峽(はざま)

第3幕

目が離せない★

「佐藤」
「え、あ、はい...」
カフェに入ると、千夜が何か言われているようだった。
...もしかすると、何かミスをしたのだろうか。
話を聞こうとすると、店長の続きの言葉が耳にはいってきた。
「大丈夫だった？」
「はい...」
「何かあったんですか？」
「御舟、丁度よかった！さっき佐藤が変な奴に絡まれて...」
聞いたところ、千夜は車椅子に乗っていた子どもを助けてあげたのだという。
だが、相手は子どもがわざとぶつかってきたといちゃもんをつけてきて...。
「それで、千夜はその子を席まですぐに連れていったんだな？」
「...あんなことを言われて、あの子が傷つけられるのは嫌だったから」
「...そうか」
俺はただそう返すことしかできなかった。
何を言われたのかは分からない。
だが、『できないこと』や『なれないもの』について言われたのなら...千夜にはその辛さが一番分かるはずだ。
「取り敢えず、奥の部屋で少し休むか？俺が代わりに入ってもいいし、」
「...もう少しで休憩だから、頑張る」
「そうか。それじゃあ俺も着替えてくる」
千夜の後ろ姿を見送りながら、急いで更衣室へと入った。
すぐにエプロンに腕をとおして店先に戻ると、千夜は集中して接客していた。
「...おまたせいたしました」
「ああ、ありがとう」
「食器をおさげいたします」
本人が気づいていたかは分からないが、千夜は客に対して笑顔で接していた。
そのあまりの美しさに、俺はただ呆然と立っていることしかできなかった。
「佐藤、すごいでしょ」
「...はい。俺も負けなくないと思いました」
「綺麗だと思って見惚れた？」
「ちょっと、店長...っ」
店長の視線は千夜に注がれていて、少しずつ話しはじめた。
「佐藤、最近一生懸命笑顔の練習をしてるんだ」
「笑顔の？」
「ああ。...『無愛想にふるまって、お客さんから笑顔を奪いたくないから』って」
そんなことをしているなんて、全く知らなかった。
「けど、御舟といるときの笑顔が一番輝いているんだ」
「...そうでしょうか」
「ん？」
「あいつ、今も楽しんでるんだと思います」
そうでなければ、あんなふうに笑うことはきっとできない。
「あいつの心は本当に綺麗だから、それが表情にも出ているんだと思うんです」
「...そっか」
店長はそう言ってふっと笑った。
その姿は、まるで母親のようで...そこから目を離せなかった。
「真昼」
「千夜、ちょっと待っ...！」
千夜が腕のなかにすっぽりとおさまっていて、少し恥ずかしいと思いながらもそのまま抱きしめた。
「大丈夫か？」
「うん。...私、ちゃんとできてた？」
俺は正直な感想を話した。
「ああ。...俺より完璧だったと思う」