夜紅譚

黒蝶

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第7章『十五夜の戯れ』

第54話

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「…入っていいか?」
「ああ」
起きた陽向を放送室へ送り届け、真っ先に先生のところへ来た私は鏃を見せる。
「鱗粉みたいな光り方をしてるんだけど、これって毒じゃないのか?」
「満月が近づくにつれて効力を発揮する毒だな。毒を盛った異性に対して反抗できなくなり、最終的には喰われたり家来にされたり…まあ、色々だ」
「こっちも片づけないとまずいよな?」
「まずい。ただ…この毒の盛り方、おそらく昼夜問わず現れるぞ」
人混みに紛れこまれたら探せない。
怪我をした腕を動かし、小さく決意を固める。
「これから捕まえに行く」
「俺も手伝おう。ふたりでやれば早いだろ」
「ありがとう。正直ひとりじゃ自信ないから助かる」
他の日ならともかく、これだけ満月が近づいてきていてはどうしようもない。
「いすゞが取りこまれる前になんとかしたい」
「そうだな。あいつがいなくなったらこの町は災いまみれになるし、必死にもがいた奴が苦しむ世界はごめんだ」
先生は生きている頃から瞬を見てきているから、余計にそう感じるんだろう。
「瞬と穂乃はどこに行ったんだ?」
「ふたりで図書室にいる。…少し離れた場所に白露もいるが」
「そうか。…ここからは私たちの仕事だな」
先生が小さく頷いたのを確認して、朝日がのぼる前に探索する、
周りを見回してみたものの、それらしき存在は見当たらない。
「陽向、なんともないか?」
『すこぶる元気です!桜良には怒られちゃいましたけど』
「そうか。今夜はもうゆっくり休んでくれ」
『ありがとうございます』
手詰まりかもしれない。
焦る気持ちはあるものの、先生に考えがあるようなので後をついていく。
「…女郎蜘蛛もどき」
「え?」
先生が指さした方を見ると、手足が大量に生えた女が人間たちを捕まえていた。
《可愛イワ…》
撫でられている男は放心状態なのか、声ひとつあげない。
「先生、あれって…」
「腹の丸い模様を狙え」
「それってどういう、」
《侵入者ネエ?》
先生の糸はどこまでも真っ直ぐ伸びて、そのまま人間たちを絡めとる。
「糸なら俺も負けない」
夜紅として動ける時間はもう長くない。
絶対に外せない一射を、先生の背中に隠れて静かに放つ。
《痛イ、痛イ!》
「破魔の矢の味はどうだ?」
《オノレエエエエ!》
相手の体は塵になり、そのまま消えていく。
生徒たちの介抱をしながら先生に尋ねる。
「なんでここが分かったんだ?」
「糸を辿った」
即答した先生にただ驚く。
「どこに転がってたんだ?」
先生はかなり言いづらそうに話してくれた。
「…おまえの背中についてた」
どうやらあの怪異は私を男だと思ったらしい。
「こういう格好をして役に立つこともあるんだな」
「ちゃらけてなければそれでいいんじゃないか?…他の奴等にも解決したって知らせないとな」
颯爽と歩く先生の背中を追う。
その姿はかなり頼もしかった。
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