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亡き皇妃セレスティーヌと、第二妃カリーナ

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先代皇帝グレアムの后、セレスティーヌはキリアンと同じ金糸の髪に紺碧の瞳を持つ美しい女性であった。

どこか物憂げな表情が常の彼女は、物静かで謙虚な雰囲気を持つ。

皇妃セレスティーヌは、淑女の鑑と言われていた。。



ベルゼルト皇国に輿入れした際には今のキリアン同様に「清楚で美しい」「女神の様だ」「白百合の様だ」と国民が彼女の美しさを讃え、国がわいた。



たおやかに微笑み、城のバルコニーから民衆に向け、恥ずかしそうに控え目に手を振るセレスティーヌ。

ガインも、グレアムとの婚礼時の、そんな彼女の姿をよく覚えている。



「姉上のかぶった猫、どんだけ居るんだよって思ったよね。」



セディがサラッと言うと、ガインも無言で何度も頷いた。



「父上に聞いた話だと、母上は元騎士だったんだって?

俺には、あの母上が剣を持って戦場に立つ姿なんて想像出来ないんだけど。」



キリアンがセレスティーヌ皇妃の肖像画に目を向けて訊ねた。

肖像画の皇妃は儚げで、物静かな淑女にしか見えない。



「騎士って言える様なモンじゃないぞ…ありゃあ…。

ヴィーヴルのセレスは戦闘狂って言われててな。

彼女は洒落にならん位に好戦的で、常に剣の相手を探していた。

いつ俺に勝負を挑んで来るかと気が気じゃなく━━あぁ…それでか…。」



ガインが自分の言った言葉を自分の耳で聞き、納得したかの様にガクンと激しく項垂れた。



「隊長は、僕の姿にかつての姉上を重ねていたんだろうね。

昔感じた危機感を無意識に思い出したって事かな?」



セディがクスクスと楽しげに笑うのを見たキリアンが不満げにガインにくっつき、項垂れたガインの頬に手を当て顔を上向かせる。



「ガイン、叔父上と何があったの?

何か変な距離感があるよね。なんで?

俺が知らない二人だけの秘密を持つなんて許せない。

何か凄く気分が悪いんだけど。」



目を合わせたキリアンにジイッと顔を見詰められる。

ガインは、キリアンに秘密を持つのが後ろめたいと言うよりは、キリアンに間近で顔を見詰められ、昨夜の行為を思い出して思わず頬を染めて目を逸らしてしまった。

それがキリアンには更に隠し事をされたかの様に見えてしまった。



「…や、いや…それは…俺がセディの事が気になって…。」



「何で気になるの?母上に似てるからってだけで?

それ、今も叔父上を変に意識する理由にはならないでしょ?

何で、そんな緊張してんの?らしくないよ。」



「隊長は、僕の存在を警戒していたんだよ。

姉上に似てるからってだけでなく、僕の視線に本能で何かを感じたんだろうね。

敵か、そうでないのかを測ろうとした。」



追及する事を止めないキリアンに対し、上手く説明が出来ず言い淀むガインの姿を見たセディはガインを気の毒に思った。

嘘を付けないガインが、キリアンに隠し続けるのは酷だろうと思い、キリアンの嫉妬を受ける覚悟で代わりに答えを口に出す。



「キリアンに抱かれている事、娘さんにバラされたくなかったら僕に一回抱かれてって隊長に言ったんだよ。

それで、まだ警戒心が解け切れてないんだよね。」



「せ、セディ!!」



「………は?何それ。」



キリアンに触れられているガインが、キリアンから立ち昇る激しい怒気にザワッと怖気を感じた。



「き、キリアン!俺のお前に対する気持ちを試されただけだから!

本気で言ったんじゃないから!!鎮まれ!!な!」



暴れ馬をなだめる様に、ガインがキリアンの身体を抱き締めたり撫で回したり、身体をポンポンと叩いたりと忙しなく動き回る。

だが、キリアンの耳にガインの声は入ってなかった。

冷静さを欠いたキリアンには、弱味を握ってまでガインに手を出そうとした者が目の前に居る事実しか見えていない。



「俺のガインを奪うならば、叔父上でも殺すよ。」



キリアンの右腕はセディの首に伸び、細く長い指先でセディの首を掴んだ。



「キリアン!!やめろ!!」



「ケフッ…あのなぁ…奪うワケ無いだろ…。

お前は隊長が絡むと冷静さを欠き過ぎる。」


ガインはセディの首を掴んだキリアンを背後から抱き、セディから引き剥がそうとする。

首を掴まれたセディはキリアンの手を振りほどこうとはせずに眉を寄せ、苦しげに詰まった声を出しつつも、キリアンと同じ紺碧の瞳で真剣な眼差しをキリアンに向けた。



「僕には、キリアンと隊長の絆の深さを知っておく必要があった。

だから隊長とキリアンが一番苦しむ場所を突いて本音を語らせる必要があったんだ。

そして隊長からキリアンへの偽りの無い想いを聞いた。

僕が隊長に身を明かした時点で、どんな答えが返ったか位分かるだろう?」



「……え……どんな答えって……ガインの答え……?」



キリアンの手から力が抜け、セディの首からスルンと手が離れる。



「その答えを聞いて、隊長はキリアンを絶対に裏切らないのだと確信した。

僕が言えるのはここまでだ。

なんて答えたのかは、隊長から直接言って貰えばいいよ。」



セディの首から手を離したキリアンの顔から険が取れ、嬉しさと気恥ずかしさに頬を染めたキリアンが、背後のガインの方を振り向いた。

振り向いたキリアンの潤んだ美しい紺碧の瞳と目が合ったガインが照れた様に俯く。



「キリアン……俺は……お前に言わなきゃならない事がある……。」



「言いたい事って、なに…?ガイン……聞きたい……言って…?」



気恥ずかしそうにフフッと小さく笑って頷く様にガインが顔を俯かせた。

俯かせた顔を上げたガインが、すうっと大きく息を吸い込む。







「キリアン!!この馬鹿野郎が!!

人の話も聞かずに勝手に嫉妬して、人をくびり殺そうとするんじゃねぇよ!!

そもそもが、なんでセディが俺達の関係を知ってんだ!!

どういう事だ!!ちゃんと説明しろ!!」





カッと目を見開いたガインが、部屋が震える程の大声で吠えた。













「姉上が病で亡くなる前に、生国ヴィーヴルに正式に依頼を出したんだ。

義兄上のグレアム皇帝陛下とベルゼルト皇国のためにヴィーヴルが誇る闇の部隊を借りたいと。それが5年前の話。

そして2年前、グレアム皇帝陛下が亡くなる前に、今度は陛下が契約の延長を我が国に申し出た。

自分が死ねば国が割れると。だから国に残り息子達を助けて欲しいとね。」



キリアンと同じ歳位の青年だと思っていた新兵のセディだが、実際の年齢は35だと言った。

ヴィーヴル国の公爵として語るセドリックは、セディとして見せていたものとは全く違う雰囲気を持つ。

紳士的な佇まいを見せ、静かに語るその姿はセディとは全くの別人にしか思えない。



「……皇妃様も、セディも……二面性が半端ない…。混乱するわ。」



「ヴィーヴル国の貴族家の血を持つ者の特徴でもあるんだ。

本来の強さを隠し、警戒させない為に違う姿を見せるのは。」



そういや、キリアンも城の外では乙女の様に弱々しい姿を見せる事が多い。

同じ傾向の人種だなと、ガインがキリアンに目を向ける。



ガインに怒鳴られたキリアンは、いじけて長椅子の左端で膝を抱えて丸まっていた。



「だから僕達は5年前からこの城に居たんだよ。

姿を隠し、あるいは別の姿に扮して僕達の誰かが常にキリアンの近くに居た。」



思わぬ告白にガインの目が点になる。



「…近くって…そ、それは…俺達の…その…最中…もか?」



「心配しなくても、さすがにそこは離れるよ。

とはいえ、我々はこの国と皇帝を守る為にありとあらゆる情報を収集している。

見たワケではないが、僕達は当然二人の関係も正しく把握している。」



「うがぁぁあ!なんでだぁあ!

誰にも知られてないと思っていたのに!!」



頭を抱えたガインが床に膝をつき、キリアンがうずくまる長椅子の右端に突っ伏した。



「隊長がショックを受けている所悪いけど話を続けるよ。

本来、僕達の存在は依頼主個人にしか明かさない。

そういう決まりがあるからキリアンは隊長に僕の存在を隠し続けるしかなかった。

だが、僕がそのルールを破ってまで隊長に身を明かしたのは、キリアンと国を守る為には隊長の協力も必要だと感じたから。」

混乱し、わぁわぁ状態で長椅子に突っ伏したガインの背に向け、淡々と話すセディは少し間を置いて口を開いた。







「ヴィーヴル国、暗部代表セドリックが報告いたします。

キリアン皇帝陛下の御命を狙う輩の国が分かりました。

刺客を放ったのは第二皇妃のカリーナ様の生国である、リスクィート国の貴族達です。

先の戦では、第二皇子ケンヴィー様を皇帝にと推した者達の背後に名を連ねた者達です。」





キリアンとガインが同時に顔を上げた。



二人共に、思いつく多くの刺客の可能性候補の上位にその国の名を置いていた。

だが第二皇妃のカリーナは先代皇帝が亡くなった2年前に息子のケンヴィーを置いてさっさと一人でリスクィート国に帰ってしまった。

自身の息子が戦争を起こした時ですら、関わりたくないとばかりに沈黙を貫いていた。



「カリーナ義母上を疑いたくはないが……まさか…。」



「それを調べるのが陛下に雇われた我々の仕事です。」



キリアンに対しボウアンドスクレープをしたセディは、首に残るキリアンの指の痕を隠す様にシャツの襟を立てて笑った。



「で、叔父として言うが…隊長が絡むとお前は暴走し過ぎる。

隣国国境での襲撃時といい…。

皇帝としての威厳を保つ為には本心を隠す事を覚えなきゃだぞ。」



「……悪かったよ。」



子供の様に口を尖らせて、不満そうに呟くキリアンの頭をガインがガシッと押さえつけた。



「キリアン!お前、セディをくびり殺す所だったんだぞ!?

軽過ぎるだろ!せめて頭を下げる位はしろ!」



「えー!それは嫌だ!」



「あははっ隊長、僕達はあれくらいで死ぬ様な身体をしてないから大丈夫!気にしないで!」



明るく返すセディに、ガインの方が不安になってしまう。

あれくらいで死なないから大丈夫って……

ヴィーヴル国では一体、どんな鍛え方をさせられてんだか…。

つーか首を締め上げた甥っ子に対し甘過ぎないか?叔父さん。







セディはガインに秘密を守る様にと幾つかの約束事をし、キリアンの部屋から出て行った。

セディはこの後仲間と連携を取り、遠く離れたリスクィート国に探りを入れるとの事。



セディが去り、キリアンの部屋に二人きりになったガインは長椅子に座ったまま額を押さえた。

ガインの隣に腰掛けたキリアンが、心配そうにガインの顔を覗き込む。



「師匠、大丈夫?」



「…大丈夫だ。ただ気が抜けちまって、ドッと疲れたがな。

……ッおい、何してんだよ…。」



額を押さえるガインの手の甲に、キリアンがチュッチュッと啄む様に吸い付いた。



「ミーシャに俺達の関係をバラすと叔父上に脅されて、師匠は何て答えたの…?聞きたい。教えて。」



額に乗るガインの手を取り何度も手の甲に口付けたキリアンは、手をどかして現れたガインの顔にもキスの雨を降らせる。



「ん…ちょ…キリアンやめろ、くすぐってぇ…んな事、恥ずかしくて…言えん…。」



「駄目、教えてくれるまで、やめない…師匠……。」



こめかみや頬に唇を落としていたキリアンが、ガインの耳たぶを甘噛みし、耳の溝に舌先をクニュと入れる。



「ふぁあっ!!は…き、キリアン…!や…ソコ、おかしくなるっ!」



一瞬身体全体が強張り、ガクッと腰から力が抜けたガインが小刻みに震えてキリアンの服を掴んだ。



「師匠…可愛い…顔真っ赤だし、目が潤んでキラキラしてる…。

何て言ったの…?教えて……俺のガイン……。」



「ッ…き、キリアンを…裏切らないって……くっ…ふ…!」



長椅子の背もたれ部分に身を預け、力が抜けた身体がズルっと滑る。

姿勢を維持するのが難しくなったガインは、身体が摺り下がらない様にとキリアンの衣服の肩部分を掴む。

言葉を紡ぐ唇は小刻みに震え、耳を庇う様に肩を竦める。

「俺を裏切らない?嬉しいよガイン…それから…?

何て言ったの…ガイン…続きは…?」



キリアンはガインの耳の溝を舌先で舐めながら小さな声で囁き、細く息を吹き掛けた。



「ふぁ!ひぁ…!あぁ…!!こ、こんなの…頭おかしくなる!

もう、やめろ!や…やめ……ひぐっ…!」



「ガインて…耳、こんなにも弱かったんだ…?

ふふっやめて欲しかったら、叔父上に何て言ったのか全部話して?」



キリアンの指先がガインのシャツの上をツウと滑り、ボタンを外し始めた。



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