物で、デルフィナの母マリアンナと、その兄のサーリオンだけが所持している。


予備は無い。



以前、デルフィナの夫であるアンドリューにも転移石を渡そうとしたのだが、自分はオブザイア殿の背中にくっついて移動するからいらないとアンドリューが断ったのだ。



城に住む、使用人達は基本、城から出ない為にそういう手段は必要無いが、食料の運搬や、何らかの用で城から出る時は翼竜を使う。



だが、決まった日程で決まった人数しか運べない為に予約が必要で、今すぐ城から出たいとなると、狂戦士に運んで貰うしかない。



「………デルフィナ、オブザイア殿になってくれ。」



「ブッ!!」



デルフィナは思わず噴き出してしまった。
たった今、会いたくないと言ったばかりなのにと。

この、子供みたいな夫が……私は好きなのだと、デルフィナは改めて思った。

アンドリューが好きだ。
だからアンドリューの気持ちを優先してあげよう。

それで…アンドリューを失う事になったとしても。



オブザイア…もう一人の私……。
オブザイアも、そう思ってくれるだろうか。



デルフィナはアンドリューに向けて頷くと、オブザイアに変化した。



「…………おう。」



デルフィナが変化して現れたオブザイアは、ばつが悪そうに小さく挨拶する。



「オブザイア殿……俺……。」



オブザイアは褐色の顔をほんのり赤く染め、少し俯いて黒髪のザンバラ頭をガシガシと乱暴に掻くと、太い腕をアンドリューに伸ばし、オブザイアからしたら小さなアンドリューの身体を、胸の中に抱き寄せた。



「お前がニブいからな!!照れっつーのはな!!好きだから、恥ずかしいって事なんだよ!!もうな!割と前からな!!俺はお前が好きだからな!!ニブいお前にゃ伝わりにくかったかも知れないがよ!!」



オブザイアの大きな胸に抱き寄せられたアンドリューは目を丸くする。

そして、自分が顔を埋めているオブザイアの胸の鼓動が忙しなく音を立てているのを聞き、目を細めた。




「……オブザイア殿……凄い、動悸激しいんですけど……」




「は、恥ずかしいんだよ…
こんなナリして、みっともねぇと思うかも知れねぇが…
初めてだからよ…人に好きだなんて伝えんのは…。
…なぁ、アンドリュー…俺の元から…離れないでくれねぇか?
…お前の姿を見られなくなるなんて耐えらんねぇ…。頼む…。」



オブザイアは胸からアンドリューを離し、膝の上に向かい合う格好で座らせる。

アンドリューの小さな額に自分の額を当て、頼むと言うよりは祈るように言った。



「…オブザイア殿…俺は我が儘だし、欲張りだ…
今までのような関係だけでは、辛いんです…。」



「…ああ、アンドリュー…俺は、お前の物になるつもりだ。」



額を離し、アンドリューがオブザイアの顔を見詰める。

オブザイアの髪を撫で、オブザイアの額に唇を当てる。



「初めてオブザイア殿を見た時から、俺はずっと貴方が好きだった…貴方の物になりたいと思っていた。
ですがオブザイア殿…今の俺は、貴方達が好きだ。
貴方達が欲しい。
欲張りな俺はもう、どちらかだけなんて無理です。」



「…………」



「今は貴方より先に、デルフィナを抱きたい。」



真っ直ぐに

アンドリューはオブザイアを見詰める。

逸らす事無く合わせられるアンドリューの瞳に、オブザイアは微笑んだ。

オブザイアは目を閉じて頷くと、デルフィナと入れ替わる。



大きなオブザイアの身体が消え、オブザイアの膝に座っていたアンドリューがバランスを崩す。

オブザイアの代わりに現れたデルフィナの華奢な身体は、倒れかけたアンドリューの胸にすっぽりと収まるように抱き締められた。



「「わっ!!」」



二人同時に声を出す。

アンドリューが下になり互いを抱き締めたまま、二人はベッドに落ちた。



「す、すまん!オブザイアの太ももの厚みを考慮してなかった……」



アンドリューの上に重なった状態のデルフィナが、下に敷いてしまったアンドリューに思わず謝ってしまうと、アンドリューはクスクスと笑ってデルフィナを抱き締める。



「お陰でデルフィナを抱き締められた。デルフィナ…。」



アンドリューが身体を反転させ、デルフィナを下にしてベッドに寝かせる。



「出会った頃は、興味が無いと冷たい態度を取り続けていたな。すまなかった…。」



「…わらわ……私も……アンドリューを世継ぎを作る為だけの夫だと思っていた…。」



デルフィナの手の平にアンドリューが手の平を重ねて指を交差させる。



「デルフィナ…お前が好きだ…お前を抱きたい。
どうか俺の妻になってくれ。」



アンドリューが顔を近付け、互いの唇が触れる浅い口付けをする。



「あ…アンドリュー…わ、私…初めてだから…
その…や、優しく…」




「………初めて?俺と…?」




「ち、違う!だ、男性と…その…した事が無い…のだ…
私は処女だからな…」



アンドリューが驚きの表情をする。

そして、顔を赤くしてデルフィナの肩口に顔を埋めて呟いた。



「初めての相手が俺だという女とした事はない…
俺はデルフィナの初めての男になるのか…凄く嬉しい…。」



「最後の男でもあるからな!
私を抱けるのは、この世にアンドリューただ一人だけだからな!」



「ああ、デルフィナ…俺もお前だけ……
いや、お前とオブザイア殿だけだ。
この先、お前とオブザイア殿以外の誰もいらない。」



アンドリューがデルフィナに唇を重ねる。

深く深く重ね合い、互いの吐息も飲み込んで肌をも重ねていく。



「愛している…デルフィナ…。」


「アンドリュー……」







二人は同じシーツにくるまり、額を付き合わせ手を繋いだまま、初めて同じベッドで朝を迎えた。



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