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隠暮篇(かくれぐらしへん)
仕事納め
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それから3日も経たないうちに、仕上がったものを渡すためにカフェに出向く。
「今年最後の原稿、お預かりします」
「ありがとうございます。あの...最近は眠れていますか?」
あなたのストーカーを捕まえました、なんて言えるわけがない。
...だからこうして、然り気無く訊き出すしかないのだ。
「はい、おかげさまで何とか...。どうやら一般の方が捕まえてくださったらしいんですけど、詳細までは教えてもらえませんでした」
「そう、ですか...」
その一般の人が目の前にいるとは思っていないだろう。
渡瀬さんは目をきらきらさせて話しはじめた。
「複数人だったってことだけは教えてもらえたんですけど、本当にかっこいいですよね。
偶然かもしれないですけど、人の為に動けるなんてヒーローみたいだなって思うんです。おかげで家族も傷つけられずに済みました」
「それならよかったです」
なんとか笑顔で答えてみせるけれど、もし奥さんが襲われていたらと思うと恐怖しか沸きあがってこない。
「そういえば、その傷はどうしたんですか?」
「これは...少し、色々あったので」
あなたの奥さんと間違えられてあなたのストーカーに刺されました、なんて言える訳がない。
けれど、どう答えるのが正解なのか私には分からなかった。
そもそも、答えてしまってもいいものなのか分からない。
(...何でもいいから言い訳を用意しておけばよかった)
困っていると、後ろから肩を遠慮がちな力でたたかれる。
「迎えにきたよ」
「わっ、吃驚した...」
「あなたは野崎さんの恋人の...」
「こんにちは」
木葉はにこやかに顔を覗きこんでくると、任せてと口を動かした。
私がゆっくり頷くのを確認して、渡瀬さんに向き直る。
「彼女、この前不審者に絡まれたんです。このとおり可愛いから、犯人が捕まったとはいえ心配で仕方なくて...」
「そうでしたか。だから最近は送り迎えをしているんですね」
私が下手なことを言えば木葉にやられた傷だと疑われてしまう。
だからと言って正直に話せば、優しい渡瀬さんは耐えられない。
...だから木葉は、『嘘は言っていない状態』にしたのだろう。
確かに私は『不審者』に襲われた。
けれど、それ以上詳しく言う必要はないはずだ。
「あの、渡瀬さん」
「どうかしましたか?」
「彼の話、嘘じゃありませんから。...私は彼のことが大切だから一緒にいます」
「...まさか野崎さんから惚けられる日がくるとは思っていませんでした」
自分が放った一言がどれだけ恥ずかしいものなのか、今ならよく分かる。
真っ赤になったまま固まってしまった木葉と動かない私を見比べて、渡瀬さんはただ笑った。
「それではふたりとも、また来年」
「は、はい」
「...彼女のこと、お願いします」
渡瀬さんが去った後、木葉にぎこちなく話しかけられる。
「ちょっとだけお茶しない?」
「うん。そうしよう」
そうして飲んだカフェラテの味は、いまひとつ思い出せそうにない。
「今年最後の原稿、お預かりします」
「ありがとうございます。あの...最近は眠れていますか?」
あなたのストーカーを捕まえました、なんて言えるわけがない。
...だからこうして、然り気無く訊き出すしかないのだ。
「はい、おかげさまで何とか...。どうやら一般の方が捕まえてくださったらしいんですけど、詳細までは教えてもらえませんでした」
「そう、ですか...」
その一般の人が目の前にいるとは思っていないだろう。
渡瀬さんは目をきらきらさせて話しはじめた。
「複数人だったってことだけは教えてもらえたんですけど、本当にかっこいいですよね。
偶然かもしれないですけど、人の為に動けるなんてヒーローみたいだなって思うんです。おかげで家族も傷つけられずに済みました」
「それならよかったです」
なんとか笑顔で答えてみせるけれど、もし奥さんが襲われていたらと思うと恐怖しか沸きあがってこない。
「そういえば、その傷はどうしたんですか?」
「これは...少し、色々あったので」
あなたの奥さんと間違えられてあなたのストーカーに刺されました、なんて言える訳がない。
けれど、どう答えるのが正解なのか私には分からなかった。
そもそも、答えてしまってもいいものなのか分からない。
(...何でもいいから言い訳を用意しておけばよかった)
困っていると、後ろから肩を遠慮がちな力でたたかれる。
「迎えにきたよ」
「わっ、吃驚した...」
「あなたは野崎さんの恋人の...」
「こんにちは」
木葉はにこやかに顔を覗きこんでくると、任せてと口を動かした。
私がゆっくり頷くのを確認して、渡瀬さんに向き直る。
「彼女、この前不審者に絡まれたんです。このとおり可愛いから、犯人が捕まったとはいえ心配で仕方なくて...」
「そうでしたか。だから最近は送り迎えをしているんですね」
私が下手なことを言えば木葉にやられた傷だと疑われてしまう。
だからと言って正直に話せば、優しい渡瀬さんは耐えられない。
...だから木葉は、『嘘は言っていない状態』にしたのだろう。
確かに私は『不審者』に襲われた。
けれど、それ以上詳しく言う必要はないはずだ。
「あの、渡瀬さん」
「どうかしましたか?」
「彼の話、嘘じゃありませんから。...私は彼のことが大切だから一緒にいます」
「...まさか野崎さんから惚けられる日がくるとは思っていませんでした」
自分が放った一言がどれだけ恥ずかしいものなのか、今ならよく分かる。
真っ赤になったまま固まってしまった木葉と動かない私を見比べて、渡瀬さんはただ笑った。
「それではふたりとも、また来年」
「は、はい」
「...彼女のこと、お願いします」
渡瀬さんが去った後、木葉にぎこちなく話しかけられる。
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そうして飲んだカフェラテの味は、いまひとつ思い出せそうにない。
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